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第1話 泣きたいのはこっちよ

『下を向いていたら、虹を見つけることはできない』

 ~チャールズ・チャップリン~

「別れようと思って」


 プレゼントのTOOTのアンダーウエアとスキンケアミルクの詰め合わせを出したところだった。

 それに対して予測不能すぎる彼のカウンターパンチに、私はさっき呑みこんだ仔羊背肉のローストを吐き出しそうになった。


「え。何、急に言ってんの?」

「ごめんな」

「いや、ごめんって。……冗談でしょ?」

 目を合わせない彼の表情が、冗談ではないことを物語っている。

「ごめん。オレとは別れてくれ」

「ちょっ、意味わかんないんだけど」

 彼は顔を伏せたまま、今にも泣きそうな顔をしている。

 この捨て猫みたいな表情がたまらなく好きなのよね。って、今はそんなとこでキュンキュンしてる場合じゃないわ。


 何なの、この状況?


 今日は彼と付き合い始めて丸二年の記念日。

 普段は選ばないようなちょっと高めのイタリアンを張り切って予約したのよ。

 前菜のタコのカルパッチョはピリ辛風味で、食欲が刺激されて絶品だった。それに彼は、つきさっきまで「スープ美味いな!」「このパスタ、ヤバいな!」と楽しんでいたのに。お芝居だったの?


「好きな人がいるんだ」

 そう言って、鼻に手を当て、詫びいるようにすすり上げる。これも演技だろうか。

「誰よ?」

「……リカちゃん」

 ウソでしょ。何でリカなのよ。

 リカは大学時代の私の友人で、ハッキリ言って遊び人だ。その男好きのせいで、学生時代は尻軽からもじって〝リガ〟と陰で呼ばれていた。

 半年前のバーベキューを思い出す。男女七、八人でやったヤツだ。私はそこに人数合わせ的に彼と参加した。あそこにリカもいたわよね。というか、その時しかリカとは接点ないハズよ。まさかその後、連絡を取り合っていたなんて。

「いつから」

「三ヵ月くらい前かな……」

 そんなにも前から。その間も私達、毎週のように会ってたじゃないの。ずっとそんな風に思ってたわけ? 座っている椅子が底なし沼に沈んでいくような感覚を覚える。

「言っとくけどあの子、遊び人よ」

「わかってる」

「わかってるなら、どうして?」

「……オレが変えてあげたいって思ってる」

 バカじゃないの。能天気にもほどがあるわ。今まで何人の男がそう決意しては、振り回され、捨てられてきたと思ってるの。

「もう、ヤッたの?」

 彼が眉間に皺を寄せて、鼻をすすり上げる。渋い表情でもすれば、こっちが退くとでも思っているの? 甘いわよ。退くわけないじゃない。ここで退いたら終わりよ。

「ヤッたの? ヤッてないの?」

 ていうか、答えないのが答えじゃない!


 ちょっと待ってよ。私達ゲイのカップルなのよ? あなた、バイだったわけ?

 聞いてないわよ、そんなこと!


 周りのテーブルから「何ごと?」とチラチラ見られている。私はその視線に対して、攻撃的に睨み返すしかなかった。

 彼は俯いて、時折り鼻をすすり上げるだけだ。もうこれ以上、何も訊かないで、とでも言うように。

 その泣いてもないのに、鼻をすするのやめなさいよ。イライラするわね。

 ダメだ。もう話にならない。

 テーブルに置かれているTOOTのアンダーウエアとスキンケアミルクの詰め合わせが目に入る。どうすんのよ、これ。


 泣きたいのはこっちよ!


 ~第2話へつづく~

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