22.蓮花 2
帝の生活の場である八葉宮。そして後宮には東西南北に宮が存在している。
東に水桜宮、西に銀桂宮、南に蓮花宮、北に瑞香宮。
そして執務を執り行う場所が正殿。
後宮には東郷、西郷、南雲、北雲の花姫――――つまり、上級妃と呼ばれる姫が入内し、その後に各家と縁のある家から中級妃や下級妃が入内してくる。そしてそれぞれ名に入った方角に位置する宮をいただく。
これは特別な花姫を選ばない限り、ずっと続く慣習だそうだ。
全員平等。それが一番争いを産まない。
花姫に選ばれた姫たちは、それぞれが一族の期待を背負って入内する。
男御子をお産み申し上げることが大事と、言い含められているからだが。もちろん四家と関わりのない、高位の家もあるにはある。
だが派閥争いに与しない彼らは、中立の立場を取りあまり娘を入内させることはない。もちろん例外はある。たまたま娘を見初めたり、逆に親が売り込んだり。
特別な花姫を作らなくても、寵姫を作ることはあるのだとか。
そして帝だけでなく、東宮にも同じように後宮がある。
東に桜花宮、西に銀犀宮、南に睡蓮宮、北に沈花宮、そして東宮の生活拠点である芙蓉宮。執務を執り行う小龍殿。これら全てをまとめて東宮御所と呼ばれている。
どの宮に誰を、というのは帝の後宮と同じ。将来的に東宮が帝の位につけば、そのまま後宮の人員もまるごと移動することになるそうだ。
帝様が大移動になるから大変だ、と教えてくれた。そして帝が亡くなるか、退位した場合は帝の妃たちは皇后をのぞいて実家に帰らされる。
そして役人たちが仕事をする場所は水府といわれ、湟国の政の中心部だ。
私が手伝いをしている蔵人所は、帝の秘書的役割を果たしている部署になる。
日々さまざまな奏上や、行政の決まり事、ありとあらゆる決め事を詳細に調べ帝の判断を助ける部署ともいえるだろう。とにかく忙しい。
その他、陰陽寮を中心に術者が働く場所を儀来府。斎宮に権限のある水晶府がある。
神祇官は元々水晶府に席があったが、現在は水晶府が閉じられていることもあり儀来府に纏められてしまっていた。そのせいで神祇官たちの扱いはあまりよくない。
八葉宮で生活するようになって、色々と知らないことを知れた。ここはある意味、平等な場所だから。どこかの家に偏った意見ばかり聞くことがない。
たとえば、各家の立ち位置。一番発言権があるのが東郷、一番ないのが南雲。
理由としては東郷は貿易関係を担っていることもあり、財力や人脈が幅広い。それに東宮を産んだ桜の宮様は皇后の有力候補だ。
今後何か大きな問題を起こさない限り、桜の宮様が皇后に就くことになるだろう。
南雲は農耕を担っている。
先代の南雲宗家当主は、冷害や蝗害、水害といった非常時の対策が上手かった。過去の記録から、事前に策を練り被害を最小限に抑える。豊作の年は、多めに作物を買い取り市場が飽和しないようにしていたらしい。
唯一、先代の南雲宗家当主ができなかったことといえば……後宮に花姫を送り込めなかったことだろう。息子は生まれたが、娘は生まれなかった。
「ま、簡単にいえば……今の当主はぼんくらだということだ」
「ぼんくら……」
「お前さんの父親を悪くいうのは、まあなんだ。ちょっとは悪いと思っているんだぞ?」
「事実、ぼんくらなのでしょう?」
「そうだな。親父殿のしてきたことを維持することすら難しい。なんとかなっているのは、下に就いてる者たちが優秀だからだ」
「でも……それも長くは続かない?」
「そうだな。こういってはなんだが……春裳の前が、口出しをしているようでなぁ。政に口を出せるだけの頭があるなら別だが、彼女はそうではない」
「そしてそれを止められない父に不満がたまっているのですね」
「そういうことだ」
でも中央から遠ざかっているのはそれだけではない。先代の南雲宗家当主が、どうしても花姫を送り出したかったのは……ここ数代、南雲から花姫が出ていないからだ。
もちろん中級妃や下級妃として送り出してはいる。
だが上級妃ほど中級妃以下の妃たちは、相手として選ばれることはない。
「南雲の親父殿にとっては花姫を……上級妃を送り込むことは悲願だったろうな。だからこそ、青羽の君に白羽の矢が立った」
「母に、ですか……?」
「東郷は毎回花姫を送り込んでいる。そして青羽の君は、斎宮を追われた身だ。東郷でもどう扱って良いか、扱いかねていた」
「東郷は母の力を疑っていたのですか?」
「いや、青羽の君の力は疑っていない。彼女の結界を張る力は、東郷でもちゃんと認識されている。ただ……やり過ぎだ、とも思ったようだな」
「やりすぎ、ですか?」
「商売とはそういうものだ」
東郷は貿易関係を担っている。完璧な結界は、妖を遠ざけるが……それと同時に武具の売れ行きが落ちる、ということだろうか?
結界があれば、安全に生活できるのに……それよりも商機が大事だといわれたら、私なら凄く腹が立つだろう。いや、今まさに腹が立っている。
「いいたいことはわかる。僕も腹は立つ。貴族であれば、護衛を雇えるが……平民はそういうわけにはいかんからな」
「母は、仕事の邪魔になると……東郷に戻れなかったのですか?」
「戻っても針のむしろだったかもな」
「南雲でも、母は居場所があるようには思えませんでした。記憶にある限り、父が母の元を訪れたことは数えるほどしかないですし」
「春裳の前の元にいた、という話しだが……僕は懐疑的な立場だな」
私はその言葉に首をかしげた。
果たしてそうだろうか? だって春裳の前は母が亡くなったとき、父と一緒に現れた。そして父が不在の間も、正妻のように振る舞っていたし。
「でも、そうしたら千夏がいる意味がわかりません。彼女と私とは数ヶ月違いです」
「そこなんだよな……だがあのぼんくらにそんな甲斐性があるとも思えんのだよ」
「そうはいいますが、母が亡くなった後に父と春裳の前の間には苳也が……弟が生まれています。つまりは夫婦の営みがあるということでは?」
「そこはまあ疑ってないんだが……」
帝様はなんとも歯切れの悪いいい方をする。
春裳の前は自分たちの邪魔をしたのは私と母だとずっといっていた。思い合っていたのに引き裂かれたのだと。
「元々、母が嫁ぐ前から春裳の前と父の間に結婚の約束があったのでは?」
「うーん……だが、青羽の君を娶れたからこそ、あの男は南雲宗家当主となれたんだぞ?」
「そうなんですか?」
「青羽の君は聡明な子だったからな」
「つまり、父の補助を……?」
「そこまで考えていただろう。でなきゃ、血が繋がっているとはいえあのぼんくらに後を継がせるなんてしないさ。いや、血が繋がってるからこそ……切り捨てられなかったのかも知れないがな」
そういうものなのだろうか。父は、父には……そんな思いは欠片もなさそうだが。
なにせ私の様子を気にするそぶりはない。桃花鳥叔母様の元にいってから一度だって手紙をもらったことはないのだから。
それに南雲の系譜から私の名前が消されていることだって気がついているだろう。
旭が南雲の長女を寄越すように、と言い含めていたらしいし。気がつかない方がおかしい。気がついて尚、千夏を送り込んでいるのだから。
私がいなければ、長女は千夏。だから間違いじゃない。そう思っていそうだ。
「非情になれば、南雲はここまで権力から遠ざからなかったでしょうね」
「そうかもしれんな。そして才のない者に権力を与える愚かさを、もう少し考えてほしかったよ」
「それは、なんというか……」
「まあこれはお前さんのせいじゃない。それに、ぼんくらが落ちれば……四家の均衡も崩れてくれるかもしれんしな」
帝様はニヤリと笑う。きっとそうなってほしいのだろう。
現状の四家はそれなりに力がある。帝の妃には四家からしかほぼ入ってこないように。古い考えだけでは国は回らない。
斎宮の件しかり、帝様はこの国のありように不満があるようだった。




