第5話 必殺技はかめはめ波?
「大丈夫?」
私達は腰を抜かしている貴族に駆け寄り、声を掛けた。
「あわわわ。来るな!」
彼は顔面蒼白なまま後ずさる。
「待てまて、落ち着け。オレ達は味方だ」
「物の怪じゃ! ひぇぇえええ」
貴族は逃げて行った。
「何だアイツら。せっかく助けてやったのに恩知らずだな」
「何言ってるの、いつものことじゃない」
こんな戦隊モノの格好、現代ならコスプレで流されるけど、過去なら怪人同様バケモノ扱いされても仕方ない。
わかってる。わかってるけど、少しだけ傷付くわ。こっちは命を張って助けてあげてるのに。
でもこれが現実。人生は常に理不尽。自分の思うように物事進むなんて考えてる方がおかしいのよ。「それを楽しめ」なんて薦めてる自己啓発本もあるけど、世の中みんながマゾヒストってワケじゃないんだからムリよ。
だからといって悲観的になっちゃダメ。ゲイの日常なんて、理不尽なことばっかりなんだから。そこでいちいちヘコんでたらやっていけないわ。結局のところ、色々あっても前を向く、しかないのよ。
変身が解け、スーッと元の人間の姿に戻っていく。
それと同時に周りの景色も現代に戻った。
「とりあえず、お疲れ」
返事のない二人の顔を見ると疲労感がハンパない。
そんなに?
確かに波動砲は体力使うけど、ちょっと疲れ過ぎじゃない?
「てか、ピンク、来るの遅いんだもん。今日はホント、ヤバかった」
ブルーの疲弊した表情に肩身が狭くなる。
「それについては、ごめんなさい。本当に気づかなかったの」
「別に疑ってるわけじゃないけど」
「けど。何?」
「なんで女じゃないのかな」
は?
「女だったら、多少遅れても大目に見たりできるような気がする」
「そういうの〝差別〟って言うのよ」
「いや、だってピンクじゃない」
だから何よ? ケンカ売ってんの? ブルーの発言は、いちいち私をイラつかせる。私だってやりたくてやってるわけじゃないわよ、こんな役。平穏な世界でイケメンだけを追いかけていたい。誰が好き好んで金槌のバケモノを追いかけ回すわけ?
「ピンクの相場は女って決まってるのにな」
まだ言うの? しつこいわね。ネットなら炎上するわよ、今の時代。あんたこそ、何がブルーよ? 全然爽やかじゃないわ。中身はブラック、それも相当ダークなブラック。どす黒いのよ。戦隊ヒーロー・ドス黒よ。
「見た目は女でしょ。それで我慢しなさいよ」
「女はあんなに強くないよ」
「はぁ? 強くないピンクがいたって、何の役にも立たないじゃない」
「癒される」
バカじゃないの、こいつ。
「安心しなさいよ。仮にピンクが女だったとしても、レッドに持ってかれるのが相場なんだから、アンタは関係ないわよ」
「んだとぉ?」
ドス黒が声を荒げる。
「まぁまぁ。そのくらいにして。せっかく倒したんだし、仲良くしようよ~」
レッドの仲裁で、ドス黒が舌打ちしなから引き下がる。
「見た目は女、力は男。それがピンクなんだよな」
うまくまとめたい気持ちはわかるけど、レッドはいつもピントがズレてる。
褒めてるようで、褒めてないのよ。
「そんなことより、波動砲。あれ、何とかならないのかしら」
マリンは強引に話題を変えた。
「何とかって?」
「一応、必殺技でしょ、あれって。どうして一発で倒せないのよ」
「確かにな。あれ、メチャクチャ体力使うから、二発撃つと疲れがどっと来んだよな」
「そもそも必殺技なのに一発で倒せないってのがおかしいのよ」
「出し方が間違ってるのかも」
「出し方?」
「必殺技って、出す時に技の名前を叫んだりするじゃん」
「かめはめ波ぁぁあああ! とか?」
私は両手でかめはめ波の形を作った。
「そうそう。何かあるじゃん」
「あの波動砲に名前なんてあるの? 知らないわよ。勝手に名前決めて叫べばいいのかしら?」
「何にする?」
「とりあえずでいいなら〝かめはめ波〟でいいんじゃない」
「ダメだよ。全然違うし。まだ〝ギャリック砲〟の方が似てるよ」
「知らないわよ〝ギャリック砲〟なんて。誰の技よ? もっと誰もが知ってるメジャーなものじゃなきゃ」
「誰でも知ってるもの?」
「そう。イメージできるヤツね」
「……ザビエルとか?」
は? 何で日本史? 平安時代に行ったせいで歴史におかされたの?
「ザビエルはみんな知ってるでしょ」
確かに心臓から飛び出た十字架を持つ絵は、日本人ならみんな脳に焼き付いてるけど。そういうことじゃないでしょ。
「でも待てよ。そうなるとザビエルじゃないな。もっと強そうなのがいいな」
待たないわよ。勝手にしなさい。
「ブルーは何か無いの?」
バカなレッドは放っといて、私はブルーに水を向けた。
「強そうと言ったら、信長じゃないか。やっぱり」
しまった――。こっちもバカだった。
「いや。強さで言ったら信玄でしょ。騎馬隊は戦国最強」
「それを言うなら謙信は? 軍神・謙信」
「いや待て。戦国最強なら本多忠勝だ。生涯戦で一回も怪我しなかったんだぜ~」
「そんなの嘘に決まってんじゃん」
「そのくらいに強かったってことだよ」
「怪我しなかったなら、馬場信春もいるじゃん」
「渋いとこ出してくるな~」
誰よ、それ? 最後の二人、ホントに実在するの? 馬場なんてジャイアント馬場かロバート馬場しか知らないわよ。
「あ、違う。呂布がいた!」
違くない!
「三国志出すのはルール違反だろ」
いつルールができたのよ!
ったく、アホらしい。完全に見失ってるじゃない。
もう帰ろう。私は歩き出した。
「どこ行くの。ピンク」
レッドが声を掛けてくるが、無視だ、無視。
「ピンクも次までに誰が強いか考えといてよ~」
ホンキで言ってんの?
和田アキコでいいわよ、和田アキコで。「アッコにおまかせ!」とでも叫んでなさいよ。
二人のバカな言い合いが背後でまだ続いている。
〝あの鐘〟に二人の頭を打ちつけてやりたいわ。
今すぐに。
~次回、最終話につづく~