5.間話 1
「ちいはひとりになっちゃったの」
ぽろぽろと涙をこぼすその子は、とても頼りなく消えてしまいそうに見えた。
東郷出身の元斎宮。名を青羽の君――――その人が儚くなった。
東郷の出身であるなら、東郷かもしくは他の三家と関わりのない家に嫁ぐのが通例。
それなのに青羽の君は、南雲の前当主に是非にと乞われて嫁いだらしい。らしいというのは、前当主も青羽の君ももういないからだ。
語れる者がいない。
唯一語れる者がいるとしたら、それは現当主。だがその男が語ることはないだろう。なにせ正室が病に苦しんでる間、見舞うこともしなかった。
そして死んだその日に、側室を伴って現れたのだから。
家令たちが、驚くさなか……側室はまるで正妻のような振る舞いをして見せた。そしてそれを現当主は止めもせず好きにさせていたらしい。
青羽の君に仕えていた元東郷の者たちは「何という振る舞いか」と、腹を立てていたそうだ。とはいえ、使用人は使用人。
正妻である青羽の君がいなくなれば、その立ち位置はあまりにも不安定。
俺たちと一緒にきていた東郷の縁者たちに、今後の身のふりを相談する者もいた。
「あーあーどうすんだろうな」
「どうって、戻ってくるなら受け入れるんじゃないか?」
従兄弟の暁はキョトンとした顔で俺を見る。俺はそうじゃない、と暁にいった。
「そうじゃないって?」
「青羽の君には娘がいるんだろ?」
「ああ、燕のことか」
「暁、お前知ってるのか?」
「母上と青羽の君が仲良くってさ。青羽の君は里帰りが許されなかったから……俺たちがこっちに顔出しにきてたんだ」
「里帰りがダメって……」
「さあ。母上は小心者なんだろってさ」
「小心者ね。ま、たしかにあの側室を御しきれない時点でそうかもな」
暁は俺の言葉に軽く肩を竦める。
なにせしつこかった。葬儀の場であるにもかかわらず、自分の娘を俺に紹介しようと。使者を悼む気持ちなんて微塵もない。
俺は挨拶もそこそこに、部屋に引っ込むことになった。
「燕、大丈夫かな……あんな強烈な側室がいるんじゃ苦労しそう」
「その子を東郷で引き取れないのか?」
「どうかな……母上に聞いてはみるけど、正室の娘だしな」
娘というのは家にとって道具だ。嫁ぐ相手如何によって繁栄をもたらす。
側室が自分の娘を俺に合わせようと躍起になったように。
南雲宗家の一の姫。それだけで価値がある。
「まあ、こんなところにおられましたの?」
きゃらりとした、甲高い声。俺と暁は声の方に視線を向ける。
つり上がった猫のような目を携えた小さな少女。その少女はどことなく側室に似た雰囲気を持っていた。
「わたくし、千夏ともうします。若宮さま……ですわよね?」
隣にいる暁はまるっと無視をして、俺の側に歩み寄ってくる。俺は暁と顔を見合わせ小さく頷くと、そのまま立ち上がった。
そして暁が俺の前に立つ。
「悪いけど、知らないヤツを若宮様の側に近づけるわけにはいかない」
「まあ! なんて失礼なの!!」
「身分も明かさず近寄ってくるヤツの方が失礼だろ」
「わたくしは! 南雲の一の姫なのよ!!」
「違うだろ。南雲の一の姫は燕だ。お前じゃない」
暁にそう言い返され、千夏は暁を睨みつけた。虚言癖でもあるのだろうかこの千夏という少女は? それとも母親にそういわれて育ったのか??
どちらかわからないが、キャンキャンと騒ぐ声は頭に響く。そしてその騒ぎを聞きつけた東郷の者が、俺たちを見つけた。
「若宮様、暁様、どうなさいました?」
「見知らぬ娘がよってきたから、近づかないようにと伝えただけです」
「だから、わたくしは!」
「生憎と、俺の母上は青羽の君と仲が良くてね。君がどう言おうと、燕が南雲宗家の一の姫だ」
「そうですね。我々も青羽の君がご息女をお産みになったことは存じています」
多勢に無勢と思ったのか、千夏はふくれっ面のままどこかへ行ってしまう。その様子にホッと胸をなで下ろすと、暁と一緒に庭に出てくると使用人に告げた。
「あまり遠くにはお行きになられませぬように」
「わかってる」
「暁様、よろしくお願いいたします」
「うん」
暁はひらりと使用人たちに手を振り、俺と一緒に庭に向かう。とはいえ、何かあてがあるわけではない。たんにぶらぶらと歩いているだけだ。
するとどこからかすすり泣く声が聞こえた。
その声を探していると、寒椿の木の根元で小さな子供がすすり泣いている。
「燕……!」
名を呼ぶと、暁はその子供の元に走りよった。
燕と呼ばれた子供は、暁を見るとそのまま抱きつきさらに泣き出した。
「あかつきおにいちゃん、ちいはひとりになっちゃったの」
「揚羽も三葉もいるだろ?」
「ふたりともいないの。かあさまがいなくなって、いなくなっちゃったの」
「えっ……?」
暁は困惑した表情を浮かべている。どうやら暁が名を出した二人は、側仕えしていた者らしい。それにしても青羽の君が死んだらいなくなったとは……?
俺は内心で首をかしげつつ、暁に抱きついている子供の側に膝をついた。
「あんまり泣くと、目が溶けるぞ」
「……え?」
「おい……」
「それに、母上が心配で空に上がれない」
「ちいがないてるとだめなの?」
「そうだな。空に上がるには、心残りが少ない方が良い」
そういうと子供は袖で目元を擦る。それを暁が擦りすぎるなと、手ぬぐいで目元を拭っていた。
子供は薄らと赤みのある瞳をこちらに向け、首をかしげる。
「おにいちゃん、だれ?」
「燕、人に名前を聞くときは自分から、だろ?」
「あ、ごめんなさい。えっと……燕です。おにいちゃんはだれですか?」
「俺は旭。暁の従兄弟なんだ」
「暁おにいちゃんのいとこ?」
「おう。よろしくな」
燕は小さく頷く。きっと俺がなんであるか、それを知らないのだ。ならその方が良い。
そのときから、葬儀の終わる数日間。俺と暁、そして燕は一緒にいるようになった。
そして俺と暁が東郷の領へ帰る日――――
「いっちゃうの?」
「そうだな。でも大丈夫。大きくなったら迎えに来る」
「本当? 会いに来てくれる??」
「会いに来るよ。だから、これを飲んでくれるか?」
「うん!」
「おい! 旭!!」
暁が止めるのも聞かず、俺はあるモノを手渡した。
赤い、あめ玉のようなそれに燕は首をかしげる。
「これ、なに?」
「ずっと一緒にいるためのおまじないだ」
「おまじない?」
「旭、ダメだってば! 燕、飲んじゃダメだ」
「でも……」
「いいよ。燕。飲んで」
目の前で言い争う俺と旭を見て、燕はオロオロしてはじめた。そして自分が持っている物が原因だと思ったのか、暁が止めるのも聞かず飲み込んだのだ。
次の瞬間、ふうわりと燕の胸元に光が宿る。
その光は徐々に収束していき、驚いた燕は襟元を寛げた。そこには花のつぼみのようなアザが一つ。
「この花が咲く頃に迎えに来る」
俺はそう約束をして、南雲家を去った。
***
東宮位が決まると、花姫が各家々から輿入れしてくる。
基本的には東宮と年の近い、宗家の姫が。いなければ分家から探してくることになるのだろう。
南雲宗家の一の姫。
俺が待ちわびた相手だ。
暁から、南雲家での燕の待遇があまり良くないことは聞いていた。だが東郷で引き取ろうにも、南雲の当主はそれを拒否したという。
側室に好きかってさせているくせに、なんとも役に立たない当主だ。
そう腹立たしく思えども、俺の名を使って引き寄せるわけにもいかない。それはきっと側室の怒りを買い、燕の身に危険が迫るからだ。
ああ、ようやく、ようやく会える!
香しい花の香りを――――
南雲の姫が入る睡蓮宮。そこに先触れをだす。
南雲の当主には一の姫を、と言付けておいた。花姫として寵愛されるのであれば、正室の子であっても構わないはず。
「……お久しぶりでございます。若宮様、いいえ東宮様」
そういって俺の前に現れたのは、燕ではなかった。
「南雲千夏、俺は南雲家当主に一の姫を……と伝えたはずだが?」
「まあ、嬉しい。わたくしのことをそれほど望んでいただけたなんて」
「望んだのはお前じゃない。燕だ!」
「おかしなことを仰いますのね? 我が家に、燕というモノはおりませぬ」
南雲千夏は朱に塗った唇をニィとつり上げてみせた。




