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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第二章

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34.彼岸花 4

 先を見たことによって、呪を回避できたけれど……それはそれとして書類の中身が気になる。

 

 見られたくない何かなのか?

 でもそんな書類を蔵人所に出すわけがない。


 となると、誰かが資料庫に入った事実に気がつく。

 その誰か、はまた何かを仕掛けてくるのではないかと警戒する。

 だから書類に呪をかけた?


 そうなるとその「誰か」は……私に気がついていることになる。

 それなら直接会いに来るだろう。なにせ今の私はただの殿上童。

 

 話しかけることを憚られるような人間じゃない。むしろ積極的に声をかけて、足下を掬う方が楽なはず。


 でもあの声をかけてきた官吏は、呪をかけた人じゃない。

 気配が違う。それに見えたときに聞こえた声はもっと鋭く、怖かった。


 じゃあ、呪をかけた官吏は誰なのだろう?


 あの場には他に誰もいなかったし、気配もなかった。人の気配ならわからないわけないし……うーんと悩んでいると、訝しげな顔で蘇芳様が声をかけてきた。


「紫、どうかしたの?」

「え?」

「難しい顔をしているからね。道中何かあったかい? たとえば、他の部署で文句を言われた……とか」

「いえ、大丈夫です。効率の良い周り方ってないかなぁって……ちょっと考えてただけなので」

「まあ、あれだけね。あるとね……そこはみんな考える」


 蘇芳様は苦笑いを浮かべて、新たに書類が積まれている折敷(おしき)を見た。それに同意するように初馬様はじめ、みんながうんうん。と頷いている。


 蔵人所は忙しすぎて、殿上童が逃げ出す部署だ。

 みんな同じことを考えるけど、結局初めに教わった道が一番効率が良いことに気がつくと教えてくれる。


「そうなんですね……」

「そう。でもみんな一度は考える。それにしてもこの効率の良い周り方は誰が考えたんだろうなぁ」

「みなさんの中の誰かが考えたんじゃないんですか?」

「いや、俺が来たときにはもう確立されてた」

「俺もですね」


 はいはい! とみんなが手を上げていく。みんな知らないようだ。

 私が蘇芳様や頭弁(とうのべん)様に視線を向けると、二人とも苦笑いを浮かべている。


「……もしかして、効率の良い回り方を考えた方をご存じなんですか?」

「知ってるよ。紫もよーくしってる」

「え? 私もですか??」


 私がよく知ってる? 誰だ?? 暁や旭ではない。年齢が合わないし。

 そして蘇芳様も頭弁様も自分だとは仰らない。なら違う。


 そこでポン、と帝様のお顔が浮かぶ。


「……もしかして、帝様ですか?」

「大正解。正解した紫には、この干菓子をあげよう」

「あ、ありがとうございます?」


 私が干菓子の入った包みを受け取ると、初馬様は「主上がなんで?」と不思議そうな表情を見せる。


「昔々、紅顔の美少年だった主上がね……部下の仕事ぶりを知らずして、上に立つのはなぁと気まぐれを起こして蔵人所で殿上童をしていたんだよ」

「主上が殿上童!?」

「もちろん周りには内緒でね。とはいえ、気がついている大臣たちはいたけれど」

「ああ……まあ気がつきますよね」

「それが意外と気づかれないんだよ。前髪をこう、長くしてね。それに下げみづらの子って官吏の子供って印象が強いだろ?」

「固定観念で顔まで確かめなかった、と……」

「そのとおり」


 蔵人所の人たちは、帝様が昔からやんちゃしてたんだよ。といわれてもあまり驚かなかった。私は先で見た帝様と、今の帝様しか知らないからな……


「でもなんで効率の良い周り方を?」

「その当時の蔵人所は、今ほど忙しくはないけどそれでも殿上童が少なかったからね。効率よく回った方が、あいた時間で色々できるって思ったんじゃないかな」

「なるほど……帝様なりの工夫なのですね」

「そうだね。そうしておこうかな」


 含みのある言い方にちょっと首をかしげる。しかし蘇芳様も頭弁様も他のみんなも、私の頭を代わる代わる撫でるだけだった。


「さてと、そんなわけだからもう一周行ってきてもらおうかな」

「わかりました」


 折敷に書類を載せてもらう間、いただいた干菓子をひとつ口の中にいれる。

 残りはあとで食べよう。懐にしまうと、折敷を持って書類配りに出かけた。



 ***



 色々な部署に顔をだし、書類を渡して書類を受け取る。

 みんな悪いなーと声をかけてくれるが、どこの部署も忙しいのだから仕方がない。


 たまに女官のお姉さんに文をもらうこともあるけれどね。

 恋文は自分で届けてほしいなぁ。


「あら、あなた……蔵人所の殿上童ね?」

「え、は、はい」

「ちょうど良かった。蘇芳おにい様は蔵人所にいらして?」

「す、あ……藤の宮様でしたら、先ほどまではいらっしゃいました。ですが今は帝様のお側にいらっしゃるかと」


 つられて蘇芳様というところだったが、殿中では藤の宮様が通り名になる。

 一応、蘇芳様の身内枠で勤めているが公私混同はよくないので。


 いや、それよりも「蘇芳お兄様」とは? 蘇芳様に同腹の妹君がいただろうか? 

 固まっていると、その少女はにこりと私に微笑んだ。


 裳着(もぎ)……はすんでいる? でも堂々と顔出してるんだよな。女童(めのわらわ)で良いのだろうか?? それにしたって、蘇芳様の妹君ならこんなところを出歩いているわけがない。


 ここは官吏たちが仕事をする場所。唯一出歩ける女児がいるとしたら、女童ぐらい。

 でもその女童だって後宮に近い場所でしか見ないわけで……


「あ、あの……藤の宮様のお身内の方……でよろしいのでしょうか?」

「ええ。そうよ。今日は帝様にご挨拶に来たのだけど……蘇芳おにい様とは入れ違いになってしまったのよね」

「はあ……」


 ご挨拶に来たのであれば、父親なり母親が一緒なのではなかろうか? 

 少女が一人で参内することはまずない。ない、よね……? あれ? じゃあ探しているのでは??


「あ、あの……皆様探されているのでは?」

「大丈夫よ。ちょっとくらい」

「そうはいいますが……」

「それよりも、あなた……どうしてそんな格好をしているの?」

「え?」


 少女は私に近寄ると、耳元にひそりと呟いた。


「なぜ、男の子の姿をしているの?」


 驚いて少女を見ると、コロコロと笑いだす。そしてダメ出しをされた。

 そんなのではダメだと。


「えっと……?」

「潜んでいるのなら、この程度で驚いてはダメよ?」

「……あなたは?」

「私? 私は西郷新月(さいごうにいづき)。名ぐらいは聞いたことあるでしょう?」

「西郷の……」


 西郷新月、その名には覚えがある。たしか、東宮の花姫の一人。西郷満月(さいごうみつき)の双子の片割れ。


 そして彼女は、斎宮候補の一人――――だ。


「私が何か、わかったかしら?」

「それは、はい……ですが……」

「ああ、大丈夫よ。あなたに声をかけたのはわざとだから」

「わざと?」


 首をかしげれば、西郷新月は声をひそめた。

 そして耳元に囁く。


「ええ。そう。だってあなた、探知能力が低そうなんだもの」

「たんちのうりょく?」

「簡単な話よ。あなたは見張られてるってこ・と」

「み、っ……そ、うですか」

「そうよ。だから声をかけたの。でもそうね、あなたとはもう少しお話ししたいわ」

「私は、仕事中ですので」

「それ、もう少しで終わるのでしょう? ここで待ってるから行ってらっしゃいな」


 待っているから早く行ってこい。そう言わんばかりに、手をひらひらさせる。

 その仕草は犬でも追い払うかのようにも見えた。


 彼女をこのまま放置して怒られないだろうか? まあ大事な姫だろうから私が離れたとて、彼女の身内が見つけるかな??


「ほらほら、早くお仕事に行きなさい。そして早く帰ってくる! 私、待たされるのは嫌いなの」

「は、はい」


 私の迷いを断ち切るように、彼女は私に追い打ちをかける。

 ここまで言うのだから、たぶん大丈夫だろう……たぶん。私は折敷を持ち直すと走り出した。



 その後ろで、彼女が何かをしたことに気がつかぬまま。

誤字報告ありがとうございます!でも実は水府と水晶府がありまして、水府は誤字じゃないんです…!!

誤字報告は本当にありがたいです!!ありがとうございます!!

帝の仕事場&対面する場所→正殿(せいでん)

東宮の仕事場&対面する場所→小龍殿(しょうりゅうでん)

通常の仕事をする場所→水府(すいふ)湟国の政の中心。新人はよく迷子になる。

方伎士(術者)の仕事場→儀来府(にらいふ)

斎宮が務める場所→水晶府(すいしょうふ)現在は斎宮が不在。

平安時代の内裏をイメージしていただけると大丈夫かと思います…!

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