第一話 僕にとっての特別な場所
あらすじ
新人声優の愛姫は、認知度を上げるために配信活動を始めた。
そんな彼女の配信に惹かれ、応援し続けるリスナー「オタくん」。
彼は彼女の努力を支え、時には戦略を考え、イベントでは惜しみなく応援をする。
配信を通じて育まれる、リスナーと配信者の不思議な関係。
しかし、ある日、オタくんの生活に変化が訪れる——。
「君の声を、もっと多くの人に届けたい」
推し活に情熱を注ぐリスナーと、不器用な配信者の物語。
夜18時頃、仕事が終わり、いつものように重い足取りで家路につく。
玄関の扉を開けると、静かな一人暮らしの日常が迎えてくれる。
帰りにスーパーで買った食材で、さっと夕飯を済ませ、温かな風呂に浸かる。仕事の疲れがじんわりと溶けていく。
お風呂を上がり、歯を磨く。あとは寝るだけの状態だ。
いつものルーティンを終え、僕だけのひとときが始まる。
スマホを手に取り、画面を点ける。
「あれ、もう始まってる!?」
スマホを見ると、『配信開始から10分』の通知が出ている。
(何で!?いつもなら22時頃から配信してるのに!?)
急な配信に戸惑い、焦りながら、ひときわ目を引く配信アプリをタップする。
今日も、あの子に会える。
---これが、僕のお楽しみの時間。
スマホの画面に、いつもの世界が広がる――
【 オタ が入室しました。(連続中)】
???「あ、オタさん!いらっしゃい!やっと来てくれた!今日は遅刻だぞ~」
明るいけれど、どこか拗ねた声がスマホのスピーカーから流れる。
ちなみに「オタ」と言う名前は僕のアカウントの名前だ。
この名前で推し活をしている。
そして画面上のコメント欄には
「こんばんは」
「いらっしゃい」
「噂をすれば(笑)」
いつもの温かいコメントとともに、画面越しの彼女、愛姫がにっこりと微笑む姿が映し出される。
やっぱり、姫は今日も可愛い。
お風呂でも癒えなかった一日の疲れが、この瞬間ふっと溶ける。
ここだけが、僕にとっての特別な場所。
オタ「ごめんごめん」
「と言うかフライングで配信って、、、(笑)」
リスナーA「今日は珍しく遅刻ですな(笑)」
リスナーB「いや、フライング配信だったのでセーフと思います(笑)」
すぐに新しいコメントが更新されていく。
姫「えへへー、今日はいつもより早めに配信付けてみたよ♪」
屈託のない笑声が自分のスマホから聞こえてくる。
やれやれと思いながらもこのやりとりを楽しんでいる自分がいる。
オタ「流石にフライングで遅刻扱いはずるい(笑)」
姫「確かに(笑)いつも来てくれてありがとう♪今、ちょうど、オタ君こないねぇ~って話してたとこだよ(笑)」
そう言われると、なんだかくすぐったい。
オタ「流石にフライング配信は予想外なのよ(笑)」
居ないところで名前が出てくるのはそれはそれで悪くない、むしろ嬉しいまである。
リスナーB「いつも居るイメージがありますからね(笑)」
リスナーC「確かに、、、(笑)」
リスナーA「レギュラーメンバーですからな(笑)」
……まぁ、確かに。自分でもそう思う。
姫「だって~、今日はランクを維持するための大事な日だったから少しでも長めに配信したほうが良いかなって思って~、やっぱり…下がっちゃうのは悔しいしね!」
画面越しに見える彼女の表情は、いつもより少し真剣だ。
リスナーD「これは応援せねば!」
そうだな、全力でいくか。今日は配信者のランクをキープする大事な日。
配信者は1週間の間にランクのアップ、ダウン、キープを要される。
今日を逃せばランクがダウンしてしまう可能性がある。
オタ「うん!今日はランクの維持する日だったね」
リスナーA「うおおおぉぉぉぉ!!!気合入るでござるぅぅぅ」
リスナーB「あ、今のうちに配信のシェアしておくね♪」
リスナーC「誰か駆けつけてくれたら嬉しいなぁ」
他のリスナーも活気に満ちたコメントが流れてくる。
今日の視聴者を確認すると僕を含めて5人。
姫「ありがと~!よーし!じゃあ私は歌を歌うから皆は沢山コメントをしてくれたら嬉しいよぉ~!!何かリクエストとかある?」
と言いながら機材を準備し始めた。
その間にコメントを打っていく。
リスナーA「愛姫の好きな曲聞きたいでござる」
リスナーC「最初はやっぱり盛り上がる曲かな?」
リスナーD「愛姫が歌う歌なら何でも好き」
オタ「そうだなぁ~」
「最近、姫が良く歌ってる曲とかは?声出しにはちょうどいいかも」
急にキーの高い曲は喉の負担になると思いキーがそんなに高くない歌をリクエストしてみた。
姫「あぁ~!あの曲ねぇ!実は最近歌い過ぎて飽きてきてるのw」
リスナーC「まさかの却下w」
リスナーA「www」
すぐにツッコミのコメントが流れてくる。
オタ「飽きてるんかいwww」
姫「だから今日はこれを歌おっかなぁ~♪」
どうやら彼女の中では既に決まっていたようで画面越しに見えるその顔は曲を検索しているようだ。
オタ「いや、リクエストした意味(笑)」
少し呆れつつも何の曲を歌うのかわくわくが止まらない。やっぱり彼女の配信は心地いい。応援したくなる。
姫「ごめんじゃんw さぁ~みんな行くよぉ~!!」
その言葉と同時に爽快な音楽が流れだす。