30.間話 5
ギリギリと、歯ぎしりをする。
どうして、なぜ、わたくしの元に訪れてはくださらないの?
他の花姫たちと一緒に手紙も出した。
その中でもとびっきりの料紙を使って、美しい手蹟で手紙を書き上げた。焚きしめた香だって一級品。
他の花姫たちには絶対に負けていない。その自信がある。それなのに、東宮様はわたくしの元を訪れてはくださらない。
初めてお会いした日から、わたくしは東宮様の妻になると決めていたのに……!
東宮様だってあんな小汚い女よりわたくしの方が絶対に良いはず。
それなのにどうして……!!
「……姫様、そんなに根を詰めて手紙を書かれなくてもよろしいのではないでしょうか?」
「東宮様が来てくださらないんじゃ、意味ないのよ!」
「ですが……」
どうしてわからないのかしら!! 腹立たしい気持ちを料紙にぶつける。
これじゃダメなのよ。東宮様が心引かれるような、そんな言葉を書かなければ……
本当は周りに当たり散らしたい。だけどここは後宮。いくら自分が賜っている宮とはいえ、誰の目があるかわからない。
侍女たちに当たり散らしているところを見られたら……それこそ面白おかしく吹聴されてしまう。
「――――それよりも、あの女の噂。全然広まってないじゃない」
「それが……広めた噂がおかしな噂になって、いつの間にか消えてしまうのです」
「おかしな噂?」
「その……南雲の正室は殺された、と」
「は? そんなわけないでしょ! あの女は病で死んだのよ。そもそも、東郷の人間が南雲に嫁いできたのが間違いだったんだから!!」
「それは、そうなのですが……」
すると他の侍女まで変な噂を聞いたと手を上げた。
どうしてこちらのばら撒いた噂ではなく、他の噂が広まるのかしら? しかも、わたくしたちが追い出したとまで言われているのだ。
「あの女が勝手に出て行ったの間違いだわ。自分から尼寺に行くといったんだから。お父様は少し渋ったみたいだけど、お母様が後押しして尼寺に行けることになったのよ? 感謝こそされ、恨まれる筋合いはないわ」
「そうなのですが……」
「そもそもあの女はもう南雲の系譜から消えたのよ? どう騒いだところで、入内できるわけもないわ」
そう。たとえ東宮様が望んだって、貴族令嬢としての教養もない山猿のような女に花姫が務まるわけがない。
東宮様は幼い頃の幻想を抱いているだけ。本人を見たらきっと夢が覚めるだろう。
「……そうだわ。あの女を東宮様に引き合わせれば良いんじゃない?」
「ですが、系譜から消されているのではお会いできる身分ではありませんよ?」
「そうよ。でも、下女として連れてくることぐらいできるでしょう? そこで東宮様は現実を知るの。山猿みたいな見窄らしい教養のまるでない女と、妃に相応しい教養を受けたわたくし。どちらがいいかなんて火を見るより明らかよね?」
むしろ感謝されるかもしれない。未練を断ち切る手伝いをしたのだもの。
ああ、そうだ。手紙を書かなきゃ。そしてあの見窄らしい女を東宮様の前に引きずり出してやろう。
***
手紙を出したのに、返事が来ない。
いや、返事は来た。だがわたくしが望む返事ではなかったのだ。
お父様にお願いして、あの女を下女として後宮に連れてきてほしいとお願いした。だけどその返事は芳しくなかったのだ。
なぜか? あの女が尼寺にいなかったからだ。
元服を済ませると、親子といえども御簾ごしに対面する。
わたくしの宮に様子を伺いに来てくださったお父様は、残念そうにわたくしにそう告げた。
「燕は今、尼寺にいないそうだ」
「……どういうことですの?」
「さるお方のお屋敷で手伝いをしているといっていた。だがそのさるお方を桃花鳥殿が教えてはくださらなかった」
「そんなの! 南雲の宗家当主に対して無礼じゃない!!」
「……桃花鳥殿は東郷が支援する尼寺の庵主だ。それ以上を求めるなら、東郷にと言われてしまったんだよ」
「そんなの卑怯よ! それに、お父様がわざわざ会いに行っているのに!!」
わたくしがそういってもお父様はこれ以上は無理だ。と、いうばかりで役に立たない。
せっかく東宮様にあの女を諦めさせる絶好の機会だったのに……!!
今のままじゃ、わたくしを見てもらえない。
「……千夏、入内したのはお前なのだからアレに構うのはやめなさい」
「だって仕方ないじゃない!! あの女の現実を知らしめないと、東宮様はわたくしを見てくださらないのよ!?」
「いない以上、東宮にもどうしようもない。集めた花姫から皇妃を選ぶしかないのだから」
「わたくしは、わたくしだけを見ていただきたいの。他の花姫なんて追い出してほしいのよ」
皇妃として傅かれるのも、男御子をお産み申し上げるのもわたくしだけでいい。
そうすれば後宮内で余計な争いは生まれない。あのときみたいに、わたくしだけを見てくだされば良いのよ。
「千夏……龍の花姫は形骸化したしきたりだ。花姫の中から寵姫が現れることはあっても、真の意味で花姫を作られることはない」
「そんなの……わたくしがお願いすれば、聞いてくださるはずよ」
「千夏……」
お父様は何か言いたげにわたくしを呼んだけど……役に立たないのならこれ以上、話していても意味はない。
あの女を捜してもらうようにお願いして、今日は帰ってもらった。
人払いをして、一人になる。
誰もいない部屋は、シンと静まりかえっていた。
ああ、頭が痛い。ズキズキする頭を抱えながら、どうして上手くいかないのか考える。
あのときは上手くいったのに。どうして今回は上手くいかないの?
あの日、あの方はわたくしを選んだ。
あの女ではなく、わたくしを。
だってあの女は飲まなかったのだから。花姫の証を。自分から放棄した。
奪い返すこともせず、だからわたくしが飲み込んだのよ。
夢のような時間だった。
わたくしを愛して、尽くしてくれる。ずっとずっとわたくしのものでいてくれるはずだったのに……!!
死んだあの女のことなんて、一度も思いださなかった。
その程度の存在だったのだ。あの女は。
だから今回も上手くいく。だって、わたくしは選ばれるべく生まれてきたのだから。
「ふふ……ふふふふ……」
カタン、と音を立てて鏡が落ちた。
「あ、ら……? なにかしら?? 今何か……??」
頭の中がぼんやりする。なにか、なにかあったような? でも全く思い出せない。
床に転がっている鏡を見つけ、その中をのぞき込む。
「……わたくしの顔、こんな顔だったかしら?」
見慣れたはずの顔が、全くの別人に見えた。だがそれも一瞬のこと。すぐに思い違いだと考え直す。
「はあ。疲れているのかしら? あ、いやね。鏡にひびが入っている」
取り替えてもらわないと。
南雲の長女たるわたくしの部屋は一流の調度品で埋め尽くされている。
割れた鏡なんて置いておけるわけがない。
パンパンと手を叩くと、控えていた侍女が顔をのぞかせる。
「姫様、どうなさいましたか?」
「鏡が割れたわ。取り替えてくれる?」
「承知いたしました」
「それと、お茶をちょうだい」
「はい。お父様より干菓子も頂いておりますから、ご一緒にお出しいたしますね」
「そうしてちょうだい」
普段気の利かないお父様が珍しい。
いや、お母様に言われて用意したのかもしれないわね。暫く会っていないけれど、お母様もきっと現状をやきもきしながら見ていることだろう。
あの女の子供に負けるなんて許されない。
そういわれ続けた。
尼寺に行ったあの女にどう劣るところがあるのか? 何度も思ったけど、口に出すことはできなかった。あの女の母親はお母様からお父様を奪ったから。
どこが良いのかわからないけど、お母様はお父様を愛していらっしゃる。
だからこそ、あの女の母親が目障りで仕方なかった。
「それでも、殺しただなんて……そんなことさすがにしないわ」
「姫様……?」
「なんでもないわ」
「はあ……」
この後宮の頂点に立つのはわたくし。
それだけは自信を持っていえるのだから。




