17.貴き血《ブルーブラッド》
『おぬしは本当に、奇っ怪な星の下に生まれとるんじゃな』
波乱万丈の人生駆け抜けたお前が言うな。
突然の婚約発表に感情が追いつかないまま、私は馬車に乗せられセクアンダの中心に聳える城まで連れてこられた。
左腕をガッチリと、件の女の子にホールドされたまま。
「あの……」
「アイリスよ。アイリス=ウェルフナート」
「斎藤蝶羽です」
「そ、そう。蝶羽って呼ぶわ」
「うぃっす」
「いきなりこんなこと頼んでゴメンなさい。少しの間だけでいいの。私の婚約者のフリをしてくれないかしら」
話が見えなさすぎる。
「話を合わせてくれるだけでいいの。お礼ならするから」
「それはいいんだけど……なんで私?」
そこにいたからか?
『また間が悪かったか』
うっさい。
成り行き任せで城の中に通されて、ご両親とご対面。
「ただいま帰りました。お父様、お母様」
「アイリス、お前という奴は何故いつもいつも心配をかけるんだ。私たちがどれだけお前を」
「私は貴族の重苦しいルールに縛られたくないの。貴族は貴族同士でしか結婚出来ないなんて、そんなのおかしいじゃない」
やっぱり貴族ですか。
ルーガスト王国を始め、この世界の国のほとんどは基本的に貴族制を導入している。
イディオンでの話になるけど、キャラクリの際も出自を決められて、それで入手スキルや発生イベントに差が出るという仕組み。
もちろん貴い産まれだからと偉ぶれるれるわけじゃなくて、あくまでRPとして楽しむくらいの要素にすぎない。
「それが古くから我々が定められてきた事柄なんだ。貴き血は絶やしてはならない。アイリスもそれはわかっているだろう。これはお前の幸せを願っての」
「幸せ? お父様は貴き血を絶やしてはならないって使命感でそう言ってるだけでしょ? じゃなきゃ、私よりずっと歳上のおじさんと結婚しろだなんて言うわけないわ!」
『わしの時代にはざらにあったがな、権力者同士の婚姻など。娘ほど歳が離れているのも珍しくはなかった』
そりゃあっただろうけど、時代は変わってんだって。
結婚が女の幸せだとか、子を産んで家を守れとか、そういうのはもう古いの。
『なるほどのう』
まあ、それはあくまで私がいた世界の話。
異世界の事情はわからん。
「自分の幸せは自分で決めるわ! 私、こ、この人と結婚するから!」
おお……急に来た。
「馬鹿なことを言うなアイリス。どこの馬の骨とも知れぬ者と婚約など何を考えているんだ。だいたいそいつは女じゃないか」
それはそう。
「関係無いわ! この人はとてもステキな人なんだから!」
「アイリス、たしかにその方は見目麗しく気品に富んでいるけど。いくら美しくても結婚は出来ないわ」
お母様ベタ褒めじゃない?
「そんなことない! 愛があればどんな試練だって乗り越えられるわよ!」
「わからず屋の娘め……よかろう! そこまで言うなら試してやろうではないか! その女がお前の結婚相手に相応しいかどうか!」
「わ、わかったわ! 臨むところよ!」
話の進み方エグすぎだろ。
「娘の伴侶たるもの教養が無くては話にならん! まずは我が領地セクアンダの特産と主だった販路を答えてみよ!」
「あー、この時期だと果物ですかね。いちご、キウイ、グレープフルーツ……でも特に旬なのはクラウンベリーかな。あれは一年を通して収穫されますけど、この時期は格別に甘みが増しますから。ただあれは北の山の山頂でしか栽培出来ず、収穫した直後から甘みがどんどん落ちていくので、その販路に限定すれば、渓流から川を下った方法が一般的だったはずです」
「なッ?!」
驚いた顔してるわ。
『博識じゃなおぬし。感心したぞ』
イディオンで運搬クエストやったからね。
「娘の伴侶は社交的でなければならん! ダンスの一つでも踊れぬようでは――――――――」
「はい、ターン。リバース、シャッセ」
「んがァ?!」
『やるな蝶羽』
お父さんがダンスの先生だった。
「テーブルマナー!」
「ご飯おいしー」
「乗馬!」
『背すじを伸ばし力を抜けば出来る』
「初乗馬たのしー」
「ぐぬぬぬぬ!!」
「次! 次だ!」
まだやんの?
「蝶羽、あなたってすごいのね」
「まあね」
ドヤァ。
「ゴメンなさい……こんなことに巻き込んで……」
「わりと楽しんでるから平気だよ」
「そう……」
城の中庭に出たけど、試すって何を?
「娘の伴侶に弱者は要らぬ! 我が精鋭の騎士を相手に、どれだけ戦えるか見せてもらおう!」
ガチガチの鎧姿の騎士が出てきた。
あれとやり合えって?
「私の意思ガン無視されてない?」
『ならば茶番に付き合わず、さっさと逃げ出してしまえばよかろう』
「そうもいかないでしょ。あの子は恩人なわけだし。恩返しもやりたいことってね。それに、新しい刀の斬れ味は試しておきたいっしょ?」
『ふっ、然り』
悪く思わないでよ名前も知らない騎士さん。
「始め!!」
私は焔丸を抜いて、ゆっくりと騎士さんの横を通り過ぎた。
ゆっくりとは言っても体感のこと。
この中に私の動きが見えた人がどれだけいるのかはわからない。
キン、と刀を鞘に戻した音が一つ。
鎧は真っ二つに、中の男の人が露わになって、その場の全員が目を丸くした。
「な、あ……!」
「嘘……」
刀の具合もいい感じ。
私は刃を肩に担いでアイリスのお父さんに向いた。
「あと何人斬ったら、アイリスの意思を認めてくれますか?」
その後も一人、また一人と相手をした。
一対一では相手にもならず、最終的には騎士道精神は何処へ?とばかり大人数で向かってきたけど、全員を返り討ちにしてやった。
さすが魔王の力。
それに焔丸の美しさったら。
振るたびに描かれる緋い軌跡。
『天晴!』
信長は大層この刀が気に入ったらしい。
この先の刀の蒐集にも気合が入るね。
さて……
「もう終わりでいいですよね?」
死屍累々……いや殺してないけど……倒れる騎士たちに息を呑んで、アイリスのお父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、何も言わずに城の中に戻ってしまった。
ええ、逃げたんだけど。
この場合どうすればいいの?
『ひとまずあそこで呆けている女子に手を振ってやればいいのではないか?』
「そうだね」
手振っとこ。
「……!」
……ええ?
アイリスも城の中に引っ込んじゃったぞ。
何がどうなってんの?
「夫と娘が失礼いたしました」
「アイリスのお母さん」
「少しお話を聞いてはもらえませんか?」
お話ね。
ぜひ聞かせてもらいましょう。
客間で紅茶をいただきながら。
「あの子の気持ちがわからないわけではないんです」
アイリスのお母さん、シエラはそう話を切り出した。
「結婚は好きな人と、運命のままに。女の子なら誰もが憧れることです。ですが、貴族というだけでそうはいかない。かくいう私も貴き血の掟にならい、ウェルフナート家に、夫ガルシアの元に嫁ぎました」
「シエラさんは結婚を後悔してるんですか?」
「いえ、普段は厳格ですがガルシアはあれで優しいところもあるんです。アイリスという子宝にも恵まれて、これが幸せでないと言ったら嘘です」
「ならアイリスにそれを伝えてあげるべきだと思います。結婚してその後が幸せなら、何も不安がることはないって」
シエラは苦笑いした。
まあ、そうだろうな。
まだ子どものアイリスにそんなことを言っても理解してくれるわけなんてない。
『おぬしも子どもじゃろ』
うっさい。
女の子はみんな信じてるってことだよ。
白馬に乗った王子様が自分を迎えに来てくれるのを。
「あの子は貴族であること自体を嫌って、何度となく家出を繰り返しました。最近も」
「ファスティスで会ったのはそういう」
「この街に連れて帰った矢先、また抜け出して……」
「それで私と鉢合った、と。なんか運命みたい」
あの子への恩返しにしては、なんか呆気ない感じもするけど。
ま、仕方ない。
「何はともあれ、これで私の役目は終わりってことで」
「ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。それにしても、なんでアイリスはあんなに私を避けるんだろ。自分から婚約者のフリを頼んだくせに」
「あら、それは」
シエラが何かを言いかけたとき。
扉が勢いよく開いて執事さんが飛び込んできた。
「た、大変です奥様! アイリス様が……アイリス様がまた家出を!」
「まぁ……」
「おてんばなお嬢さんだことで」
私はやれやれと紅茶を啜った。




