23.喋る小鬼
「大変失礼したっす! いきなり体当たりしちまって!」
「いや、こっちこそ。えっと……」
「ああ名前っすか? 名前なら無いっすよ。喋れるっすけどただの魔物なんで」
見た目は兜を被った普通のゴブリン。
『喋る魔物とはな』
「イディオンでも喋る魔物はいたけど、どれも長い時を経て知恵と強さを兼ね備えた個体ばっかりだったはず」
ゴブリンが喋るなんて聞いたことない。
一応鑑定だけ……種族ゴブリン、個体名無し。
「オラもよくわかってないっすけど、なんかスキル?ってのを覚えてから喋れるようになったっす」
「スキル?」
「【言語理解】っていうんすけど、これがあると人間の言葉を喋れるだけじゃなくて、動物とか他の魔物とも喋れるようになるっす」
【言語理解】……エクストラスキルか。
話してる感じ危険は無いっぽいし、警戒はしなくてよさそう。
「それで、なんであれを討伐するのを邪魔したの?」
「あいつは自分から獲物を襲うことはしないんす。酒で酔った獲物を養分にするだけで」
「けど酔ったら襲われるんでしょ?」
「ここで飲むからいけないんすよ。ほら」
指差した方を見ると、さっきのとは別のゴブリンが桶に酒を汲んでる。
「あれはオラの集落の連中っす。ああやって住処に酒を持って帰って飲めばいいだけっす。酒乱御前は、滝壺から出てくることもないっすから」
「なるほど」
他のゴブリンたちが酒を担いで同じ方向に歩いていく。
「あんなに持って帰って、宴会でもするの?」
「滝壺の酒は薬にもなるっすから」
「薬って、誰か病人でもいるの?」
「それが……」
ゴブリンは困り顔を浮かべた。
『ふむ、何やら事情がありそうじゃな。蝶羽よ、少し話を聞いてやれ』
えー?
なんでよ。
『村の者を安心させるには、此奴らのことを知らねばなるまい?』
それもそうか。
「えっと、よかったら話聞くよ? 何か出来ることもあるかもしれないし」
「本当っすか? オラ親切な人間に会ったの初めてっす。悪い人じゃなさそうっす。オラたちの集落に案内するっすよ」
案内されるまま、私たちは盆地にあるゴブリンの集落へとやって来た。
集落といっても、木を立てて藁を被せただけの家があるだけだ。
その内の何棟かは壊れてるし、獣避けの柵もボロボロ。
このゴブリンが話を通してくれてるおかげで、私は他のゴブリンから襲われることはなかったけど、なんか異様な雰囲気が漂ってた。
「今帰ったっすよ」
藁葺き屋根の下には、何体ものゴブリンが傷だらけで横たわっていた。
「これ……」
「みんなオーガにやられたっす」
「オーガに?」
オーガは魔物の中でも好戦的な種族だ。
目が合うだけで誰彼構わず襲いかかるくらいの。
数が多いのだけが取り柄のゴブリンとじゃ、個体の戦闘力に大きく差がある。
争いになったらまず勝ち目は無い。
問題はなんでオーガはこの集落を襲ったのか、ってことなんだけど。
「あいつらとにかく乱暴者で、この時期になるといつもオラたちを襲うっす」
「この時期って?」
「さっきの滝を見たっすよね? あの滝は酔いどれの滝って言われてるっすけど、年がら年中酒が流れてるわけじゃないんす。毎年この時期だけ、山から湧き出る水が酒に変わって、あの滝壺に溜まるんすよ」
なんでそんな事が起きるんだろ。
異世界だから、か?
「あれ? そしたら酒乱御前って一年中お酒の滝壺にいるってわけじゃないの?」
「酒乱御前はこの時期以外は滝壺の底で休眠してるっす」
「あれって水生の魔物なんだ」
「元はスライムが進化したとか、じいちゃんのじいちゃんが言ってたっす」
スライム……
そう言われれば、擬態とか触手とかそれっぽかったような。
『ほう、魔物とは進化するのか』
するする。
イディオンだと年月とか環境とかアイテムとか、条件はそれぞれだったけど、進化は生物としての次元を一つ押し上げるからね。
ってそんなことはよくて。
「ゴメン話逸れた。それで、オーガと滝とどんな関係があんの?」
「元々この辺り一帯は、オラたちゴブリンの縄張りで、あの滝もオラたちが管理してるようなもんなんす」
「管理って、ゴリゴリに他の魔物が入り込んで……あ、なるほどそういうことか」
『奴への供物ということか』
「酒乱御前は、滝の酒を熟成して味と効果を高めるっすから」
変なとこで魔物らしい弱肉強食出してくるなこいつ。
てかそれ、魔物の成分が溶け出してるってことじゃ……いや、魔物が飲んでるんだからいいのか。
「オラたちは山で獣を狩って、山菜や木の実を摘んで、滝の酒を飲んで、そりゃ慎ましく暮らしてるっす。なのにオーガの連中は、滝の酒を独り占めしようとしてるんすよ」
今までは数の多さや、ゴブリンの戦士たちがそれを食い止めてたらしい。
だけど、オーガの猛襲で数は減り、ゴブリンの戦士たちの多くが傷付いたたと聞かされた。
「オラのじいちゃんも、父ちゃんも、兄ちゃんもみんな、あいつらにやられたっす。だから今は、オラがこの集落をまとめてるっす」
「そっか。……ん? 慎ましくってことは、人間を襲ったりしないの?」
「当たり前っす! 他の集落の奴らはどうか知らないっすけど、オラたちはいつか人間とは共存共栄出来ることを信じてるっす! そりゃあこんな見た目っすから、人間に話しかけたら怖がられたり逃げられたりするっすけど……」
じゃあガジャさんが見たのは、このゴブリンたちとは無関係のゴブリンってことか。
「あの滝は近くの魔物を引き寄せる役目もあるっす。だから、オーガが滝を独占するなんてことがあれば」
「魔物が近隣の村や街を襲うこともあり得るのか……。それはマズいかも。私も手を貸すよ」
「だーいじょーぶっす! オラも立派なゴブリンの戦士! オーガなんかちょちょいのちょいっすよ! 人間の手を借りるまでもないっす!」
腰に差した短刀を掲げ、ゴブリンは自信いっぱいに鼻を鳴らした。
「それ、小鬼刀?」
イディオンではゴブリンが稀にドロップする超激レア装備。
「じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんのずーっとじいちゃんの代から伝わる、オラたちゴブリンの秘宝っす! これがあれば百人力っすよ!」
お調子者っぽいけど、なんか憎めないゴブリンに、私はクスッと笑みをこぼした。
「そっか。一応確認だけど、本当に人間は襲わないんだよね?」
「襲わないっす!」
「よし。ならいい。てか、いくら薬になるからって怪我人にお酒飲ませすぎんな。ほら、ポーション分けてあげるから。あと包帯も」
「本当っすか! 嬉しいっす! ありがとうっす、えっと……」
「蝶羽でいいよ。斎藤蝶羽。私の名前」
「蝶羽!」
ゴブリンは目をキラキラさせて、受け取ったポーションを仲間に配った。
面倒見がいいんだなぁ。
「いい奴だゴブリン。……種族名で呼ぶのなんか違うよね。雌……いや女の子だし、なんか可愛い感じの……ゴブっち……ゴブチ……うん、ゴブチとか良くない?」
『珍妙』
「なんでだよ可愛いだろ。ゴブチ!」
「ゴブチ? それオラのことっすか?」
「ダメ? 名前無いと呼びづらいし。せっかくならって思って」
「ゴブチ……ゴブチ! オラの名前! 嬉しいっす! ありがとうっす蝶羽!」
ほーら気に入ってくれたじゃん。
信長はセンス古いんだよ。
『おぬしが奇天烈なだけじゃ』
褒めんなって。
「蝶羽! 蝶羽にもらったポーションで、みんなの怪我が良くなったっす! 本当にありがとうっす!」
ゴブチはポーションのお礼にって、集落のみんなに私のことを紹介してくれた。
ゴブチ以外の言葉はわかんないけど、みんな感謝してるっぽい。
ゴブリンの子どもを肩車したり、逆に私がお姫様抱っこされたり。
藁葺きの家や柵の修理をしたら、またお礼にって動物の解体や薬草の見分け方、他にも木工とか、畑の状態を良くする方法なんかも教わった。
『こうして見ると魔物もなかなか愛いな』
愛嬌があるよね。
魔物の認識が根底から変わってく。
「蝶羽、みんなの怪我が治ったお祝いをするっす!」
お祝いとは、ようは宴のことらしい。
火を囲んで滝のお酒と干し肉で騒いで、って。
「楽しそうだけど遠慮しとくよ。そろそろ帰らなきゃ。村の人たちに、魔物の心配はありませんって伝えたいし。それに、初めてのお酒は一緒に飲もうって約束してるから」
「もう行っちゃうっすか? オラ寂しいっす」
「明日また来るよ。ちょうどそろそろ旅に出ようとしてたし、そのついでで悪いけど」
「本当っすか? 約束っすよ!」
「うん。約束」
小指を出すと、ゴブチは首を傾げた。
「なんすか?」
「指切りって言って、人間が約束するときのおまじない」
「指切り?! 人間って怖いんすね……」
まあ、物騒ではある。
拳骨で一万回殴って針千本飲ませようとするし。
「それくらい固い気持ちで約束を守るよってこと。ほら、ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆーびきーった」
ゴブチが最後まで怪訝な顔をしてたのがおもしろかった。
集落を出るまで、ゴブリンたちはずっと見送ってくれた。
「蝶羽ー! また明日っすー!」
ゴブチのやたらおっきい声に、私はまた笑った。
「うん! また明日!」
大きく手を振って、そうやって私はゴブリンの集落を跡にしたのだった。
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