秋後期〜学園祭撮影〜
秋も後半。紅葉も次第に葉を落とし、冬の足音が聞こえ始めるある日。役者たちはそろって撮影のため、学校へ訪れていた。普段の撮影時はエキストラしかいない静かな学校であるが、その日ばかりは騒がしく、ワイワイと賑やかな笑い声が響いている。
校門の前には大きな看板に、『学園祭』と書いたものが掲示されており、絶えず一般客や学生たちが楽しそうに出入りしているのだった。
駿平「ま…マジで人が多いすね…音も多いし…おぇ…人酔いしそう…」
夏目「大丈夫ですか?酔い止め用意してきたので必要なら言ってくださいね」
駿平「はぁ…どうも…」
成十「うんうん。後でどっか休憩しよう?僕、飲み物買ってくるよ!」
駿平「ありがとう……」
心理「それにしても、実際の学園祭で撮影を行う、なんて斬新やね。こういうのってそれ用のエキストラ呼んでやるもんやと思ってたわ」
鱫史「本物の学園祭で撮った方が生の空気が伝わって、より青春の臨場感が現れるだろうと夜詩が言っていてね!さすが夜詩、と思って採用したんだ」
礼之「その代わり、で学園祭の舞台で劇を公演することになったわけね。…俺としてはまだ配役に納得いってないんですけど。女形NGって言ってるのに…」
どくだみ「先方から集客力を求めて指定された兎鮫さんと星ノ宮さん以外くじで決まった人選で役を振り分けた以上、仕方ないでしょう。男役なんてひとつしかなかったですし」
心理「そうやなあ。でも練習している礼之くん、なかなか似合ってたと思うわ」
成十「うん。よしぽんはまだローブとかだけど、僕なんてドレスだよ?姫役なんて正直ちょっと荷が重いよ…」
美弧「まあまあ。お姉さんは成十くん、適任だと思うわ!そのセーラー服もとっても似合ってるもの!」
あきら「そうだね。それより、今は学園祭を楽しもう。8年来の高校の学園祭、私、わくわくしてる。天使さんも辛くない程度に、みんなで満喫したい」
駿平「そうすね…あ、ヒーローショーとかの出し物あるんだ。鷹司くん、行ってみない?」
宗光「お、いいな…ん?12時か…その時間は先約があるな、悪い…」
駿平「先約?」
おかゆ「そ、お化け屋敷スペシャルタイムで、出るお化け倍増キャンペーンがあるらしくてね!面白そーだからウチらで見に行こ!って話になったんだよねーっ!合ってる?」
宗光「ああ、合ってるぞ!どっちが最後まで悲鳴をあげないか勝負するんだよな…俺はもちろん負けないぞ。フン!お前も行くか?」
駿平「ああ…や、お化け倍増はちょっと…」
夏目「残念でしたね。その時間ならちょうど昼時ですし、屋台を回るとかどうですか?」
美弧「いいわね!学園祭だからお酒は無いけど、おつまみメニューみたいなのは売っていそうだもの」
駿平「お酒…ツマミ…」
成十「最近僕も戦隊ヒーローの番組見るようになって、興味あるんだよね。僕もヒーローショー見に行きたいなあ」
あきら「戦隊ヒーロー、素早さも強さになるなら私もいつか役を演じられるかもしれない。それなら是非、相伴させてほしいな」
駿平「戦隊ヒーロー…なんか色々気ぃ使わせてるみたいですみません」
どくだみ「はは、まあここまでぐったりしてる駿平くんも珍しいですからね」
心理「そうやなぁ。まあ無理せんといてな。人混みが苦手なのもよぉ分かるし」
鱫史「そもそも皆忘れているみたいだけど、これは撮影、仕事だからね?まあ俺も合間を見て夜詩と学園祭デートする夢は捨ててないわけだけどさ…」
宗光「そういえばさっきから夜詩さん、口数少ないみたいすけど…なんかありました?」
夜詩「ん、ああ…。ちょっとね。昔の学園祭を思い出したというか…」
あきら「昔の思い出?青春のメモリーかな」
夜詩「んん…まあ、そんな感じ。青春のメモリーというにはあんまり思い出したくはないけど…」
おかゆ「思い出したくない思い出…かァ、なんかわかるなぁ。あるよね、そーゆーのも!」
心理「忘れるのは人間の防衛本能からくる機能とも言われてるしなぁ。思い出すと逆に負担になることもあるんやろうな」
おかゆ「うんうん。はァ〜、楽しいことだけ覚えてられるウチに都合のいい記憶力ほしいなァ〜!ギブミーサンタさん!」
どくだみ「サンタさんは気が早い気もしますけど、まあ…代わりにいい思い出で埋め尽くせばいいんじゃないですか?それなら俺にも協力できますし」
おかゆ「えへへ、それ名案っ!ってわけでほしのみやさんもウチらと学園祭回ろッ!ぜったーい楽しいよ!」
夜詩「はは、気遣いありがとう。撮影と劇が終わったらね、考えておくよ」
おかゆ「撮影と劇終わったら実質遊ぶ時間ほとんどなくない!?がんばろーっ!」
礼之「全ては撮影と劇が終わってから、か。早く終わらそう。行ってみたい場所もあるし」
心理「ああ、ゲーム研究会やろ?フォトスポットラリーも気になるゆうてたし、全部回れたらええな」
礼之「そうそう。高校生のVRゲーム、普通に気になるよね。心理ちゃんも付き合ってくれるって言ってたし周り切るのが目標かな」
心理「ウチは楽しそうな青春してる高校生みるだけで満足やしな。特に興味ある出し物があるわけやないし」
鱫史「まあ、皆それぞれやりたいことはあるだろうし…早速撮影していこう。まずは運動部組からだね!」
夏目「屋台を楽しむシーンですね。舞台セットは既に用意されてるんですか?」
おかゆ「サッカー部はりんご飴の屋台だよね?あッ、もしかしてあれ?もう既に本物の生徒さんがお店やってるけどっ!」
美弧「もしかして本物の屋台を使う、ということなのかしら…?」
夜詩「そう。一般生徒に混じって撮影を行う形になるね。よりリアルになるだろうし」
礼之「それ、一般生徒もカメラに写りこもうとして騒ぎになったりしません?」
成十「確かに…!逆に映りたくない、という人もいるかもしれないし…」
鱫史「そこら辺は一般生徒諸君の倫理観次第だね。さすがの凡人もそこまで無様な真似はしないでくれると信じよう」
夜詩「学園に許可を得ているし、映り込む可能性の高い生徒たちには意向も確認済み。カメラを回していれば映りたくない生徒は近づかないだろうしその辺は心配ないよ」
宗光「なるほど…既に入念な手回し済みということか…流石だな…」
おかゆ「じゃァ挨拶してこよっと!ども〜!今日はウチも屋台の仲間に入れてねっ!よろしくサッカー部!」
サッカー部1「うおっ、すげぇ!まじで役者さん参加するんだ!」
サッカー部2「やっぱ役者ってイケメンだな…サインもらっていい??」
おかゆ「もちいいよん!サラサラサラ〜っと…鍵綿おかゆ、…よしッ、こんな感じっしょ!多分!」
サッカー部3「ヤバ〜!ねえ、お兄さんサッカーすんの?後で一緒にやろうぜ!」
おかゆ「えー?役的に練習はしたけど流石に現役部員には敵わないんじゃない!?でも楽しそうだし〜、ハンデは欲しいかも!あッ、お助けとか呼んじゃおっかな!」
美弧「すごい…!一瞬で部員さんと打ち解けてるわね…!」
どくだみ「はは、明るく気さくなおかゆさんの人柄のなせる技ですね…」
礼之「あのコミュ力、人見知りの俺には到底真似できないな…流石」
おかゆ「ねーねーっ!誰か後でサッカー勝負ん時付き合ってよ!」
どくだみ「俺でよければ協力しますよ、一時期趣味でやってましたから、それなりにできる自信はありますし」
おかゆ「ヤッター!どくだみサン、ありがとっ♪そういや宗光クンはどう?できる?」
宗光「あ、当たり前だ!この俺にできないことはない!サッカーもできる!」
おかゆ「じゃー一緒にやろっ!」
駿平「な、なんかすごいな…俺もやっぱ、あのぐらいグイグイ行かなきゃダメか…よし、俺もバスケ部に突撃しよう…!」
成十「がんばれ、駿平くん…!」
駿平「あ、あの!!」
バスケ部1「え、なんすか?」
駿平「撮影、させてもらう事になっててですね…ここで…」
バスケ部1「あー、例の映画の撮影ってやつっすか?ってことはこの人俳優ってこと?誰か知ってる?」
バスケ部2「いや、知らねー。無名なんじゃない?」
駿平「あ、あ…えっと…」
成十「まだ僕たち卵って言うか…まだ出たばかりの新人の役者だけどね、これから人気になる予定だから、初期ファンになるなら今のうちだよっ?」
美弧「そうそう!駿平くんも成十くんもこれからすーっごく人気になっちゃうんだから!お姉さんが保証する!」
意を決してバスケ部へと突撃した駿平がしどろもどろになっていると、そこをすっと庇うように成十、美弧が声をかける。セーラー服に身を包んだ美人に2人におぉっとどよめきがあがった。
バスケ部1「流石役者…美人さんだな…」
バスケ部2「あの、名前を教えてください。応援するんで…」
美弧「観月美弧!今日は駿平くんと一緒にバスケ部のお手伝いをする予定よ!よろしくね」
成十「僕は男だけどそれでよければ…南成十。後で劇もする予定だし…良ければ見に来てね」
バスケ部1「男だったの!?役者ってすげぇな…」
バスケ部2「こんな美人なお姉さんがバスケ部か…お兄さんも頑張ってくださいね!バスケ部代表として!」
駿平「あ…ハイ…」
美弧「ふふ、力になれたかしら?お姉さんは助っ人だけど、一緒に屋台するんだもの!頼ってくれなきゃ寂しいんだから!」
成十「そうだよー!僕も仲間に入れてもらったら嬉しい!」
駿平「…ありがとうございます」
夏目「はは、すっかりカッコつけるチャンスを逃しちゃったな。ひとまずバスケ部の皆さんとも打ち解けたところで…撮影をしておきます?」
鱫史「そうだね。じゃあ、撮影をはじめよう…よーい…アクション!」
バスケ部、サッカー部ともに役者たちを受け入れ、撮影に協力的なムードが完成する。それに満足そうに頷いた鱫史がようやくひとつめのカチンコを鳴らしたのであった。
*****
冬弥『焼き鳥〜…焼き鳥はいらんかね』
こはく『ふふ、精は出ているかしら?学園祭、楽しんでる?』
冬弥『いやー…それが思いの外売れんくてですね。こはくちゃんはどう?楽しんでる?』
こはく『ええ!今ね、順番に部活のお手伝いに回ってるの!よければバスケ部もお手伝いさせてくれない?』
冬弥『え、いいの?』
こはく『もちろんよ!ほらほら、そんなくたびれた顔しちゃお客さんも来ないわ、にっこり笑って?』
冬弥『へへ…だな!全然売れないからさあ〜、ちょっとヤになってたかも!』
みなみ『冬弥くん!』
冬弥『あ、みなみ』
みなみ『売れないよ〜ってヘルプメール来たからさあ〜、駆けつけたけどもしかしてお邪魔だった?』
冬弥『は!?別にそんなんじゃねーし!変な勘違いするなよなっ!』
みなみ『またまたそんなこと言って〜…冬弥くんてば隅に置けないんだから!』
こはく『ねえ、みなみちゃん…私ね…』
みなみ『ということでうちは去ります!邪魔しちゃ悪いしっ!あ、焼き鳥1本ください!』
<焼き鳥を1本受け取るとそのまま去っていくみなみ。その背を戸惑った様子で見送る冬弥>
こはく『……変な誤解、させちゃったかしら』
冬弥『こっちの話聞かねぇからじゃん。はー…どうしてこんなことに…』
こはく『…私達もこのままじゃいられないってことよね』
冬弥『……』
鼎『あ、すみません、焼き鳥10本貰っていいですか?』
冬弥『あ、はい!え、10本?…って鼎か』
鼎『冬弥が屋台やってるって聞いたから、食べに来た。なんでそんな暗い顔してんの?こんなに焼き鳥美味いのに』
こはく『ふふ、いい食べっぷりね!』
鼎『ん、うまっ…マジで美味いね、これ。作り方教えてよ』
冬弥『いーけど受講料高くつくぜ〜?俺が考案したわけじゃないけど!』
葛『あ!おーいバスケ部たち〜!ウチの甘い甘いりんご飴はいかがっ?』
鼎『もぐ…あ、葛か。りんご飴もいいね、1個もらっても?』
葛『毎度ありィ〜!ってその両手いっぱいの焼き鳥どうにかしてもらっていい!?』
鼎『ちょっと待ってて…もぐ…もぐ…うん、ひとまず片手あいたから貰うよ』
葛『アハハ、食べ過ぎには気をつけてね〜っ!ところで皆何話してたの?』
鼎『俺はあとから来ただけだから…なんの話?』
冬弥『えー?変わらないこともあるよなって話!』
葛『何それ!?詳しくッ!』
こはく『ふふ、ナイショ』
<先程までの気まずい空気もなくなり賑やかに会話を続ける。そして空にカメラは移り、シーンが切り替わる>
鱫史「カット!…うん、いいね!自然体な演技ができていたよ!」
駿平「秋だけあってちょっとシリアス入ってましたけど…上手くできて良かったっす」
夏目「うんうん。駿平くんらしさが出てて、俺は好きだったな」
どくだみ「あの…その両手に持った焼き鳥はどうするんですか?流石に食べきれないのでは」
夏目「ん?別に食べられないわけじゃないけど…1本いります?間接キスとか気にしないなら…ね?」
どくだみ「ははは、いや、間接もなにも食べてない串にすればいいでしょう…照れた感じ出さないでくださいよ?」
夏目「ほんの冗談ですよ。でもやっぱり美味いご飯は元気出るからぜひ、みなさんで共有しましょう。どうぞ」
美弧「わぁ、お姉さんにもくれるのかしら?ありがとう!んーっ、美味しいわね!ここに日本酒でもあれば至福なんだけど…」
おかゆ「みこねぇも思った!?お酒が進みそうな味だよねー!」
夏目「あー、わかります。焼き鳥に酒、飲み屋の鉄板ですよね…」
駿平「あー、やめてくださいよ…俺酒抜いてるのに飲みたくなっちゃう…」
夜詩「まあ今日は食べてもいいか。後でカロリー調整すればいいし。でもまだまだ撮影は始まったばかりだし、気は抜かないでよ」
心理「この調子で順調に撮影できるとええなあ」
夜詩「そうだね。次は俺たちのシーンだ。セリフはちゃんと読み込んだかな?」
礼之「まあ…大丈夫っす。舞台があるからといって本来の仕事に手を抜くと星ノ宮さんにシメられそうだし」
夜詩「しめるって物騒だな…別にそんなことしないよ。君たちのプロ意識を信じているし」
心理「それ圧力って言うんやない?ええなあ。うちも使いこなしたいわ」
礼之「そう?心理ちゃんは心理ちゃんのままでいいよ」
夏目「はは、実際星ノ宮さんのストイックな感じ、社長なのもあってこう…逆らえないなって感じしますよね」
心理「そうやなあ。なんか面白いネタとかないん?あったらもうちょい身近に感じられそうなものやけど」
夜詩「面白いって…特にないよ。別に身近に感じられなくてもいいし」
どくだみ「そうですね…例えばその衣装着てる時もつけてる指輪の真相とか、気になりますよね」
美弧「ね、ねえ…あまり踏み込むのはよくないんじゃないかしら?人には踏み込まれたくないことの一つふたつあるでしょうし…」
夜詩「別にいいよ。隠してないし。これは宝物。大事な人にあげるはずだったやつ」
おかゆ「!それって…」
夜詩「…なんでそこで鱫史みんの。無関係だよ」
鱫史「残念ながらね!でも夜詩、俺からのプレゼントのペンも肌身離さず持ち歩いてるだろ?」
夜詩「はっ?や、別にそれは宝物とかじゃなくて単純に使い勝手がいいからで…」
夏目「はは、プレゼント、大事にしてるんですね」
夜詩「あーもう!とにかく撮影続けるぞ!」
ずんずんと歩く夜詩の後を歩いていく。その後の撮影も大きなトラブルなく順調に続いていくのだった。
*****
悠希『な、なぁ!あっちのクラス、チャイナ喫茶らしいぞ!しかもた…丈が…』
ここな『丈?』
悠希『丈が…短くて…とにかく強大なライバルだった!』
ここな「ふふ…お耳が真っ赤やなあ。悠希くんは初心なんやね」
ケイ『仕方ないよ…思春期の男子高校生はそのぐらい、普通。それより納豆と鮭のコーヒーゼリーを試作したから食べて』
凪葵『なにそのいかにも不味そうな組み合わせのゲテモノ…』
ケイ『健康にいい食べ物を組みあわせてみた。これを食べれば血液サラサラ、元気100倍』
悠希『アン○ンマン!…じゃないだろ〜!このままじゃ俺たちメイド喫茶は客が来なくてやばいだろ!なんとかしなきゃだろ!』
凪葵『っつってもなー…どうにかするっていうと…呼び込みとか?』
ここな『そうやね。可愛いメイドさんが歩いていたらみんな気になってくれるんやないかなあ』
凪葵『可愛いメイドね…店の考案担当として織榮さんは…』
ここな『うちはここで応援係しとるな。頑張ってな〜』
ケイ『それなら私。いこうか?試食品ももっていってもいいね。サンマとワカメの緑野菜ジュース…』
凪葵『は、あると逆に客足が完全に途絶えるから却下で。…悠希、一緒に行ってきてよ』
悠希『俺?メイド服着てないけどいいか?』
ここな『ん〜…ここなちゃんが願いを叶えたもう〜』
悠希『わ、わぁ!?』
<画面が切り替わり呼び込みがはじまる。ケイと女装した悠希がビラを配る>
悠希『メイド喫茶♡えんじぇるをよろしく〜!』
ケイ『よろしく。…ん?あれは…束峰くん』
悠希『ん?あ、ほんとだ!おーい!!』
華織『あ?…なんだよ』
ケイ『ここにいたんだ。姿見なかったから、探してたよ。…何してたの?』
華織『別に、ただのサボり。いいから構うなよ』
ケイ『そっか。じゃあ私もサボろうかな。…よっこらしょっと』
華織『は、はぁ!?なんでだよ!!呼び込みすればいいだろ!』
ケイ『言ったでしょ。"君の中に入れて欲しい"って。だから、君が私たちに入らないなら、私が入る』
華織『あーもう!!…仕方ねぇな、俺も呼び込みすりゃいいんだろ!…貸せよ、その看板』
ケイ『ふふ、うん』
悠希『華織も手伝ってくれるのか!?サンキュな!』
華織『うっせ〜!渋々だからな!』
照れを隠すようにむすっとした華織を仲間に加え、出し物のビラ配りを終える。青春の中で、徐々に心の距離が近づいていっている。
*****
鱫史「カット〜!!…どくだみさ…小物感増してない?」
どくだみ「はは…塩梅が難しくて。あまりに出しすぎるとそれはそれで劇の世界観壊すかなと」
あきら「塩梅…難しいね。私も動作のゆったり加減を、心得た」
心理「なんか違う思ってたけどそこだったんやね、納得やわ」
礼之「俺からするとなんか…役でも妙だなって感じが…いや、なんでもないです」
駿平「あの…もうちょっと抑えないで演技してみるとか、どうですか?怖い感じの役だし…」
どくだみ「ここは打ち解けていく感じのシーンなので…性格の悪さを全面に出すのは抵抗がありますね…」
おかゆ「ん〜…あッ、じゃあ!最初に怖い感じ出してー、その後いいとこ出してギャップ萌え狙う的な!ほら、不良が子猫ちゃん拾うといい人に見える理論!?」
どくだみ「なるほど…それなら取り入れられるかもしれません。ちなみにおかゆさんならこの台本でどのように使い分けます?」
おかゆ「そうだなあ…ウチなら〜…」
あきら「うんうん。劇に対して切磋琢磨するこの環境、いいと思う。私も女役が板についてきたから、この調子で励もうと思う」
成十「女役…」
あきら「?南さん、何かあった?」
成十「あ、いや…これからの劇のこと考えたらちょっと緊張しちゃって…」
あきら「ああ…白雪姫、だよね。女性役の主演の抜擢、すごいと思う。女役研究の甲斐があったね」
成十「うん…」
礼之「大丈夫、成十ならできるよ」
成十「そう…かな。こんな大役任せてもらっていいのかな…と思うけど。美弧お姉ちゃんとかの方が適任じゃないかなあ…」
美弧「私はくじで音響担当になったもの。それに大丈夫よ、成十くんは格好よくて可愛い!お姉さんが保証しちゃう!…なーんて、私の保証じゃちょっぴり頼りないかしら?えへへ…」
駿平「あの…頑張ってください。皆さん。南さんも…納得の配役だと思うし、頑張って。えいえいおー!」
成十「えへへ。えいえいお〜!」
心理「気合い入れ直したところでお着替えにいこか。礼之くんの女役、楽しみやわ」
礼之「いや、役的には女だけど衣装は全然女物じゃないから」
成十「ふふ、よしぽん意地でもスカートは履かない!って言ってたもんねえ」
礼之「当たり前。俺は成十と違って普通に似合わないし。大体180cmも身長もある男がスカート履くのは流石にないだろ…」
鱫史「はは、俺も181cmあるけど決まった役に文句は言わないし完璧に仕上げるよ!まだまだ青いなシャバ僧!」
礼之「え?俺も不服だからって役に手を抜くことはしませんけど」
鱫史「そう?嫌なら全然降りてもらってもいいよ?俺も久しぶりの舞台、しかも夜詩と共演で気合いが違うからね!君のいない舞台の空白を補う程度わけないよ!」
礼之「……」
鱫史「意地悪な義母がいなくとも義姉の俺がいれば十分!舞台は成立するさ!舞台を諦めるのなら俺が観客の視線を一身に集めて…あいてっ」
夜詩「いちいち煽るな。…水トくんもプロの役者だ。気に食わない役だからといって手を抜くなんて意識のないことはしないと思うし、投げ出すことはないはず。…まあ、どうしてもというなら代役を立てるけど、どうする?」
礼之「…はあ。それならまあそれでもいいんですけど…今から代役っていうのもまあ普通に難しいですよね。やると決めたからにはやるので。油断してると見せ場を奪われますよ、王子様」
夜詩「ふは、頑張って、義母様。白雪姫の輝きには君の闇が必要だ。期待してるよ」
心理「ふふ、熱い展開になったなあ。目を離せない面白い展開やね」
心理くすくすと楽しげに笑う中、出演予定の役者たちは衣装に着替え準備を行う。程なくして舞台の幕が開くのだった。
*****
あきら「劇、始まったね。タイトルは『野獣姫〜白雪と赤薔薇の奇跡〜』…白雪姫と美女と野獣を組み合わせたような作品だよね」
夏目「はい。メインタイトルの字面はなかなかパンチが強いですが…まあ、話題性もあって客足は良さそうですね」
宗光「頑張れよ…!」
<幕が開き、鏡に向き合う義母>
礼之『鏡よ鏡…この世で1番美しいものはだあれ…?』
心理『それはズバリ白雪姫やねぇ』
礼之『白雪!?どうしてわたくしじゃないの!』
心理『だって可愛いやろ?白い頬に美しく長い金髪、彼女こそこの世で1番美しいお姫様や』
礼之『許せないわ…こうなったら毒をしかけて…』
鱫史『あらお母様、白雪に呪いをかけるなら私に任せてちょうだい!』
礼之『貴方も協力してくれるの?』
鱫史『ええ!だって王子様も「一目惚れした白雪姫を妃にしたい」というんだもの!私の方がずっと好きなのに許せないわ!』
礼之『そう…それなら協力成立ね…』
鱫史『ええ。ただ死ぬよりもずっと寂しく悲しい、野獣の呪いをかけてさしあげましょう!』
心理『ああ、可哀想な白雪姫。試練を与えられた白雪姫。2人の呪いは彼女を蝕み、苦しめることでしょう____』
礼之『さあできた!この毒林檎を早速渡してみせましょう…これで世界一美しいのはわたくしよ!』
鱫史『これで王子様は私のものになるかしら?』
心理『さあ…どうやろな。この後のことは神のみぞ知るや』
駿平「流石兎鮫さん…凄い気迫だな…」
美弧「礼之くんもすごく嫌がっていたのに…そうは思えないくらいの演技ね。客席の人たちも一気に世界観に呑まれているみたい!」
話は続き、毒林檎を食べてしまった白雪姫は野獣の姿へと変わってしまい、人々に追われる形で森の中へと逃げ込む。しかしそこで王子と出会い、友好を深めるうちに真実の愛に気づいていく。
夜詩『ああ、僕はやっと僕の気持ちに気づけたのだ。僕の特別は貴方だ。貴方がどのような姿でも僕の愛は揺らがない。ただ、貴方を見つめている…!』
成十『王子様。私はそれでも獣です。どうか私を諦めて…』
去ろうとする野獣を抱きしめ、口付ける。王子の口付けで魔法は解け、美しい姫の姿へと変化していく。
成十『元の姿に…戻った…』
夜詩『白雪姫。美しいあなたは白雪姫だったのか。どうかこの愛を受け入れて』
成十『受け入れます。特別を見て見ぬふりをした私を、それでも貴方は見つけてくれた。…私をみつけてくれて、ありがとう』
華々しい音楽が鳴り、2人を祝福する歓声が取り巻く。悪役として登場した礼之、鱫史や心理も登壇し、その拍手と眼差しを一身に受ける。
礼之「映画も嫌いじゃないけど、舞台のこういう瞬間、結構好きかな」
心理「人々の心にいいものを届けたご褒美の瞬間や。存分に味わいたいなあ」
夜詩「ああ。これは君たち自身で掴んだ光景だ。誇り、糧にしていこう。…みんなにも映画という形で、味わって欲しいな」
鱫史「ああそうだな!凡人の君たちの努力の結晶。これで評判も上がり、映画の注目度も増した事だろう!夜詩の演技、今日も最高だったよ」
夜詩「こんなところでひっつくな」
鱫史「ああ!吊り橋効果ならぬ舞台効果を期待したというのに!」
夜詩「成十くんも今回の劇、自信がなさそうだったけど、自信、少しは持てたんじゃない?」
成十「…せっかくのお姫様の役を男の僕が…というのはどうかと思ったんです」
夜詩「…そうだね」
そこで言葉を止めると客席に目線を向ける。そしてぱ、と花が咲くような笑顔を見せた。
成十「でも、今のこの光景は輝いていて…とっても、楽しかったです!」
夜詩「うん、それならよかった」
成十「……あの、夜詩さん」
夜詩「…なに?」
成十「やっぱり、気づいてるんじゃないですか?特別に」
成十の言葉に、夜詩の視線は無意識に舞台へと大きく手を振る鱫史へと動く。
成十「お節介かもしれませんけど、白雪姫のように…」
夜詩「…気づいちゃ駄目なんだ。俺は愛を受け入れることは、できない。…これは内緒話ね」
大きな歓声に包まれ、この内緒話は誰にも聞こえることは無い。隣には、共演した仲間たちが、視線を上げた先には、見守っていた仲間たちが、暖かい笑顔でこちらを見ている。
季節は秋。撮影の終わりが徐々に足音を立てて近づいていた。