18.あのときのように
もぬけの殻になったアイリスの部屋で、ガルシアは苦い顔をしていた。
「アイリスは?」
「馬を一頭連れ出したようで。現在、城の兵たちが追跡し捜索を」
馬も乗れるなんて。
逃げ足は一流だ。
ガルシアは力無くソファーに座り頭を抱えた。
「何故だアイリス……何故わかってくれない……」
「そりゃ娘の意見も聞かずに、結婚しろ、相手は歳上だがな、なんて言えば反感買って当然でしょ」
ん?
机の上に置いてあるこれって、お見合い写真?
どれどれ、ちょっと拝借。
「おーこれはなかなかのイケメン。めちゃくちゃ渋い顔してる。ブラピみたい。もしかしてこの人がアイリスの?」
「私の古くからの友人だ。若くして慈善団体を立ち上げ、自身も各地へ飛び回り、飢餓や貧困に苦しむ子どもたちのために活動している。そのせいで女っ気がなく、今の今まで浮ついた話の一つも無かったが」
「ガチでいい人」
もっと脂ぎったグヘヘおれはロリでしか興奮しないんだぜお金大好き、みたいなの想像してたのに。
イメージ違うな。
「貴き血の掟は、連綿と続いてきた抗いようのない歴史だ。その掟の中でも、彼ならアイリスを任せられる。アイリスも彼の元でならきっと幸せになれると信じている。なのに……」
「あのー、それちゃんとアイリスに一から十まで伝えました?」
「なに?」
「幸せは主観ですよ。人に言われてはいそうですね、なんて受け入れられるはずない。アイリスはきっと、その幸せってやつを自分の手で掴み取りたかったんだと思いますよ」
今の私たちみたいに。
『言いおるわ小娘が』
ニシシ。
「会話は、普段からしていたつもりだ……」
「つもり、じゃダメってことですよ。んじゃ、乗りかかった船なことですし。アイリスを迎えに行こうかな」
「今から馬を出しても間に合いません」
「大丈夫。ちゃんとアイリスを連れて帰ってきます。その代わり、今度はしっかりと話をしてあげてください。拗れた親子を仲直りさせるが、私が今一番やりたいことなので」
私は部屋の窓に足をかけ、行ってきますと飛び出した。
「ま、待て! ここは!」
カッコつけたのはいいけど……やっばぁい。
「お城のてっぺんなの忘れてたぁー!!」
『たわけが』
「いぃやぁぁぁ!! 大丈夫だよね?! なんとかなるよね?! このまま地面にグシャッとかならないよね?! だって信長がついてるもんね?! お願い信長なんとかしてえええ!!」
『とりあえず壁に刀を突き刺して勢いを殺してみよ』
「わかっ、たぁぁぁ!!」
うおおお止まったぁ!
ヒュンッてした!
けどお城傷付けてゴメンなさぁい!
おかげで命は助かりました!
「帰ったら弁償……は、たぶん出来ないのでめちゃくちゃ謝りまぁす!!」
私は脱兎のごとく逃げ出し……じゃねぇや、アイリスを追いかけた。
「なんなのだあれは……」
「案外ああいう破天荒な方が好みなのかもしれませんね。私たちが知らなかっただけで」
「何の話だ?」
「さあ、何でしょうね」
――――――――
セクアンダの街を抜け出したアイリスは、近隣の森に身を潜め膝を抱いていた。
嫌なことがある度に家を抜け出す……こんな子どもじみた反抗がいつまでも続くわけがないこと心の奥で噛み締めながら。
本当はもうわかっている。
現実は現実、夢は夢。
現実は夢に成り得ず、夢は現実に成り得ないことを。
花畑もいつかは枯れ、王子様は都合よく自分の前に現れたりしない。
貴族であるだけで運命を強いられ、恋に恋することも出来ず、城の中で一生を終える。
「そんな人生、どこが楽しいのよ」
淑女らしくないと父親に止められた剣もまた、貴族の娘であることに縛られまいとした子どもじみた抵抗。
幸いにも彼女には剣の才能があったが、それもルーガスト王国の片田舎での話。
世に出れば数多の本物に埋もれる凡百の腕でしかない。
自分には何も無い。
このまま一生逃げ続けるだけ……己が無力をアイリスはひしひしと感じた。
夜になって肌寒さを覚え始め、城に戻るわけにもいかず、アイリスが今日の寝床を確保しようと立ち上がると、途端に馬が嘶いた。
「どうしたの?」
ハッと気付いたときにはもう遅く、辺りを魔物の群れが取り囲んでいた。
「ゴブリンにコボルト……」
数は多いが落ち着いて対処すれば勝てない相手ではない。
実際アイリスは魔物の討伐の経験が豊富であった。
しかし想定外は、未だ討伐経験の無い魔物の登場である。
「っ?! ハイオーク?!」
並み居るゴブリンやコボルトを蹴散らす巨躯の集団。
近隣の集落から獲物を探してやってきたと思われるそれらは、アイリスを見やるなり鼻息を荒くした。
雌の肉は柔らかく、そうでなくとも孕み袋として役立つ。
欲に正直に、ハイオークたちは鼻息荒くアイリスに迫った。
「この……ッ!!」
威嚇のつもりで剣を抜くが、ハイオークたちの持つ人間の胴回りほどある棍棒や、大木も一振りで薙ぎ倒してしまいそうな斧に比べると、どうしても頼りなく見える。
「こ、来ないで!!」
語気を強めるが、恐怖に支配された身体は素直に震えた。
「っ、やあぁぁ!」
決死の覚悟で振った剣も、棍棒で弾かれて折れてしまう。
アイリスに残ったものは、ただひたすらに後悔であった。
親の言うことを聞いていれば。
逃げなければ。
こんなことにはならなかったのかな、と。
巨大な手のひらが迫りくる最中、それでも諦めきれず生に縋った。
「誰か……」
助けて――――――――
その刹那。
「うぉらぁ!!」
疾風のように影が横切り、ハイオークの巨体を蹴り飛ばした。
「あ、危なすぎ! ギリじゃねーかめちゃくちゃ迷ったわ!」
『女子の一人くらいさっさと見つけぬか』
「うっさいなどんだけ走り回ったか見てただろ!」
『気配の察知が雑なんじゃおぬしは。殺気を読め殺気を』
「むぎぃー!! 森にどんだけ魔物がいると思ってんだぁ!!」
何やら一人で騒いでいる少女が月明かりに照らされるのを見て、アイリスは息を呑んだ。
「蝶羽……」
「はいはい蝶羽ですよっと。お待たせアイリス」
その笑顔に、アイリスは心打たれた。
初めて馬車で逢った、あのときのように。
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