25.間話 4
噂が一つ、二つ、三つと転がっている。
その噂は変質し、元に戻り、また変質しを繰り返していた。
誰かが噂を操ろうとしているのだろう。
ただそれが上手くいっていない。
大本の噂の出所は睡蓮宮の侍女たち。
その侍女たちが広げた噂を変えているのが、銀犀宮と沈花宮の侍女たち。桜花宮の侍女は様子をうかがっている。
僕でもこれだけ情報を集められるのだから、東宮はもっと集められなければいけない。
だが集めている様子はない。いや、東郷の子が集めてはいるが……あれはきっとあの子のために集めている。
仕える主のためではない。
まあね、甘酸っぱい感情なのは見てわかる。
気がつかないのは当人たちだけ。
あの子の幸せを考えるなら、東郷に嫁いだ方がいいのかな。と、そんなことを考えてしまう。
東郷の子なら歳もそう離れていない。初恋は実らないというけれど、東郷の子なら上手くやれるんじゃないかな。そのためには将来を棒に振る覚悟も必要だけどね。
なにせ幼馴染みの思い人を奪うわけだし? 中央にいられるとは思えない。それに奪い返されないためにも策を講じないといけないわけだ。
もっとも、僕はそこまで親切じゃないから?
忍ぶ恋なんて応援してあげるつもりはない。
恋に障害はつきもの。とはいえ、あの子に意識されてないんじゃ意味がない。それは僕も同じだけどね。
あの子が何を思って、僕の花姫の印を飲み込んだかはわからないが……
何か見えたのは確か。そうでなきゃ、あの場で飲むなんてことはしない。そこまで愚かな子ではないしね。何か理由があるのだろう。
「……藤の宮様、俺はなーんで呼ばれたんですかね?」
「えー鶸くんそれを聞いちゃう?」
「帰って良いっすか?」
「いやいや。困るよー僕だって暇じゃないもん」
「いや、もんとかいってる場合じゃないんですわ」
「ごめんごめん。いやね、噂って面白い広がり方をするなーって」
「ああ、南雲の……アレね」
「そう。アレ」
「不用意に噂広げてるけど、大丈夫なのかね?」
「大丈夫じゃないと思うよ。だって矛盾してるからね」
先妻の子供は、千夏や義理の母である春裳の前に酷い態度をとっていた。
(それならなぜ南雲の系譜から名前が消えているのか?)
そして花姫になるのを嫌がって出奔した。
(大事に育てられたお姫様が出奔して一人で暮らせるわけがない)
南雲の先妻は昔、斎宮をしていて追放されたことがある。
その子供だからきっと、義理の母やその娘を恨んで都に猩猩を呼び込んでいるに違いない。
(何処にいるかわかっているのに、なぜその場所に猩猩を呼ばない? わざわざ都中を騒がせる必要はない)
「簡単に呼び込めるんだったら、陰陽師の才があるわな」
「彼らだってそう簡単に呼び込めないよ。というより、呼び込んだら首が飛ぶね」
「それはそう」
「もののけ姫とか噂されてて、あー知らないって本当に残念な人たちだなってなるよね」
「そうはいっても、箱入りのお姫さんなんてそんなもんだろ?」
「目の前にいれば、嫌がらせすることも濡れ衣を着せることもできるだろうけどね」
「側にいないんじゃ、どうしたってふわっとした話になるわな」
つじつまの合わない噂話。それが広がれば広がるほど、好奇心に駆られた人間は調べたがるものだ。
そして調べたあとに、真実に気がつけば――――自ずと株は下がる。
健気に待ってるだけなら、なにもいわれないのだけどねぇ。なかなかに野心が強い子だ。
もっとも、詰めは甘いけどね。
「……他の姫さんたちは、噂で遊んでんのか?」
「暇みたいだからね。自分は賢い、と思っている子ほど弄びやすいんだろう」
「暇ねぇ」
「丸一年、何の音沙汰もなければ暇だと思うよ?」
「俺も暇になりたいもんだな」
「それはぁー難しいかな?」
「俺の仕事を減らしてくれても良いんですが? 藤の宮様??」
「それができたら僕の仕事も減ってるなぁ。なにせ西郷のお姫様は仕事を増やす方の子だからね」
西郷のお姫様は、正直言うと僕は関わりたくない。
従姉妹にあたる子だが……天真爛漫なようでいて、残酷な面も併せ持っている。
東宮が生まれず、僕が東宮になっていたら彼女たちは家から出されなかっただろう。そもそも彼女たちだって東宮妃にも斎宮にも興味はないはずだ。
それに元々東宮妃となるべく、教育を受けた姫は彼女たちの姉だし。少々押しの弱い姉姫は、彼女たちの格好の餌食だった。
アレを見ていたら、僕だったら絶対に入内させない。
別に仲が悪いわけではないのだ。彼女たちの愛情表現が歪んでいるだけで。
虐げているように見えるが、アレは彼女たちの中では愛情表現の一つ。それを姉姫もわかっているから、恐る恐るといった感じで受け入れている。
逆にもしも姉姫に危害を加えようとする、もしくは加えた輩がいたら……彼女たちは自死するまで追い詰めるだろう。それも、かなり残酷な方法を使って。
そしてそれを周りに悟らさせないだけの頭がある。男であれば、どんなに良かったか。と、言わしめているぐらいだしね。
西郷宗家の当主もそれがわかっているから、東宮妃に片割れを選ぶことに難色を示した。
でも姉姫ではダメだったのだ。なにせ僕より三つ上だし。僕が今、数えで十八……なら向こうは二十一ぐらいか? 十六の東宮の相手としては、年が離れている。
さりとて西郷宗家として、花姫をださないわけにはいかない。
双子は十五。北雲と東郷は条件が合わず年上の花姫を出してくる。
本来、子供のことを考えるなら年齢は下の方がいいのだ。東宮を継いですぐにお手つきになるわけではない。交流は持っても、夜の相手をするまでに数年間が開くことだってある。
現に東宮は丸一年、自らの後宮に足を踏み入れていない。
東郷はわからないが、北雲はきっと気を揉んでいることだろう。このままではお手つきにならないまま「お褥すべり」になる可能性だってあるのだから。
「それにしても、陰陽寮に行くなんてどんな風の吹き回しだ?」
「お礼をいいに行くだけだよ。ほら、この間の猩猩を追い払ってくれた子にね」
「確か……北雲の子だったか?」
「そう。まだ出仕したてなんだけど、腕は確かだよ。うちの藍然さんが太鼓判押してくれてねぇ。おかげで安心して紹介できたよ」
あのときは助かったなあ。そう呟くと、隣にいる鶸くんが微妙な顔で僕を見る。
「……お前、婚約者がいるんだから手は出すなよ?」
「あのね、鶸くん。僕のことどういう目で見てるのかな?」
「オトナのお友達が多数いる節操なし」
「ひどい! 僕を不誠実の塊みたいにいわないでくれる!?」
「いや、事実だろ」
「失礼な! ちゃーんと身辺整理しましたー」
その辺は誠実であれと、帝にもいわれたしね。印を飲んだからにはあの子が……一年後、僕を選ぶ可能性だってある。
そのときに色々と揉める気はない。
運が良ければ、僕はあの子の伴侶となりきっと一生退屈しない人生を送れるはずだ。
なにせ殿上童なんてやってのけるぐらいだしね。
軽い気持ちでやってもらったけど、根性のない貴族の子弟よりもずっと役に立つし。クルクルと変わる表情だって愛らしい。
「お、着いたぞ」
「うん」
儀来府の中でも中心的な建物で一際目立つ。
どんとそびえ立つ陰陽寮を前に、僕は当たりを見渡した。
人の気配がない。
「うーん……見事な結界だな」
「そうなのか?」
「まあ、ちょっとわかる程度だけどね。僕もほら、龍の血が流れているからさ」
「龍の血ねぇ」
「鶸くん、この国の成り立ちに関わる話しなんだから、覚えておいてよ……」
「龍なんて実在するかわからんものより、俺は目の前のお前を見て判断してるだけだ」
「ヤダかっこいい……!」
「お前は胡散臭いってことだよ!」
ケッと鶸くんはいうけれど、まあ照れ隠しだね。あの子に負けず劣らずなツン具合だ。
たまにはデレてくれてもいいんだけど……いや、鶸くんがデレるってちょっとアレだな。怖いかもしれない。
そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。
「――――頭中将様、なにか陰陽寮にご用ですか?」
声を受けて振り向けば、そこには北雲宗家の三男坊。北雲紫紺が立っていた。
僕は彼ににこりと笑いかける。
さて、彼にはどう役に立ってもらおうか?




