第3話 偶然? 必然? イケメンは突然に
次の日。ネイルをキレイに仕立て直した後、私はその足でジムへ向かった。
ジムと言っても、バーベル挙げたりとかじゃないわ。音楽に合わせて格闘技の真似ごとみたいな動きをして汗を流すの。昔流行った、ビリーズブートキャンプみたいな感じね。
これをやると、頭も身体もスッキリする。
音楽と身体の動きに集中して無心になれる。
そして、しばらくするとやってくる高揚感。脳内麻薬のエンドルフィンがギンギンに出まくって、ランナーズハイってこんな感じじゃないかしら。この状態で頭を駆け巡る意識が、その時の自分に大切なことを気づかせてくれる。
――信じるものはお金とイケメン。
これが私の信条だ。
世の中は何をするにもお金が必要だってのは小学生でも知ってるわ。
駐車違反だってお金で解決できるし、大学病院だってお金さえ払えば紹介状が無くても診てくれる。神様だってそうよ。初穂料の額でもらえるお札が全然変わるじゃない。信心するにも家で拝んでるだけじゃダメで、それなりのお金が必要なのよ。壺や水晶を買ったりっていうのはちょっと違うけど。地獄の沙汰も金次第とは言うけれど、神様も仏様だって金次第だわ。選挙活動の時なんて、地元の神社は丸儲けって聞くじゃない。あの候補者が五万で祈祷したなら、ウチは十万でやってくれ。それを聞いた五万の方が戻ってきて、じゃウチは二十万出すからやり直してくれ、とかやり合うだからバカ丸出しよね。ううん。でもここで信仰の批判を始めるつもりはないの。そんなの興味ないから。だから話を戻すわね。
そう、お金は大事だって話。
実は私は倹約家。けっこうお金は持ってるの。アウディのスポーツカーくらいなら一括で買っても、生活に支障出ない程度は貯えてる。何? だからってタカらないでよ? 私がお金を出してあげるのはイケメンだけ。そのために頑張って貯めてきたんだから。イケメンが私を愛してくれるなら、お金なんかチョロいものよ。そんなものは愛じゃないって? バカね。愛には色んな形があるのよ。
だからどっかにいい男、落ちてないかしら。細マッチョで黄金色に焼けていて身長は一八〇以上、ちょっと頼りなさそうな若い頃のユアン・マクレガーみたいな顔で、そうね、ちょうどあそこで汗を流している彼のような……。って、いい男、見つけた! 今日は彼を見ながら汗流そう。嫌なモノみんなデトックスできそう。
そうなると、その後のカリキュラムは、もうずっと彼を目で追っているわけで。身体を動かして〝スッキリする〟とか〝無心〟〝高揚感〟なんて感覚はどっかに行ってしまうマリンだった。そんな幸せな時間を過ごしながら、カリキュラムは進んでいった。
やがて音楽が終わり、インストラクターの挨拶も終わり、他のみんながスタジオからはけ始め、愛しの彼もその流れの中に紛れていく。その間もずっとマリンは彼に見惚れていた。
あーあ。行っちゃった。
それにしてもいい男だったわ、彼。どストライクよ。
スタジオを出てからもキョロキョロしなら、半分本気で彼を探してジム内を歩いていると、リフレッシュルームでドリンクを飲んでいる彼を見つけた。
何とか彼とお近づきになれる手段は無いかしら。
……無いわよね。たまたま予約したジムのクラスが同じになって、汗を流しただけじゃない。こんなのが出会いになるんだったら、世の中、出会いだらけだわ。そんなに上手く行かないから、みんな困ってるんじゃない。だいたい何て声掛けるのよ。
「さっき一緒のクラスでしたね」彼は知らないわよ、そんなこと。私が一方的に見ていただけなんだから。
「いつもここに来てるんですか」いきなり過ぎるわ。あんた誰って話よ。
「汗流すの好きなんですか」だからここに来てるんじゃない! 一歩間違えたらエロいわよ。じゃ、外見を褒めて、気があることをそれとなく伝えるとか。
「ステキな大胸筋ですね。ムフフッ」これじゃ変態じゃない!
やっぱり知り合うキッカケなんか無いわよ。
ちょっと、ヤダ! こっち来た。
近づいてきたわよ。
って、私が出入口に立ってるだけだけど。
すれ違うわよ。
来たわよ!
目の前よ!
これがチャンスなんじゃないの!?
何か言うことないの? 捻り出して、私。
わたしぃぃぃ!!!
「タオル、落ちてますよ」
彼が私の足元に転がっているタオルを拾って、微笑んだ。
――奇跡が起きたわ!
「あ、ありがとう」
私が手を差し出すと、彼の視線がネイルに行っていることに気づく。サロン、行ってきて良かった。
「さっき、一緒のクラスでやってましたよね」
そう言って、彼は軽くファイティングポーズを取った。
デ、デジャヴ?
あれ、けっこう疲れますよね。ええ、でもスッキリするから好きです。いつもいました? 見たことないような。いつもは違う曜日に来てるんです、だから今日はたまたま。そっか、それは残念、また水曜に来ることあったら、その時はよろしく。
そんなやり取りがあって、彼はリフレッシュルームから出て行った。
――絶対、水曜に来る!
残念って言ったわよ。どういう意味?
彼、私がオカマだって気づいてないのよ。
神様、仏様。アウディ買ってあげるから、お願い! 彼との仲、進展させて。
気分良くジムをあとにした私は、足取りも軽く家路に就いた。
家の近所のドラッグストアで美容ドリンクを二本買い込む。こんな気分のいい日は、ホントならお酒を入れたいけど、ここはぐっと我慢。素敵な出会いがあったのに、ここでダレちゃ意味がないわ。ネイルサロンに行っていたのがせめてもの救いだった。来週の水曜までに、肌のハリツヤを取り戻さないと!
私は美容ドリンクを一本取り出し、一気に飲み干した。
その時、バックの中で電子音が鳴っているのに気がついた。
第4話につづく