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CP解禁〜バレンタイン〜

郵便受けを開くと、ネズミの死骸がぽつりと置かれている。

「_______またか」

嫌がらせをするならせめて、誹謗中傷程度に留めてくれていればこう気に留めることもないのだが。自分への嫌がらせのためだけに、ひとつの命を散らしてしまったのかもしれない。そう思うだけで気が滅入った。

ハンカチでネズミをつつみ、郵便受けから出してやる。時折こうして犠牲になった生き物たちは、夜詩にとって1番寛げる安置に自ら埋葬してやると決めていた。自己満足なのは百も承知だが、それ以上に手立てがない以上、そうするしかないのだ。

あと、自分に出来ることといえば_____大事なものをつくらないこと。ただそれだけ。自分の懐に入れたものが悲惨な末路を迎えてしまうくらいなら___最初から諦めた方が得策だ。

「みゃあ」

小さな鈴のなるような声に振り返る。小さな白猫がしっぽを揺らしていた。自室に迷い込んで以来、役者達に随分可愛がられているらしいと聞く。餌を貰えるからすっかり居着いてしまったのだろう。

「……ここは危ないぞ、さっさと逃げろ」

猫の喉を撫でてやれば、人懐こいようでごろごろと甘えた声を出す。人間の事情も分からない猫は気楽なものだ。そういえば軽食を持っていたな、と鞄を探ろうとして思い直す。

そうやってこの子が狙われてしまったらどうする?俺は守りきることは出来ないから、きっと…、

「いい人に拾ってもらいなよ、…俺以外のね」

悪い想像を振り払うように頭を振って、最後に猫をひとなでして立ち上がった。


「夜詩っ」

社長としての業務に取り掛かろうとすればとりわけ騒がしい声が夜詩を呼び止めた。数年聞き続けたその声の主は当然振り返らずとも分かる。

「___鱫史」

「夜詩、夜詩、もうすぐあるイベントといえばなんでしょう?」

「んー…ああ、次の舞台の顔合わせがあるな。お前も映画撮影が一段落したんだからそろそろ復帰したっていいんだぞ。休止中だというのに依頼は途切れないくらいなんだし」

視線を宙に投げながら返事を返せば、鱫史は僅かに落胆した表情を見せる。時折見せるその表情の意味を理解できず、以前は怪訝に思っていたものだが、この1年で流石に理解もできてきた。

彼は夜詩が好きなのだ。そして、夜詩もまた、そんな彼のことを憎からず思っている自覚は、ある。

それでも返事は宙ぶらりん。気づかないまま、曖昧な距離感で、心地よい温度を保ち続けている。

「…ねえ、夜詩。お願いがあるんだけど」

そっと差し出された「願いを聞く券」。ごく普通のメモ帳に雑な字で書かれた5枚綴りのそれは、復讐に付き合う鱫史に借りをつくりたくない夜詩が発行した券。大事そうに受け取った鱫史はそれ以降、時折何気ない願いにそれを差し出してくる。

「……俺とドライブデートしてよ。夜の海に行こう。…2/14に」

「………、」

言葉の意図は理解出来る。鱫史は、決着をつけようとしているのだ。聞きたくない。受け入れたくない。とっさに口をつきかけた言葉を飲み込むと、かろうじて「わかった」と答える。いい加減、向き合わなくてはいけないことは理解していた。

*****

彼と出会ったのは大学時代。たまたまとった講義で隣に座ったことがきっかけだった。当時からプロとして活躍していた鱫史の存在はよく知っている。慕っていた兄のような人が事件の犯人だと知った直後で荒んでいた夜詩は目立つその男が隣に来て、迷惑に感じたことをよく覚えていた。

「…ねえ君!講義の資料を貸してくれない?」

「…………」

「わあー、見事な無視だね。…でも、困ったな…テキストを忘れてしまった。…仕方ない、この際諦めて、留年覚悟でサボるとしようかな!」

「…………、チッ…」

「あ、貸してくれるんだ。君って優しいんだねー!」

それからというもの、男はすっかり夜詩に懐いてしまった。どれだけ邪険にしても、「近寄るな迷惑だ」と言っても、ヘラヘラとした笑みを浮かべてやってくる鱫史。鬱陶しいにも程がある。

本気で迷惑していた記憶があるからこそ、何故ここまで腐れ縁が続いたのか、ふと疑問に思って、すぐひとつの記憶に思い当たる。

夜詩は兄のような存在に裏切られた憎しみを、彼女への想いを1人演技に昇華することで、発散することがあった。あれは大学入学して暫くした時のこと。誰もいない舞台に上がっていた夜詩の前に、闖入者が訪れたのだ。

「__それ、もう空っぽだ。立て、どす黒き復讐の鬼、地獄の洞窟から姿を現わせ!退け、愛の女神、貴様の王冠でもあり玉座でもあったおれの心を、暴例飽くなき憎悪の手に譲り渡してしまえ!このおれの胸を毒蛇に噛ませ、その憎しみの毒をもって腫れあがらせるがいい!」

「おお、血だ、血を見るまでは、血を!」

「___お鎮まりを、あるいはそのうちお気持が変ることもございましょう」

「変るものか、イアーゴー、血に飢えたおれの心は、その漲る潮の流れの、後に退くすべもなく、二度とふたたび穏やかな愛を讃えて鎮まりかえる日は来まい、この怨恨の底なしの深淵がそれを飲みほしてしまうまでは。今、おれは、神にたいするにもひとしい誓いを籠めて、それを言う」

一思いに台詞を叫んだところでふと気づいた。これは夜詩ひとりの世界。1人だけの即興劇にイアーゴーはいない。自分を宥めるはずの者も、自分の前に跪くものも、いないはずなのだ。だと言うのに、男は当然のように笑顔で歩み寄り、そして跪くのだ。

「永遠に輝く天上の日月星辰、われらを取巻く大自然、頼む、証人になってくれ。このイアーゴーはおのれの智慧と力と心の及ぶ限り、裏切られたオセロー将軍のために尽くすことを誓う!」

「……、」

男の言葉は迫真で、想いが篭っているように聞こえた。…だから、つい思わず笑ってしまったのだ。

「……いつから2人劇になったんだ?兎鮫」

「ウィリアム・シェイクスピア『オセロー』。この復讐劇に役者1人じゃ足りないだろ?」

挿絵(By みてみん)

「俺なら1人でやる。信じた人に一度は裏切られたんだ、信じるのは俺一人でいい」

「…ねえ。夜詩。…俺に話を聞かせてよ。まだ出会ったばかりだけどさ…俺はこの出会いが運命だと思ってる。君のその寂しげな瞳が情熱に色付くまで、智慧と力と心のために、尽くすことを誓わせてくれよ」

男の、鱫史のその真剣な瞳を振り払うのは何故かどうにも出来なくて。気づけば差し出された掌をとっていた。友人未満だったはずの男が、復讐劇の"共演者"になった瞬間だった。

*****

街は一面バレンタインムードで、甘い香りが溢れている。忘れもしない高校1年の頃は、期待と不安で胸を踊らせていた。今回プロジェクトに参加した役者達も、皆この日が近づくにつれてそわそわしている。彼らもかつての自分のように、イベントを口実に愛する誰かに思いを伝えるのかもしれない。

大半が憎むべき危険人物なのは理解していると言うのに、1年共同で過ごした情故か。幸せになればいい、と思った。

そんな街を突っ切って訪れるのは辺鄙な町外れの喫茶店。店員に「待ち合わせだ」と告げれば、やがて奥の席へと案内される。席には男が1人座っており、夜詩の到着に気づくと整った顔を覆った眼鏡を外した。

「夜詩くん、久しぶり。キミの活躍はよく耳に入ってくるよ」

「……朔夜さん。お久しぶりです。貴方程ではないので…恐縮ですね」

「あは、夜詩くん。詰めが甘いな。君の表情から敵意が溢れてるよ。舞台上はともかく、私生活では相変わらずだね!思うことがあるなら、相手に悟られないよう、そっと、真綿で首を絞めるように___じゃないと逃げられちゃうからね!」

「……精進します」

「うんうん、これはキミの兄貴分として可愛い弟分への忠告だよ!なーんて。…ねえ、キミは今でも彼女を愛してるのかな」

「勘違いしないでください。今は元、なので。ですが、当然です。俺の大切な人は、後にも先にも彼女だけだ。…彼女の居場所は俺にしかないんだ」

「そっか!でも風の噂で聞こえてきたよ、兎鮫鱫史くん、だったっけ。彼もキミにとって______」

「鱫史に手を出すな」

ドン!机を叩きつけるとグラスが倒れ、冷たい水が零れ落ちる。驚いた様子で目を見開く男と、それを憎悪を込めて睨みつける夜詩。周辺から奇異な視線で注目を浴びていることは理解できたが、この際構うこともなかった。

どうしてこの男が鱫史を知っている?大事な人だと悟られないように、注意を払って過ごしていたはずなのに。どうしてどうしてどうしてどうして。このままじゃ鱫史が、鱫史まで奪われて、そしたら俺はなんのために、なんのために手放そうとしているんだ____

男はその間も何かを言い続けているが、耳に入ってくることはない。苦笑を浮かべ、いつの間にか隣に移動していた男は夜詩の意識を取り戻すように、大きく肩を叩いた。

「ねえ!…キミさ、昔教えてくれた場所があったよね?」

「……いきなり何を、」

「……展望台。カノジョとキミだけの大切な場所だって。階段の上がり口。あそこを掘り返したことはある?」

「ない。…何を言って…」

「キミを強引に呼び出した本題はこれだ。今こそキミに伝えるべきだ、と思って。____キミはオレを嫌ってるのは知っているけど、オレはキミを大切に思っている。…キミには幸せになって欲しいんだ」

「どの口が!!」

目の前が暗黒に染まり、気づけば隣にいた男の頬を固く握った拳で殴りつけていた。ザワつく店内。頬を抑え、表情を伺えない男。もう一度男を睨みつければ、会計に万札を叩きつけてそのまま店を出る。……これ以上いれば、自身も危険人物たちと変わらず、黒に染っていく気がした。

*****

そのまま車を飛ばし、展望台へと向かう。山奥にあり、寂れた雰囲気のあるそこは、星がよく見えた。自分だけの秘密基地であり、彼女との思い出の場所でもある。

たどり着いた頃には、日もすっかり落ちて、星々が空を彩って輝いていた。近くの木の根元に、朝方郵便ポストに入っていたネズミの亡骸をそっと埋めて、手を合わせる。そのまま気持ちを整理すべく展望台に上がろうとして、先程の言葉を思い出した。

『階段の上がり口。あそこを掘り返したことはある?』

なんの嫌味だと思う。でもあの言葉になにか意味があるような気がしてならなくて、持っていた埋葬用のスコップで土を掘り起こす。暫く掘り進めていくと、固い感触に突き当たる。

少し大きめな瓶の中。そこには桜柄の封筒が入っていた。震える手元でそれを手繰り寄せ、蓋を開ける。封筒には『夜詩くんへ 櫻木美桜』と記載されている。


夜詩くんへ

多分、これを読む貴方にとって、久しぶりになるんだと思います。夜詩くんは何歳ですか?大学に通ってるのかな。それとも、もっと大きくなっているのかな。貴方の憧れの人から、星ノ宮家の事情は聞きました。私はもちろんそれに屈するつもりは無いからこの手紙はいらないと思うんだけどね、…でも、もし万が一のことがあったら、愛情深い貴方のことだからずっと私を引きずって不幸を選んでしまいそうだと思って、お手紙を書きました。

夜詩くんは頑張り屋さん。他人にも厳しいし、自分に誰より厳しい人。妥協を絶対許さない強い人。本当は子供っぽい可愛い人なのに、当然の顔で完璧に振る舞う頑張り屋な君が私は大好き。

夜詩くんは優しい人。ぶっきらぼうで口も悪くて時々我儘だけど、困っている人は放っておけなくて、だから私のことも一生懸命守ってくれた。ねえ知ってた?ずっと苦しんでいたのに、君の言葉で、君の優しさで、私はすっごく救われた。命の恩人なんだよ。

夜詩くんは誠実な人。1度した約束は絶対に違えないし、だからこそきっと、今も1人で苦しんでる。

貴方は素敵な人だから、だからこそ、私のことは忘れてください。もういいよ、大丈夫だから。この手紙を読む頃貴方には、きっと私と同じくらいかけがえのない人が隣にいると思うの。貴方は強い。私を沢山守ってくれた。だから今度は、その人を守ってあげて。

私を守れなかったなんて、負い目に感じる必要はないんだよ。むしろそんなことで幸せを手離そうとしているなら、幽霊になって夜詩くんをお説教しにいくんだから。だからどうか、幸せになって。これからもずっとずっと、大好きだよ。 櫻木美桜


「う、ぁ。…あ、美桜……美桜、みお…」

写真を抱きしめ、涙を流す。涙は冷えた外気に晒され、すぐに冷えた筋をつくる。それも気にならない程に、今まで溜め込んだ涙を全て使い果たす程に、涙を流し続ける。

挿絵(By みてみん)

涙が枯れ果てた頃には、気づけば日付は変わり、液晶は2\14を示している。空を見上げると満点の星空が広がっていた。冷えた空気に灯る光は澄み渡っていて、普段よりさらに輝いて見える。

_____もう、心は決まっていた。


*****

時は変わり、約束の時間。鱫史を助手席に乗せて車を発進させる。普段なら鱫史主導で途切れることなく続く会話も、この時ばかりはほとんどない。互いに静かに車の稼働音と流れるラジオに耳を傾ける。

ラジオから流れるのは「幸福について」の会話。以前乗った時にも流れていたようなその会話に耳を傾け、ふと、声を発した。

「鱫史ってさ、幸せってなんだと思う?」

「はは、既視感のある問だな。…答えは変わらない。……俺にとっての幸せは夜詩が役者として輝くこと。お前は世界に希望を与える存在だからな」

「……そっか」

「夜詩は?幸せになれそう?」

「…どうだろうな」

「ねえ、俺はさ、前にも言ったけど、夜詩を幸せにしたいよ。彼女の代わりにしたっていい。誰の代わりでもいい。夜詩の隣にいれるならそれで、それだけでいい。夜詩の幸せは俺が守る。だから____」

ブレーキを止めて、そっと助手席に座る鱫史の口に人差し指を当てる。じっと見つめると、不安そうな鱫史の揺れる瞳が夜詩を映した。何も言わず微笑めば、息を飲んだような音が聞こえる。丁度車は目的地に到着していた。

冬の海は潮の匂いと、凍えるような海風が静寂を包んでいて、思わず身震いする寒さだ。思わず身体を強ばらせると、すかさず隣の男がそっと抱き寄せようとしてくる。腕を振り払うと荷物を下ろし、振り返らずに海辺へと歩いた。鱫史もその後を慌てた様子でついてくる。

「____寒いな。後で風邪ひいたらどうしような」

「ご、ごめん。俺たちの思い出と思ったら、やっぱりここが良くて…」

「別にいい。願いを叶える券なんだからそのぐらい無茶じゃないと意味ないだろ。それに…俺も向き合うならここがいい、と思ってた」

くるりと振り返ると、やはり不安げに揺れる緑の目が夜詩をじっと見つめる。何かを言いたげに口を開くが、それが音を発することもなく、また噤んだ。

「鱫史の気持ちは、知ってるつもり。…俺のことが好きなんだよな。恋愛的な意味で。気づくのは遅くなったけど、流石にこの1年で否応なく理解したよ。…合ってる?」

こくり、頷く鱫史。彼にとって長年の思いが伝わった瞬間とも言えるだろう今も、彼は俯いて不安そうな表情を浮かべる。まるで断罪のときを待つ罪人のようだ。

「俺は、それに答える訳にはいかない。俺にはずっと大切な、愛した人が心にいる。彼女を裏切ることは出来ない。勿論お前を彼女の代わりにすることもない。____そんなの、彼女にもお前にも、失礼だ」

「っ…それでも俺は、いいんだ…お願い、夜詩。2番でもいいから、だから…」

「これ以上大事な人をつくるのも出来ない。俺は彼女を守れなかった。もう一度大事な人が俺のせいで死んだら、置いていかれてしまったら、俺は俺を許せない。信じられない。それならいっそ知られないように、この心を見て見ぬふりした方がいい」

「………っ」

苦しげに歪められた眉。拒絶ともとれる言葉に呆然とする鱫史に対し、それでも言葉を続ける。

「______そう、思っていたんだ」

「……ようた、」

「でも、困ったことに、俺の想いは隠しきれてはいなかったらしい。見て見ぬふりをしたって、弱点は弱点。気づかれたら終わり。最悪。こんなに頑張って隠したのに、バレたら意味ねぇし。結局狙われるんだったら、確実じゃないとしても守るしかないじゃん」

「それに、…美桜も美桜だ。あんな手紙遺しやがって。分かってんなら先に言えよ。死期を悟った手紙で、俺の幸せを望むんじゃねぇ。俺の事情に巻き込まれて死んだんだから、憎んで呪えばいいのに。一生俺に想われとけばいいのに。肩を押すんじゃねぇよ…」

頬にまた、暖かいものが伝う。とうに枯れたと思った涙はまだ途切れることは無いらしい。心配そうに覗き込む鱫史をきっと睨みつける。

「……全部全部、お前のせいだ。お前がいなければ、俺は弱点なんてできなかった。1人で、ただ彼女を想い続けていられた。鱫史がいなければ、温もりも優しさも幸せも忘れたままでいられた。1人じゃ寂しいなんて思うこともなかった」

「鱫史がいなければ誰かに頼るなんてこと、することはなかった。鱫史がいなければきっとここに立ってはいないし、大事な友人も出来てなかった。鱫史がいなければ、……俺は息が出来ないんだよ」

「………夜詩」

「なあ、責任取ってよ、鱫史。置いていかないで、どこにもいかないで!俺を置いて死なないで、俺を助けて……」

挿絵(By みてみん)

差し出したマリーゴールドの花束は震えている。震える理由は寒さのせいか、緊張のせいか、不安のせいか、あるいは全てか。予想外の夜詩の言葉に一瞬惚けた鱫史も、暫くの間をおいて、そっとその花束を握った手を手繰り寄せた。

「……いかないよ」

「…いかない?」

「どこにも行かない。置いてなんていくはずがない。夜詩がそれを望むなら、いや、拒絶したって、俺の場所は夜詩の隣以外有り得ないんだ。俺の運命は、夜詩なんだから」

冷えた手のひらは暖かい手のひらに包みこまれ、強ばった指先に小さな何かがあてがわれる。それは薬指を通り、夜詩の指に収まった。

「……指輪」

「病める時も健やかなる時も、俺は夜詩の傍に居続けると誓うよ」

挿絵(By みてみん)

「……1度、夜詩に振られた時から俺も、色々考えたんだ。俺は今でも、夜詩が望むなら俺を使い潰してくれても構わないし、それでお前の役に立つのなら、どういう役回りだっていい」

「夜詩の運命になれなくたって、重いと言われたって、それでも俺はお前を放っておくことなんてできないし、お前が嫌がっても甘やかすつもりだよ。それが俺の生きる意味だから」

「…本当にお前はバカだよ、鱫史のくせに生意気。甘やかすとか何様だよ、俺はお前がいなくても、生きていけたはずなのに…」

「うん、分かってる。…でも、俺が嫌なんだよ。寒くて凍えた夜詩を温める役は、俺がいい。1人で寒さを堪える夜詩なんて、見たくない」

抱きしめられた温もりは暖かくて、自身の身体のこわばりはみるみるうちに溶けていく。恐る恐る鱫史の身体に腕を回すと、鱫史は幸せそうに蕩けた笑みを見せた。

「やっぱり生意気…」

「生意気だとしても、夜詩の幸せは俺が守るよ。優しいのに意地っ張りな夜詩がふにゃふにゃになったって、この幸せを俺も、手放したくなんかない。そのためなら俺は、なんだってするよ」

「バカ。無茶すんな」

ドヤ顔している鱫史の両頬を掴んで、背伸びをして口付ける。驚いた顔でこちらを見つめる鱫史に、してやったりとべっと舌を出してやる。

「お前に守られるほど俺もやわじゃねぇから。…お前だけで背負うんじゃなくて、一緒に背負ってよ、鱫史。なんのための共演者なんだよ」

「……はは、うん。流石夜詩だ」

「おー。惚れ直しただろ」

「うん、惚れ直したよ!愛しい夜詩!」

「バッ……バカじゃねぇの?そんな小っ恥ずかしいこと簡単に言うな!大体なんでそこまで俺のこと好きなんだよ、お前に好かれる心当たりとかないんだけど、キメェ…」

「たったさっき恋人になったばっかりの相手にそれ言うか?挑戦状として受けて立つよ、夜詩の好きなところなら夜が明けるまで話せるからね、一つ一つ語って聞かせるよ」

「わ、わーっ!なんで俺の恋人ってこんなやつばっかなんだよマジで頭おかしいから!絶対言うなよ、」

「まず1つ目、夜詩は可愛い。容姿的な意味合いも勿論だが、コロコロと変化する表情が______」

「黙れってば!!!!」

そんなやり取りを交わしながらも、手は自然と繋がれ、どちらからともなく車へと向かう。2人でいれば寒くない?そんなわけもなく、真冬の夜の海は普通に寒い。しかし、車に乗りこむ2人の表情は晴れ渡っていて、幸せそうだ。

「…なあ、あいつらも幸せになったのかな」

「あいつら?俺といるのに他のやつの話をしたいのか、浮気か?」

「違ぇよ。嫉妬深すぎるだろ、重い。…1年過ごした役者仲間のことを考えるのも悪くないだろ」

「…まあ、夜詩とのことを応援してもらっていたのも事実だしな…。今日はバレンタインだし、何かしらしてる奴らもいるだろうな」

「あいつらの場合変に拗れそうで心配だな…様子を伺った方が、」

「夜詩も大概心配症だよな…まあ、そんな夜詩が好きなんだけどね。彼らだってこの1年で積み上げた経験がある。きっと上手くやるよ」

「…そっか」

夜詩にとって彼らは、唾棄すべき危険人物ではなくて、一人一人大事な友人になっている。友人の幸せを祈るようにそっと瞳を閉じた。

2月14日、バレンタインデー。甘い香りで包まれる日。この特別な日を誰と過ごすのだろう。想いが報われ、誰かと笑いあっているのだろうか。苦い思いに涙を流しているだろうか。

そのどれも、君たちのかけがえのない経験になっていくだろう。酸いも甘いも全て、君を構成する一助となる。だって君たちは、役者なのだから。

それでも出来るなら、幸せに、後悔のない道を歩めますように。君たちの友人として、それを願おう。



______ジジ_____ジジジジ_____ジジ-________

『__そっか!でも風の噂で聞こえてきたよ、兎鮫鱫史くん、だったっけ。彼もキミにとって______』

『鱫史に手を出すな』

「〜〜~♪♪ふんふん♪〜〜ふんふんふ〜ん♪」

薄暗い部屋。一面に写真が張り巡らされ、異様な雰囲気を醸し出されるその部屋に、機会の音と、男の陽気な鼻歌だけが響く。

貼られた写真はどれも、視線が合わず、どこかを見ている。その写真を満足げに眺めていた男は、ぴ、と音声を止める。

嗚呼、今日は最高の日だ!上がった口角は下がることなく、脳は先程の出来事を何度も繰り返すように再生する。

「本当に、夜詩は可愛いな!」

挿絵(By みてみん)

兎鮫鱫史は幸せそうに夜詩の写真に口付けると、恍惚とした笑みを漏らした。


*****

『朔夜。契約は忘れたのか?星ノ宮夜詩を堕落させた女を排除しろ。それでも目を覚まさないようであれば夜詩も_____』

『了解了解。分かってますって。でもお爺様、彼女を殺すのは早慶じゃないですか?』

『なんだと?』

『オレの見立てだと彼は今後才能が開花し、多くの人に愛される役者になりますよ。基礎的な能力もあるし、想い人への愛が原動力になっている。正しくエリートになる可能性を秘めてます』

『歯向かうつもりか?貴様、儂が貴様という恥を特別に見逃してやっている恩を忘れたというまいな』

『いやいや、感謝してもしきれませんって。でもだからこそ、お爺様やこの星ノ宮のため、今可能性を摘むのは惜しいと進言してるんですよ〜』

『……間違いはないのか?』

『はい、もしお爺様がその可能性はないと判断すればその時はいつでも"不幸の事故"を起こします。それなら文句ないでしょ?』

『んじゃ、星ノ宮夜詩の処遇に関しては暫く様子見、ということで!』

『……夜詩くん、頼んだよ。俺はあの子も、キミも、不幸にしたくはないからさ』


ピッ。

「〜〜〜〜♪ふんふーん♪」

男は鼻歌混じりに雑踏を歩く。今日は周辺高校の学園祭ということもあり、土曜日だと言うのに楽しそうな学生服の男女が歩いている。他校生である男も、目的地は同じ。今日は彼に出会って1年の記念日。一目惚れした彼は今日も幸せの絶頂のようで、愛する人を待っている。

「……ああ、夜詩、今日も幸せそうだね」

いつもの日常。バイト代を2年間貯めて購入した2つの指輪。笑顔で駆け寄る愛する恋人。それを捉えて和らぐ笑顔。

そんな君もやっぱり輝いていて、愛おしいけれど、俺ならもっと輝かせてあげられる。その演出家には引き出せない夜詩の魅力を、俺なら引き出してあげられるよ。

彼の絶望に歪んだ顔も、それを糧にして立ち上がる姿も、全部この目で見たいから。さあ、劇を始めよう。

「_______っ、美桜!!美桜!!!!!」

「ようた…くん、ごめんね、わたし………のに、」

「ぃ、やだ、美桜、もう喋るな、絶対、絶対助けるから、だから、俺…」

君の演技が好きだ。君の笑顔が好きだ。君の絶望に歪んだ顔も好きだ。君の気高さも好きだ。君の甘さも、君の弱さも、君の強さも、君の声も、全部、全部、全部______

「そう、君の輝きのためなら、必要な犠牲だよね?」

ざわめく民衆たちの声。サイレンの音。少女の惨状に慟哭をあげる主人公(ヒーロー)。立ちはだかる宿敵。これをきっかけに更に訪れる悲劇に負けず、主人公は更に輝きを増していく。嗚呼、なんて美しい舞台だろう!!


「ふんふん♪ふんふんふんふーん♪」

男は鼻歌を歌いながら、雑踏の中に消えていく。悲劇の主人公が真実に直面するまで、あと___________

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