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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第二章

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36.金盞花 1

 折敷(おしき)を抱えた私は各部署を走り回った。そうしないといけないからだ。

 西郷の姫を一人にしたなんて……!


 いや、私がしたというよりは本人が望んでそうしているのだけど。

 でも放置してきたといわれればそうだし。


「よう、紫。どうした慌てて?」

「こんにちは! 葛城、さま!?」

「お、おう?」


 部署と部署の間を走り回っていると、少し離れた場所から葛城様が現れた。

 武官の葛城様が文官が多く集まる部署を歩いている姿は珍しい。が、私はそんなことよりも葛城様に突進する。


「葛城様! お願いがあります!!」

「……どうかしたのか?」

「その、ちょっとかがんでいただけます?」

「ああ」


 あまり声高に話す内容ではない。西郷の姫君がその辺をふらついてるなんて問題大ありだし。それを察してくれたのか、葛城様は神妙な顔で屈んでくれる。


「どうした。何かあったのか?」

「あ、あのですね……ここから少し先に行ったところに典薬寮(てんやくりょう)がありますよね。そこの近くの木のしたに西郷の姫君が一人でいらっしゃるので、少し離れた場所から見守っていていただきたいのです」

「西郷の……?」

西郷新月(さいごうにいづき)様と仰ってました。帝様と蘇芳様に面会にいらしたようなんですが、蘇芳様がいらっしゃらなかったので……なぜかお一人でふらふらと?」

「お付きの侍女は?」

「いらっしゃらなかったんです。それでその、私が戻るのをそこで待っていると……」


 私自身にも西郷の姫君がなぜそんなことを言いだしたのかわからない。だから詳しく説明することもできなくて、そんな様子に葛城様が唸り声をあげつつ目頭を押さえだした。


 普通は困るよね。普通は。でも葛城様は武官だし、何かあったら直ぐに手助けできる。

 それに蘇芳様とも仲がよろしいから、たぶん大丈夫だろう。


「ひとまず、話しかけない方がいいな?」

「そうですね。何か噂が立っては困るでしょうし……」

「まあ殿上童のお前なら、噂が立つなんてことはないだろうけど俺じゃあなあ」

「そうですね。下手すると蘇芳様のお身内ですし、よろしくない噂が広がる可能性がありますね」


 そっちの噂かぁ……と、葛城様が項垂れる。

 さすがに蘇芳様と噂のある葛城様が、西郷の姫君に手を出す。なんて話にはならないだろう。もっとも、葛城様も華やかな噂のあるお方に違いはないのだが。


 蘇芳様が葛城様との噂を放置しているのは、理由があってだろうし。たぶん。


「たしか、西郷の姫なら花姫として片割れが入内してるな」

「そうですね……」

「とりあえず、承知した。少し離れた場所で見守るとしよう。もしかしたら侍女か、家族が迎えに来るかもしれないからな」


 私は葛城様にお礼をいうと、また折敷を持ち直して走り出した。

 あと治部省(じぶしょう)刑部省(ぎょうぶしょう)だけだ。とはいえ、ここは癖の強い人たちの集まりで書類を渡してからも時間がかかる。


 葛城様に任せたとはいえ、西郷の姫君が気にならないわけじゃない。

 同じ……いや、彼女の方が斎宮候補として一歩先行く存在。


 それに私が女であることに気がついた。蘇芳様に「どこからどう見ても男の子だよ!」と太鼓判もらったにもかかわらず……


 蘇芳様がこの話を漏らすことはまずないし。

 私と話をしたい、とは? ぐるぐると疑問だけが回っていく。



 ***



 治部省は貴族の身分秩序、そして外国特使の接待を担当する部署だ。

 外国から特使が訪れる割合はそこまで高くないと聞く。だから主に仕事となるのは貴族の身分と秩序の維持。


 刑部省は司法、刑事裁判、刑罰の執行、監獄・囚人の官吏を担当している。

 貴族がなにか法を犯せば刑部省が取り調べ、法に照らして処罰するのだ。平民に関しては各領地の当主、その下につくの憲兵が取り調べを担当している。


 この二つは役割に被るところがあるので、隣り合っているのだが……その分もめ事も多い。

 治部省の貴族の身分と秩序を維持するには、貴族が犯罪を犯したときの対応も入っている。そして刑部省は貴族の司法、刑事裁判などなど犯罪に関する担当。


 書類を届けに行くと、今日も言い争いが始まっていた。

 私はこっそりと治部省に入り、治部省の一番偉い人。治部卿の机に近づいた。机の上には、蔵人所の頭弁(とうのべん)様と似たり寄ったりな書類の束が積まれている。


「こんにちは。書類をお届けにまいりました」

「やあ、いらっしゃい」


 治部卿は言い争いをしている官吏たちを止めるでもなく、お茶をすすっている。

 なんというか、これだけ大騒ぎしているのに大丈夫なのだろうか?


 そして書類を渡せば、代わりの書類が出てくる。

 出てきた書類は持ってきた書類よりも多い……その事実に目を背け、次は刑部省の方へ向かおうと立ち上がった。


「だーかーらー! なんで名前が消えてるんだよ!! どう考えてもそっちが消したとしか思えないだろ!!」

「そんなこと言われてもないものはないんだ。初めからいなかったんじゃないのか?」

「いない人間の噂を流すなんて馬鹿なことする人間はいないんだよ!!」

「そんなこと言ったって、南雲家からはなにも問い合わせがないんだからしょうがないだろ!」


 どうやら本日の言い争いの原因は、()――――らしい。

 私はチラリと治部卿に視線を向ける。彼はにこりと笑うと、「面白いよねぇ」といった。治部卿に向き直り、私は座り直す。


「面白い、ですか?」

「自分たちで何かしら手を使って消したくせに、今さら探しているようなんだ」

「探している……ですか?」

「ほら、南雲の花姫の姉――――という人物を、ね?」


 治部卿は「探している、といってもこちらに問い合わせてるわけじゃないよ」といった。なにやら南雲の家の者がコソコソ動いているらしい。


 名前のない者。

 しかも子供の頃に追い出した、と思われる人間を探すのは至難の業だとも。


「名前がないとは?」

「記録が消えてるんだよねぇ。貴族は生まれたときに届けでる決まりだ。生まれたなら、確実に登録がある。でもその名前がない」

「ではいないのではないですか?」

「いない人間の話を、しかもわるーい噂話をわざわざ流すかい?」

「それは、そうですけど……」

「だから彼らが言い争ってるの。名を消した人間がいるなら、処罰しなければいけない。それが南雲家からの申し出なら……真実を確かめる必要がある」

「なる、ほど……?」


 どうしてそこまで大事になったのか、それは幾つもの家から問い合わせがあったからだと治部卿が教えてくれた。


 そりゃあ、もののけ姫だ。なんて噂をばら撒けば、好奇心を刺激されて調べる家が出てくるだろう。東郷、西郷、北雲、南雲、この四家は昔から湟国(こうこく)を支えている。つまり裏を返せば、失脚を狙う家は多いのだ。


 特に南雲は失脚しやすい家と言えるだろう。


 先代の当主はやり手だったが、父は凡庸な……凡庸を維持するだけで精一杯の人だと聞く。

 春裳の前を好きにのさばらせているところも、周りから冷めた目で見られる要因だろう。


 千夏はそのことに気がついていない。

 蝶よ花よと南雲の領で育てられ、口答えするような侍女も側にはいないだろう。もちろん千夏が花姫になるべく、努力している部分もあるとは思う。


 だが……南雲から名前を消された私の噂を広めたのは失態だった。

 まさかここまで「南雲燕」のことを調べようとする家が出てくるとは思わなかったのだろう。


「……もしも、南雲家からの依頼で名前を消したのがわかったらどうなるんですか?」

「そうだなぁ。うちとしては、その娘が南雲の家に相応しくないと判断されたとする。だから名前を戻すのはとてつもなく難しいね」

「南雲家から依頼があっても、ですか?」

「消した当人がわざわざ名前を戻すとは思えないけど、まず本人か確認ができないからね。偽物――――つまり、成りすましという可能性もあるわけだし」

「成りすまし……」

「そう。乗っ取りとかね。困るでしょう?」

「そうですね」

「でも理由なく勝手に名前を消すのは問題があるんだ」

「それで、刑部省の方が怒っているんですか?」

「そういうこと」


 名前を消すにも手続きがあって、正規の手順て行えば刑部省とも揉めたりはしないそうだ。

 だが春裳の前はどうやら非合法な手を使って名前を消したようで、そもそも「南雲燕」の存在が確認できない。


 正規の手順であれば、その家に名前があったという記録は残る。

 それがない。初めから、生まれていない者として消されると刑部省としては黙っているわけにはいかないらしい。


 問い合わせが来れば調べる必要がでてくる。

 調べていなければ、南雲に問い合わせなければいけない。しかし南雲からは返事が返ってこないそうだ。のらりくらりとかわし続けている。


 それはそうだろう。非合法な手で消したのだ。

 名乗り出れば処罰される。そう考えたら正直に言い出せるはずがない。



 千夏が広めた噂は、このまま南雲に災いをもたらすのだろう。


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