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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第一章

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3.桜 3

 手土産を手に蘇芳様とわかれる。


 西郷家の豪華な花姫行列は、もうだいぶ遠くへと行ってしまった。これから東宮の後宮へ入り、才と美をもって東宮からの寵を競うのだろう。


 なんとも、なんとも大変な人生だ。


「いや、そう生まれたから……そう生きるしかないのかな」


 ぽつりと呟く。


 自分のための人生なんて、この国を支える四家に生まれていたら無理なのだろう。男であれば朝廷に仕える重鎮に、女であれば帝の妃となり寵愛を。


 決められた道筋を、歩くしかない。それはなんとも不自由で、気の毒にも思える。だがこの感情は私の勝手な憶測でしかないのだ。


 適材適所、というものもある。

 私が、入内することを忌避するように。千夏は入内を喜んだかもしれない。


「ま、あの性格だし? 案外後宮が適してるかもしれないわよね。あの子」


 そう考え直し、昔のことを思いだす。


『まあ、なんてみすぼらしいの? それでも南雲の一姫なのかしら』

『何を言っているの、千夏。お前がこの家の一姫です。あの者はただの使用人と同じよ』

『お母様、それじゃあお給金が発生してしまうわ』

『あらそうね。使用人以下、犬と同じよ』


 高笑いをしながら、春裳の前は自身のお腹を触る。口答えは許されなかった。春裳の前のお腹には、新しい命が宿っていたから。


 父からも春裳の前を刺激しないようにと言い含められていた。

 この家にはもう、味方なんていないのだ。そう幼心に理解していた。


 使用人たちも、私を腫れ物のように扱う。母が亡くなった後、春裳の前はやりたい放題していたからだ。下手に私を庇って、仕事を失いたくなかったのだろう。


 そもそも心ある者は皆、辞めさせられていた。特に母に付いていた者たちは全員。

 東郷の息のかかった者なんて、家におけるわけがない。それが理由だった。


 とはいえ、東郷の娘を――――元斎宮である母を望んだのは父だ。

 春裳の前が何を言おうともそれは変えられない事実。たとえどんなに気に入らなくとも、父と春裳の前の間に何かがあったとしても、だ。


 それをわかっているから、春裳の前は『私』という存在が気に入らない。さげすみ、下女のように扱う。そして自分の産んだ娘こそが一の姫だというのだ。


 まあ、でも……私と千夏は数ヶ月しか違わない。

 父が母を望んで迎え入れても、それとは別に春裳の前にも手を付けているのだ。春裳の前からすれば、自分の方が特別であると思うのも仕方がないのかもしれない。


 一番酷かったのは、父が中央に行っていたときだ。

 下働きをさせられ、働かなければ食事も食べられない。何か不都合があれば全部私のせいにさせられた。


 唯一東郷にいる幼馴染みが尋ねてくるときだけは別だったけど。

 さすがに東郷の本家筋の前では見栄を張りたかったのだろう。


 私は春裳の前に「裏切り者」と罵られるのが怖くて、ただただにこにことしているだけだった。それを幼馴染みがどう感じたかはわからない。

 ただ、尼僧をしている母の妹。東郷 桃花鳥(とき)を紹介してくれた。


「心配、したんだろうなあ。めざといし。暁」


 一の姫、その名が表すのは「南雲で大切にされなければいけない存在」だ。新しい東宮が立てば花姫として、後宮にあがることになるのだから。


 だけど着物の袖からのぞいた手にはあかぎれがあった。それを問い詰めれば、私が困る。それに南雲から東郷に戻った使用人たちからも話を聞いたのだろう。


 私の立場を悪くしないために、尼僧をしている伯母様は適任だった。

 頼れる場所があるのとないのとでは全く違う。なにせ父は味方ではない。使用人たちも、南雲には味方と呼べる者は誰もいなかったのだから。


 転機が訪れたのは、春裳の前が男児を生んでから。


 義理の弟である苳也(とうや)は大人しい子だった。

 大人しくて手もかからず、乳母たちは私に面倒を押しつけたのだ。黙っていれば食事をあげるといって。


 面倒といっても、当然ならが乳をやることは私にはできない。ただ泣いたらおしめなら取り替え、そうでないなら呼びに来るようにといわれていた。


 苳也が大人しいからこそ、暇な時間を別のことに使いたい乳母たちが考えた小さな狡。

 春裳の前は男児を生んだことで、父の代理を買って出ている。だからこそ、苳也の顔を見に来たりなどしない。そう考えたのだろう。


 そのときの私はまだ、家族の繋がりとか……もしかしたら、という淡い期待を持っていた。まあまだ六才の子供だったからね。


 もしかしたら、苳也とは……仲良くできるかもって思っちゃったのよね。


 何の気まぐれか、その日は春裳の前が苳也の様子を見に来たのだ。

 そして苳也の側にいた私を見るなり、眦をつり上げると私を力一杯突き飛ばした。


『ああ、なんて恐ろしいこと! お前、この子を殺そうとしたのだろう!!』


 なんて酷い! そう叫んでいるけど、突き飛ばされた拍子に柱に頭をぶつけた私は痛みで何もいうことができない。


 それが気に入らなかったのか、春裳の前は床に転がっている私の襟を掴み上げた。


『このっ裏切り者! 世話してやったのになんてことっ!! お前も母親と一緒に死んでいればよかったのに!』


 バシンッと頬を叩かれ、床に投げつけられる。

 なにもしていない、ただ見ていただけ……そう言葉にしようと、口を動かすけど音にはならなかった。


 春裳の前が私の体を踏みつけたからだ。

 何度も何度も足蹴にされ、仕舞いにはそのまま庭にうち捨てられた。


 目の前が真っ赤に染まり、ああこのまま死ぬのかもしれない。そう思ったときに、父が帰ってきたのだ。


 庭にうち捨てられた私を見て、初めて父は私のために春裳の前を問い詰めた。

 春裳の前は自分は悪くない。跡継ぎである苳也を守ったのだと言い張る。


 らちがあかないと思ったのか、父は問い詰めるのをやめ私を医者にみせるように使用人に告げた。


 唯一、母が亡くなってからした父親らしい行動だ。


 私は――――生死の境をさまよい、ある夢を見た。

 いや、夢というには生々しい『先の話』だ。


 私は南雲家で虐げられ、仕舞いには父も口を挟まなくなった。

 気まぐれに春裳の前や、千夏から暴力を振るわれる。そんな生活を送っていた。


 苳也だけはどこか、気の毒そうな視線を向けてはくるけど……だからといって何かするわけでもない。


 まるで地獄のような日々。


 それでも私は生きていた。迎えに来てくれる日を夢見て、生きていたのだ。

 でもその希望は儚くも消えた。


 南雲家から、帝の妻にと後宮に入っていた娘が儚くなったのだ。

 帝の寵妃となるべく、娘が必要になった。その白羽の矢が立ったのが私、だ。


 親子ほど年の離れた相手に嫁ぐ。本当なら、――――が迎えに来てくれるはずなのに。

 それも仕方がないのだ。彼に嫁ぐ花姫はすでに決まっていたから。


 私ではなく、選ばれたのは千夏。


 あの約束は何だったのか? 

 私は拒絶することもできず、帝の妃になるべく後宮に入ることになる。


 ただ細々と、寵妃になんてなる気もなく後宮の片隅で暮らせれば良かった。

 その願いは届かなかったけれど。


 帝は親子ほども年の離れた私に手を出すことはなかった。なかったが、私の境遇を気の毒に思ったのか、親の代わりでもするように接してくれた。


 それが、たぶん引き金。

 局を賜り、そこに帝が通い詰める。そして私は南雲宗家の一の姫だった。

 他の妃たちが私を憎く思うのは当然の帰結。


 実際のやり取りを知れば、そうはならなかったろうけど……

 私に付いてきた侍女たちは、帝のお渡りが多いことを他の妃の侍女たちに自慢していたのだ。


 曰く、大変寵愛されていると。


 そこからは早かった。気がつけば、私は雪の降る日に毒を飲まされ死に絶えた。

 それに気がついたのは帝で、私を看取りながら「すまない」と呟く。


 侍女たちの見栄と、そして妃たちの嫉妬からうまれた悲劇。

 私は短い生涯を終え、約束はついぞ守られることはなかった。

今月中に一章終わらせます…!!

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