24.雨よ、今だけは
村に帰って、一部始終をノマジカさんに伝えた。
「そんな事が」
「勝手に入らずの山に入ってゴメンなさい」
「いやいや、蝶羽ちゃんが無事ならよかった。そうか、あの山にはそんな秘密が」
「ゴブチたちは人間を襲うつもりは無くて、近隣の村や街に危害を加えることはないって言ってました」
「そうか、なら安心だな。ありがとう蝶羽ちゃん。疲れたろう、ゆっくり休んでくれ。しかし酒の滝か、そんなものがあるなんてなぁ」
「飲んでみたいとか考えちゃダメですよ。魔物に食べられちゃいますから」
ノマジカさんは、残念だ、と渋い顔をした。
もしかしたら、それが祟りの由来なのかも。
安易に山に入って、酒乱御前の餌食にならないようにって。
あーでも、持って帰るのはオッケーらしいし。
ゴブチたちは人間との共存共栄を願ってるみたいだったし、一度話をしてみるのはアリかも。
明日また集落に行ったら、そのとき話してみようかな。
人間との交易とか、技術の交換とか。
罠の仕掛け方とか薬草のこととか、教わることもいっぱいだったしね。
『気さくでいい連中じゃったな』
「それな。マジでこの先、魔物と戦いづらくなったらどうしよう」
『戦うのは人を襲う魔物に限定する、とかかのう。まあいずれにせよ、奴らほど親しみやすい魔物はそうおらぬじゃろうて』
「それもそっか。ふあぁ、今日は疲れた。もう寝る」
『水浴びくらいせぬか女子がだらしない』
「明日朝やるぅ。おやすみー……ぐぅ」
『やれやれ』
信長に呆れられながら、私は泥みたいに眠った。
翌朝は小雨が降ってた。
ノマジカさんたちは、
「急ぐ旅じゃないんだろう? もう一日ゆっくりしていけばいい」
って引き止めてくれたけど。
「今日会いに行くって約束したから」
私は別れを惜しまれつつも村を跡にした。
入らずの山に入ると、木々が雨を弾く音が強まった。
山の中は夜みたいに暗くて、薄っすらと霧がかかってる。
しばらく駆けて、酔いどれの滝に到着した。
「甘くていい匂い。いつか一緒に飲む用にちょっと汲んでいこうか」
『おお、名案じゃな』
「でしょ? ついでにゴブチたちのお土産も、っと」
ザパン……
「おっ、酒乱御前。酔っ払ってないから襲わないでね」
手を振るけど反応は無い。
ていうか能面してて顔色もわからん。
けどなんか……
「テンション低い?」
『そうか? 何も変わらぬように見えるが』
「気のせい……かな」
酒乱御前は、透明な触手を私の方へと伸ばした。
ちょっと身構えたけど、触手は私の目の前で止まった。
「?」
触手がゆっくり開かれて、中から古びた杯が現れた。
鑑定してみると、御前の宝杯っていうアイテムらしいことがわかった。
「くれるの?」
酒乱御前は何も言わずに、再び滝壺の中へと姿を消した。
「何だったんだろ」
けど、せっかくだからありがたくもらっとこ。
「ゴブチが聞いたら羨ましがりそう。盛大に自慢してやろ」
『性格が悪いのう』
「ニシシ、さっ、早く行こ行こ」
雨が強まり生い茂る枝葉を叩く。
森を抜けて集落がある盆地にたどり着いた頃には、バケツをひっくり返したみたいなザーザー降りになってた。
だからきっと、これは雨が見せた幻なんだと思う。
ゴブリンの集落が、壊滅してるなんて。
見間違い以外の何物でもないでしょ。
「…………」
壊れた柵。
「…………」
潰れた家。
「…………」
横たわるゴブリンたち。
『息は無いな』
みんな死んでる。
誰も……
「ゴブチ……ゴブチ!!」
どこだ……どこに……ゴブチ……ゴブチ……!!
「ゴブ……」
広場の真ん中に、ゴブチは倒れてた。
肩から脇腹にかけた大きな傷が致命傷になってる。
他のゴブリンたちと同じだ。
血はとっくに雨が洗い流していた。
「ゴブチ……」
『もう事切れておる』
「……わかってる」
でもさ、振れた頬がまだちょっとあったかいんだよ。
なのに目は開けないし、何も言ってこない。
「身体中傷だらけだ」
『戦ったのじゃな。仲間を守るために』
戦った……
「オーガ……」
『じゃろうな』
「私があの時、残ってれば」
『それより先は口にしてやるな。死力を尽くし戦った者への侮辱じゃ』
「だって!! 昨日まで、生きてたんだよ!! また明日って、約束したんだよ!! なのに!!」
『昨日生きていた者が今日死ぬ。珍しいことではない』
「それはお前のいた時代の話だろ!!」
『時代も世界も関係は無い。命あるものはいずれ死ぬ。それが自然の摂理じゃ。それをわかっているからこそ、わしらは今ある命を悔いなく生きようと決めたのではないのか』
「そうだけど……そうだけどさぁ!!」
でも、これは違うだろ。
これは……
『蝶羽』
信長の呟きの後、前から足音が聞こえてきた。
重く響くそれが幾つも。
赤い肌に筋肉質な大きな身体、鋭い角と牙を生やしたこいつらは、いったいどんな気持ちで私を見下ろしているんだろう。
『此奴らがオーガか』
先頭に立ってるのがボスか。
一人だけ毛皮のマントを羽織ってる。
オーガたちの腕には、ゴブリンたちの家から強奪したと思われる武器や干し肉が抱えられてた。
ボスのオーガの腕にはお酒が入った瓶が。
「■▲●●▲▲■!!」
言葉に聞こえない言葉で何かを言う。
すると周りのオーガたちが笑い出した。
私をバカにしたのか、それともゴブチたちを嘲ったのか。
そんなことは、まあ……どうでもいいや、って。
私は抜きざまに刀を払った。
ボトリ……オーガの腕が落ちる。
自分の腕が無くなったのは、血が噴き出てから気付いたみたいで、ボスオーガは雨音を裂くような悲鳴を上げた。
「うるせえよ」
瓶をキャッチしてゴブチの傍に置く。
「お前らなんかに、これはもったいない」
弱肉強食。
それが魔物の絶対のルールだ。
弱ければ死んで、勝った奴だけが生き残る。
魔物同士のことに人間が首を突っ込むのはお門違いなんだろうけどさ。
それでもやっぱり、私は言わずにはいられなかった。
「約束破っちゃったじゃん。責任取れ…………ぶっ殺してやるよクソ野郎共」
仇討ちとか、そんな綺麗なものじゃない。
八つ当たりみたいな癇癪だ。
大きな腕を躱して斬る。
大斧を押し返して蹴る。
跳んで殴る。また斬る。
オーガは次から次へと、力任せに向かってきた。
一匹も残さない。
「あ゛あぁぁぁぁーーーー!!」
オーガたちが全滅するまで、喉が涸れるまで叫び続けた。
もう全部斬ったのに、刀を持つ手が怒りで震える。
まだ斬り足りず、倒れるオーガの死体に向かって刀を突き立てようとしたら、
『よくやったのう、蝶羽』
信長がそっと止めた。
何も、何もやってないよ。
やれてないよ。
ゴブチたちの未来、守れなかったよ。
『此奴らもきっと、おぬしに礼を言っておるよ』
「ひぐ、えぐっ……うええ、うわあああん!」
雨が降っててよかった。
私の声も、涙も、全部隠してくれるから。
今だけは許して。
雨が上がったらきっと大丈夫だから。
今だけは。




