24.蓮花 4
噂というのは面白い。
千夏が侍女たちに命じて広めた噂は、思いも寄らない広がりを見せていた。
曰く、殺された正妻が側室とその娘を呪っている。
曰く、虐げられた正妻の娘が、妖と一緒になって南雲や湟国に徒なそうとしている。
たぶん千夏が広めたのは、「できの悪い正室の娘が側室の娘を恨んで虐げていた」なのだろうけど、噂とは人の口を介せば介するほど変質するもの。
とくに花姫という立場で入内した千夏は、娘を入内させたい家からすれば排除したい存在。南雲家に関する悪い噂があるなら、それを利用しようと思うのも道理。
きっと本人たちはそんな風に広がると思っていなかったのだろう。
今頃後宮で地団駄を踏んでるかもしれない。
なにせ千夏にとって悪い方面の噂になっているのだから。
「ま、この噂が変質した原因は他の二家が流した噂だろうな」
「どうしてそう思うの?」
いつものように暁と八葉宮に向かう道すがら、暁の言葉に私は首をかしげる。
「そりゃあ、調べりゃわかるからな。南雲燕の名前が系譜からないのが」
「そうなんだ?」
「うちだって簡単に調べられる。今さら戻そうにも無理だろうさ。一度消された名前を戻すのは難しい。本人がいないとな」
「でもそれって偽物を仕立てることもできるんじゃないか?」
「それを他の家は狙ってるだろうな」
「どういうこと?」
「偽物を仕立てたら、噂に信憑性が増す。正妻を殺した。そして正妻の娘を追い出したってな」
「なるほど?」
でも残念ながら、今の南雲に私を知っている人はいない。簡単に偽物を用意できるだろう。
とはいえ……偽物か本物か、見分ける術はある。
桃花鳥叔母様なら私が『南雲燕』であることを証言できる。
ただ南雲がそれを受け入れるかは別だけどね。桃花鳥叔母様を嘘つき呼ばわりすればいいのだし……でも、そうなったら東郷が介入してくるだろう。
どうやら東郷は私を引き取りたがっていたようだし。母を見捨てておきながら、今さら感は否めないが……
「ま、それにさ……やろうと思えば、あの二人が東郷と西郷を動かすだろうよ」
「後見人にって……?」
「どの家だって寵姫はほしい。それが花姫ならいうことないさ」
「でもそうしたら、今入内してる姫君たちが黙ってないだろ?」
「うちは問題ないな。姉上は別に花姫になることを望んでたわけじゃない。単純に年が近いのと、幼馴染みだってだけだし」
「ふーん……」
暁のお姉さん……たしか名前だけは聞いたことがあるような? 桃花鳥叔母様のところにもたまに手紙が届いていた気がする。
「お姉さんって……たしか、杏様?」
「そう。ちょっとぼんやりして見える二番目の姉上だな」
「そういえば兄姉多かったもんね」
「兄一人、姉二人、それにしたもチビたちが三人。男一人、女二人」
「そっか。賑やかで良いね」
「ちょっとうるさいぐらいだけどな」
そういって暁は肩を竦めた。だけど暁の言葉の中に棘はない。きっと良好な関係を築けているのだろう。ちょっと羨ましいぐらいだ。
いや、別に千夏と仲良くしたいわけではないけどね。
苳也とは……仲良くなれたら良かったんだけど。春裳の前がいるから難しいな。
春裳の前がもう少し穏やかな性格なら、きっとこんなに拗れなかったかもしれない。
はじめから私のことを敵視してたからなぁ。
「……東郷に、引き取られてた方が良かったのかな」
「どうかな。たらればよりはさ、これからを考えた方が良いと思うぜ?」
「そう思うなら諦めさせてくれると嬉しいなあ」
「それができてたらあのとき、止められてる」
あのとき、六年前のあの日――――旭の花姫の印を飲まなければ……
私はどうなっていたのだろう?
帝様の妻として嫁がされていたのか、それとももっと別の道があったのか。
花姫の印とは関係なく、旭に嫁いだ未来もあったのだろうか?
「紫?」
「あ、ううん。なんでもない」
「もう八葉宮につくぜ」
「うん」
帝様の住む八葉宮。その一角に部屋を頂いて住んでいる。侍女は揚羽と三葉が付いてくれているが、他にも口の堅い信用のおける人が数名ついてくれていた。
私が八葉宮に戻ると、いつもは出迎えてくれるのだけど……今日は珍しくない。
ただ彼女たちは普段、別の仕事をしている。
だから今日はそっちの仕事にかかりきりなのかもしれないな。そんな風に考えながら、暁と一緒に部屋に向かう。
暁はいつも部屋まで送ってくれるのだけど、部屋の前で急に足を止めた。
「暁?」
隣にいる暁を見上げると、眉間にしわが寄っている。
暁がこんな表情を浮かべる理由はただ一つ。
部屋の中に誰かがいるからだ。その誰かは……本来ならここにいない人物。
「紫、叶月の君のところに先に行くと良い」
「あーうん……」
私が来た道を引き返そうとすると、バサッと御簾が持ち上げられる。
「暁! どうしてそういうこというんだよ!!」
「不法侵入者がいるからだろ」
「不法侵入じゃないし。そもそも俺だけ会えないのおかしいだろ!?」
「本人に会う気がないなら特別不思議じゃないな」
「つ……ぶっ!」
燕、と呼びそうになった旭の口を暁が手のひらで覆う。バチン! と音がしたから、結構痛かったんじゃないかな?
そんな風に考えていると、旭はジトッとした目で暁を見る。
「俺一応、東宮なんですが?」
「では伺いますが、今は何の時間です?」
「……」
「何の、時間です?」
「勉強の、時間……」
「じゃあなんでここにいるんです?」
「それは、会いたくて……」
旭の視線が私を捉えた。薄い藤色の瞳。その瞳に私が映っている。
きっと……もっと幼い頃ならば、その瞳に自分が映っていることを喜べたのだろう。
今はもう、腹が立つ。自分勝手な旭にただただ腹が立つ。
どのみち口を開いたところで言い合いにしかならないのに。
「――――私は、学ぶべきことがありますので失礼いたします」
「まっ、待って!」
「お断りいたします。私よりも、ご自分の後宮にいらっしゃる姫君にお会いしてはいかがですか?」
「っ……お前は、それでいいのかよ?」
「構いませんよ。彼女たちは、貴方の後宮に入るために育てられてきたんですよ? 一年も放置してるだなんて信じられませんね」
「それは……」
「花は咲きません。欠片も、咲くことはないのです」
私はそれだけいうと、叶月の君が賜っている部屋へと向かった。
放っておけば、暁が旭を連れて帰るだろう。
そして叶月の君の部屋を訪ねると、揚羽と三葉もそこにいた。
「よかった。こっちにいたんだ」
「ええ。他の方々が教えてくださいまして。こちらに避難させて頂きました」
「そっか」
「それで、東宮様はいかように?」
「……いつも通りです。こちらのことは何も考えず、訪ねてきたようですね」
「東宮様ともあろう方が、いささか落ち着きがないですねぇ」
叶月の君は小さくため息を吐く。
揚羽と三葉は私の胸の印を封じている張本人たちなので、旭には会いたくないという。会うことでなにか不都合が生じるのかもしれない。
それを知っているのは、私と揚羽、三葉、そして帝様だけだ。
いや、もしかしたら叶月の君は気がついているかもしれない。揚羽と三葉の正体にもすぐに気がついたし。
知っていて黙っていてくれてるのかな?
それか帝様が口止めしているかのどちらかだろう。
「母が、亡くなって……葬儀の間は二人が私の面倒を見てくれていたんです。そのときから、ちょっと横柄なところがありましたね」
「焦がれる相手からなら、強引な仕草も喜ばれましょうが……相手を知らずして、そのような態度を取れば嫌われるのも道理ですね」
叶月の君の言葉に苦笑いを浮かべる。きっと旭の中では、私は六歳の幼いままなのだろう。だから自分のしたいように私を動かそうとする。
たかが六年、されど六年。
それだけの時間があれば人を変えるのには十分な時間なのに。
「さて、姫君。学ぶための道具は、彼女たちが持ってきております。このまま勉強をはじめましょうか」
「はい」
私は頷くと、叶月の君の前に座る。
旭には悪いが、花は咲かない。
旭は初めから、分の悪い賭けをしているのだから。
現在更新は龍花とモブ姉王女日替わり更新になっています。
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