15.天誅を下す
月が昇り、まもなく日付けが変わろうかという時間。
まだ賑わう酒場の扉を開けると、一瞬時が止まったみたいに静かになった。
どうやら私が美少女すぎたらしい。
野郎共の視線を釘付けにするのは悪い気分じゃない。
そんな中、一人だけ私に見向きもせずグラスを傾ける奴が一人。
「勝利の美酒ってとこ?」
私は対面の席に座って足を組んだ。
「いい店だよねここ。イディオンだとラム肉のパイが有名だったんだ。……家に引きこもってれば見つかることもなかったのに。よっぽど自信があったってことか。バレない自信が」
「失礼ですが、誰かとお間違えでは?」
「見間違えねーよ。私を通報した奴の顔は。ね、お姉さん」
鍛冶屋で私を見て悲鳴を上げたお姉さんは、グラスを置いて私を見た。
「衛兵の方から話を聞きました。私の早とちりで迷惑をかけて、本当にゴメンなさい」
「謝らなくていいよ。私は都合よく使われただけっぽいし」
「あの、仰ってる意味がよく……」
「お前だろ? 鍛冶屋を襲ったの」
そう言うと、お姉さんは困惑したように吃った。
「え、あの、何のことですか?」
「いいよとぼけなくて。ちゃんとわかってる」
「ええと……ゴメンなさい、少し酔ってしまったみたいで。これで失礼しますね」
立ち上がった際、私は視線を右の手首にやった。
「いいブレスレットだね。それ」
お姉さんは反射的に腕を引いてそれを隠した。
青い石が嵌められた金のブレスレットを。
「水鏡のブレスレット。それに付与されてるスキル【水鏡】は、水の反射によって自分の姿を変えることが出来る。それで変身すれば、誰でも簡単に正体を隠して悪いことが出来るってわけだ」
『なるほど。水で濡れていたのはそういうことか』
そう、それが水鏡のブレスレットのデメリットでもある。
変身中は常に水の膜を身体に纏ってるみたいなものだから、どうしたって証拠が残ってしまう。
かつてイディオンでは、このアイテムを使って衛兵に成りすまし、PKを行うという事件が横行したこともある。
そのため衛兵を片っ端から攻撃するという、衛兵狩りと呼ばれる事態が勃発した。
運営はすぐに水鏡のブレスレットの性能を調整し、以降は同じような事件は起きなくなった。
『ならば雨を待って使えば済む話ではないか?』
信長の言うとおり。
衛兵に成りすましてたプレイヤーも、雨の日を狙って行動してた。
けど、このブレスレットが、ただの低性能アイテムないしジョークグッズまでに成り下がったのには理由がある。
それが、雨天時の使用不可というものだ。
「雨の日は使えないし、晴れてても太陽の熱で長時間は使えない。この辺で手に入れられるアイテムじゃないってのもあるけど、誰も使う人がいないから頭から抜け落ちてたよ」
前置きはここまで。
あのとき現場にいたってことは、犯行の直後だったんだろ。
そのまま逃げることも出来たのに、わざわざ私を犯人扱いした。
より確実に自分の無実を仕立て上げようとしたんだ。
ただ、それが安全策でなかったってだけ。
「間が悪いってのは相棒に言われた。ほんっとアンラッキーだよ。まあ、それはあんたもみたいだけど」
「ひっ?!」
お姉さんは椅子を蹴倒して逃げた。
余計な手間取らせんなよって、私はテーブルの上のナイフを投げた。
ナイフはお姉さんの頬を掠め、開けようとした扉に突き刺さった。
「ガチでイラついてんだから、これ以上刺激すんなよ」
冤罪をかけられたこともそうだけど、あんな小さい子にも怪我させて。
「覚悟出来てんだろーな」
「ま、待ってよ! ほんの出来心だったの! 魔が差しただけ……盗ったお金は返すから!」
『小悪党め。情けをかける必要は無い。やれ』
信長もそう言ってるし。
「反省なら檻の中でゆっくりしてろ」
寝心地は最悪だけどね。
突き出した拳で頬を打つ。
お姉さんは店の扉ごと吹き飛んで気を失った。
産まれて初めて人を殴った感触は思いのほか最低だったけど、少しはスッキリしたかな。
『昔のわしなら善住坊のようにさせたがな』
ちゃんと暴君じゃねーか。
それから衛兵が騒ぎを聞いて駆けつけ、事情を説明。
犯人のお姉さんは犯行を自白。
セクアンダで起きた強盗事件はこれにて解決したのでありましたとさ。
「めでたしめでたし」
『まさか小金欲しさに犯行に及ぶとは。浅ましいことこの上ない』
「何がきっかけで犯罪するかなんて誰にもわかんないよ。人間なんだし」
あのお姉さんも、水鏡のブレスレットを偶然手に入れなきゃ、あんなことするつもりもなかったかもしれないしね。
『しかしよく気付いたのう。さすがゲームの知識は広く深い。天晴じゃ、褒めて遣わす』
「ははーありがたき幸せー」
「蝶羽さん」
「ああ、ジルニコラさん」
「この度は事件解決にご協力いただきまして、心より感謝します。衛兵として不甲斐ない思いです。部下を制御出来ていないことを含めて」
「過ぎたことです。水に流しましょう」
実際流れたのは下の水だったけど。
『最低じゃな』
はーい最低でーす。
「そう言っていただけると助かります。今後は一層厳しく、精進する所存です。何かお困りの際は遠慮なく声をかけてください」
ジルニコラはそう言って深々とお辞儀したけど、衛兵にはもうお世話になりたくないな。
私は真っ当に生きるのだ。
『そうじゃな。真っ当にうつけくらいが、人生はちょうどいい』
「ニシシ」
それから、ナヴィアとメルロが退院した。
「お姉ちゃん!」
「おおっと」
勢いよく抱きついてきたメルロを受け止めて転びそうになる。
元気があって大変よろしい。
「お姉ちゃん、悪い人をやっつけてくれたんだよね! すごい! お姉ちゃんは本物の正義のヒーローだ!」
「あーうん、もうその設定忘れてくれていいから、ね?」
『次はおぬしじゃ、くらい言ってみせい』
余計な知識インストールしてんじゃねぇ。
どっちかって言うと敵寄りのくせに。
「メルロから話を聞いたよ。私らのために頑張ってくれたんだってね」
「いえ、勝手にやったことです」
「あんたうちに仕事の依頼に来たんだろ? お礼と言っちゃなんだがね、喜んで引き受けさせてもらうよ。代金はサービスしとくからさ」
「本当ですか?! やった嬉しすぎる! ああでも、病み上がりなんだから無茶はしないでくださいね」
「ちょっと鎚振ってるくらいがちょうどいいんだよ。明日の昼には仕上げてやるから、また店に来な」
「はい! よろしくお願いします!」
どんなのが出来上がるんだろ。
楽しみ〜。




