すべての始まり
ある病院のベッドの上に一人の少年が寝ていた。その少年の名前は神崎翔太という。生まれた時から体が弱く、入退院を何度も何度も繰り返していた。当然、小学校にも中学校にもほとんど通ったことがない。
「お父さん。お母さん。気を確かに持って聞いてください。」
「大丈夫です。先生。私も妻も覚悟はできていますから。」
「そうですか。残念ですが、翔太君はそう長くは生きられないと思います。」
「そうですか~。」
「あなた。最後ぐらい自宅にいさせてあげたいわ。」
「お母さん。翔太君を移動させるのは難しいと思います。」
「そんなに悪いんですか?!先生!」
「はい。今は薬で眠っていますが、いつ旅立ってもおかしくない状態なんです。」
眠っているはずの僕の耳にも先生達の会話が聞こえていた。
“そうか~。やっぱり僕は死んじゃうんだ~。学校にも行けなかったし、友達もできなかったし、僕は何のために生まれてきたんだろう?”
僕は両手にぬくもりを感じた。恐らく父さんと母さんが僕の手を握っているのだろう。母さんのすすり泣く声が聞こえてくる。
“死んだら何もないのかな~?もし本当に生まれ変わりなんてものがあるなら、父さんや母さんのように優しい人間に生まれ変わりたいな~。お医者様のように人のために役立つ人間になりたいな~。”
「先生!翔太の様子が変です!」
「翔太君!翔太君!」
僕は最後の力を振り絞って目を開けた。
「と、とうさ、ん。かあ、さ、ん。あ、り、が・・・」
「翔太—————!!!」
ハーランド王国の田舎町テンポスの孤児院の前に、籠に入れられた赤ん坊が捨てられていた。
「司祭様!門の前に赤ん坊が!」
「大変だ!早く服を着させて暖炉の前に連れてきなさい!」
「はい!」
籠の中の赤ん坊は綺麗な布に包まれていて、籠の中には1通の手紙が入っていた。
“ごめんなさい。アルフレッド。幸せになって。”
手紙を見た司祭は眉間にしわを寄せてその手紙を読んだ。その隣では若い女性のシスターがプンプン怒っている。
「なんて我儘なの!自分の子どもを捨てるなんて信じられないわ!ひどい親!」
「マリー。怒ってはいけないよ。自分の子どもを捨てるにはよほどの理由があったんだろうさ。」
「司祭様!お言葉ですが、どんな理由があろうと自分の子どもを捨てるなんて許されません!」
「まあ、そうなんだろうがな。だが、この布を見る限り、かなり高価なもののようだ。恐らく貴族かなんかだろうさ。そんな人間が自分の子どもを捨てるからには、それなりの理由があるはずさ。」
孤児院には0歳から11歳までの子ども達が10人ほどいた。11歳までしかいないのは、12歳になると孤児院を出て行く決まりだからだ。10人の子ども達を司祭のパルロとシスターのマリー、それに3人のお手伝いの合計5人で面倒を見ている。
そしてアルフレッドが孤児院に来てからちょうど10年が経った。その間、孤児院を卒業していくものもいれば、新たに孤児院に引き取られた子どももいた。
「アル!今日は『鷹の爪』の訓練に参加するんだろ?」
「僕はいいや。マイケルのように魔力があるわけじゃないからさ。」
「お前さ~。あと2年もすればここを出て行かなきゃいけないんだぜ。どうやって生活するつもりなんだよ。」
「冒険者になって自分のできることだけするさ。」
「そんなんじゃ、いつまでたっても偉くなれないじゃないか!俺は騎士団に入って絶対にえらくなるんだ!」
7歳の時に教会で魔力の測定を受けたが、僕には魔力がなかった。まあ、魔力があっても人や生き物を傷つけることはできなかっただろうけど。マイケルは7歳にして成人男性に匹敵するだけの魔力を持っていた。そのためか、騎士団にはいることをずっと夢見ているのだ。
「アル。今日の訓練は魔法は使わないんだぜ。ジンさんとジョニーさんが剣術の稽古をつけてくれるんだ!アルも行こうぜ!」
「わかったよ。」
僕達が孤児院の裏の空き地に行くと、『鷹の爪』のリーダーのジンさん、それにジョニーさん、メアリーさん、サリナさんがいた。彼らはこの孤児院出身の冒険者なのだ。そのため、時間のある時にはいつも孤児院に来て子ども達の指導をしてくれている。
「おう!来たか!マイケル!」
「こんにちは。ジンさん。今日はアルも連れてきたから。」
メアリーが不思議そうに僕を見た。
「あら珍しいわね。」
「よろしくお願いします。」
メアリーがニコニコ笑いながら言った。
「今日は剣の訓練だから大丈夫よ。私の出番がないのは残念だけどね。」
『鷹の爪』のメンバー達は僕に魔力がないことを知っているのだ。
参加している子ども達が木の棒を持って素振りを始めた。マイケルを見ると他の子ども達とは全然違う。マイケルが棒を振ると、ブン、ブーンと風を切るような音が聞こえてくる。
「マイケル!また一段と振りが鋭くなったじゃないか。」
「ありがとうございます。ジョニーさん。」
「アルは久しぶりなだけあって振りが鈍いな。もっと腰を入れて振ってみろ。」
「はい!」
やはり僕は魔法だけでなく剣も向いてないようだ。そんなことを考えているとマイケルが声をかけてきた。
「アル!もっと気合い入れろよ!お前だってあと2年もすれば孤児院を出て行くんだぞ!そんなんじゃ、大切なものを守れないじゃないか!」
確かにマイケルの言う通りだ。何故かマイケルの言葉が僕の胸に突き刺さった。
“マイケルの言う通りだ!このままじゃ誰も守れない!そんなの絶対に嫌だ!”
僕はその日から人が変わったように必死に棒を振った。訓練のない日も、雨の日も、毎朝、毎夕、とにかく時間があれば棒を振った。
「アル、お前変わったな。」
「そうかな~。」
「ああ、そうさ。急に訓練するようになって。なんかあったのか?」
「別に何もないよ。でも、マイケルに言われて思ったんだ。このままじゃダメだって。」
「そうか~。なら俺もアルに負けないように頑張らないとな。」
それから月日が流れて2年が過ぎた。いよいよ僕とマイケルの旅立ちの日がきた。両親を知らない僕にとって司祭様とマリーさんは僕の父と母だ。
「司祭様。マリーさん。—————父さん、母さん。ありがとうございました。僕、頑張ってきます。」
「アル!お前は優しい子だ!世の中の役に立つ人間になれ!」
「グス…グス…ア、アル君!困ったら帰ってくるのよ!ここはあなた達の家なんだからね。」
「はい!」
僕とマイケルは孤児院を後にした。