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第13話 それぞれの心の葛藤

 水瀬と別れた後、俺は一人で家に帰った。

夕暮れの空がオレンジ色に染まり、歩くたびに小さな風が吹き抜けていく。だけど、心はずっと静かじゃないままだった。


「好きな人……か」


 水瀬が「好きな人がいる」と言った時、俺はなぜあんなに動揺したんだろう。


今までの俺は、ただ彼女の恋愛相談に乗っていただけだった。

水瀬が好きな人のことをどう思っているのか、冷静に聞いてアドバイスをしてきた。だけど、今日彼女の口からそれを聞いた瞬間、胸が痛んだ。


 水瀬が誰かを好きだってことが、俺にとってこんなに大きな問題になるなんて、思ってもみなかった。


 家に着いてからも、頭の中でいろんなことがぐるぐると巡っていた。水瀬と話しているときの焦りや、自分が誰かを「好きになる」ということについて。


 俺は今まで、誰かを好きになったことがない。


 友達からの相談に乗ることはあっても、自分の気持ちをしっかりと考えたことなんてなかった。


恋愛なんて、他人事だと思っていたからだ。でも、水瀬と接する時間が増えるにつれて、次第にその感情に向き合わなければならない時が来ているような気がしていた。


 ふと、スマホの画面を見ると、メッセージが届いていた。


「田中先輩、今度またラノベの話、聞かせてもらってもいいですか?」


 凛からのメッセージだった。短い文章だけど、凛らしい素直な感じが伝わってくる。俺は少し笑みを浮かべながら返信した。


「もちろん。また図書館で話そう」




******




 翌日、放課後。いつものように図書館で凛と待ち合わせをした。


 凛はすでに席に座っていて、俺が近づくと笑顔で軽く手を振ってくれた。凛との時間は、心地よい静けさがある。

ラノベの話で盛り上がる時もあれば、時々無言でも気まずくならない。そんな自然な関係が、俺にとってはありがたかった。


「先輩、昨日の最新巻、どうでした?私はあの展開にすごく驚きました!」


 凛は嬉しそうに話し始めた。彼女の目がキラキラと輝いているのを見ると、こちらも自然と話に引き込まれてしまう。


「確かに、あの展開は予想外だったよな。主人公があんな風に成長するとは思わなかったし……」


 俺も話に夢中になりながら、凛との会話を楽しんでいた。趣味が合うっていうのは、こんなにも気楽なものなんだな、と改めて感じていた。


 しばらく話していると、ふと凛が静かな声で話題を変えた。


「田中先輩、最近……なんだか悩んでいることがあるみたいですね?」


 その言葉に、俺は少し驚いた。確かに、ここ数日いろいろと考え込むことが増えていたけど、凛にそれを見透かされていたなんて思ってもみなかった。


「え?そんなことないよ。ただ、ちょっと考えることがあってさ。」


 俺が言い訳のように答えると、凛は優しく微笑んで首を横に振った。


「無理しなくていいです。田中先輩、いつも他の人の相談に乗っているから、つい自分のことを後回しにしちゃうんですよね。でも、先輩だって自分の気持ちに向き合う時間が必要だと思います。」


 その言葉が胸に響いた。凛は、俺が誰かの相談役に徹していることを知っていて、だからこそ俺自身のことも心配してくれているんだ。


「ありがとう、凛。そうだな、俺もちゃんと自分の気持ちを考えないといけないよな……」


 そう呟いた瞬間、頭に浮かんだのは水瀬のことだった。


 彼女が「好きな人がいる」と言った時の不安げな表情、俺に気持ちを知ってもらいたいと言った時の寂しそうな笑顔。彼女は、俺が思っている以上に複雑な感情を抱えていたのかもしれない。


「先輩、いつでも話を聞きますから。私も、先輩に相談してもらえると嬉しいです。恋愛相談をいつも受ける人が恋愛相談をしては行けない、なんてルールは無いですからね」


 凛がそう言って微笑んだ。

その優しい言葉に、俺は少し心が軽くなった気がした。


 図書館での凛との会話を終えて、家に帰る途中、俺は水瀬のことを考えていた。彼女の「好きな人」は、誰なんだろう?

もし、彼女が俺にその気持ちを伝えようとしているなら、俺はどうすればいいのだろうか?


 自分の気持ちが分からないまま、夜の風が心に染み渡っていた。





******




 放課後、私は図書館で後輩ちゃん──凛さんと田中君が話しているのをまた見かけた。二人は相変わらず楽しそうに、自然体で話している。


 彼の笑顔を見ていると、心の中にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がっていく。凛さんと話している時の田中君は、本当に楽しそうで、私が相談する時の彼とは違う気がした。


「私も、あんな風に田中君と話したい……」


 そう思ったけど、気づいたら足がすくんでいた。相談するたびに、田中君は親身に話を聞いてくれるけど、それは「相談役」としての彼であって、私自身と向き合ってくれているわけじゃない。


「もっと彼に、私の気持ちを知ってもらいたい……でも、どうすればいいんだろう?」


 私は、図書館の隅から二人を見つめることしかできなかった。

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