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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第二章

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21.蓮花 1

 その日―――― 一人の姫君が八葉宮に住むことになった。


 帝が住まう八葉宮は、本来帝と皇后。

 そして帝の子供たちが住む場所とされている。


 後宮には南雲をのぞいた三家の上級妃と南雲家に縁を持つ中級妃、下級妃、他三家に属する中級妃二名と下級妃三名の合計十名。


 それぞれに御子がおり、男御子であれば妃の実家で。女御子であれば後宮のそれぞれの宮で養育が施されていた。


 もちろん希望があれば八葉宮で生活することはできる。できるが、現状はそれを望む御子がいない。それは妃たちが自らの子供は自らで養育する、という希望があるからだ。


 裏を返せば後宮という場所は安全ではないということ。


 男御子であれば、瞳の色で扱いが変わる。そして女御子であれば、後宮で生活させた方が箔がつく。

 それぞれ実家が絡んだ思惑もあり、八葉宮に住んでいるのは帝ただ一人。


 それ故に、帝が自らの宮に姫を招いたという話は一気に後宮内を駆け巡る。

 新しく妃として娶るのか、それともまた別の思惑があるのか。


 それぞれの宮で侍女たちがやきもきしていたのはいうまでもない。

 なにせ当代の帝は入内した姫全員に手を付けているのだから。


 全員を平等に扱う帝に寵妃ができたのか?

 ならばその寵妃が皇后になるのでは……? と。


 現状、皇后に一番近いとされているのは東宮、旭の母。

 後宮の東側にある水桜宮に住んでいる、桜の君だ。本来であれば帝の行動にもの申して良い立場の彼女は、特段動くことなくなぜか静観していた。


 そして後宮の西に位置する銀桂宮。その主たる桂の君も静観を貫いていた。

 桂の君は藤の宮の母。現東宮に何かあれば、藤の宮が東宮位を継ぐ。序列としては後宮で二位の立場となるだろう。


 序列一位と二位の二人がもの申せず静観している。

 そのせいで他の妃たちは帝に真意を確認することができない。侍女ともなればいわずもがな、だ。


 密やかに、一体誰ぞ? どこの家の娘子か? と詮索がなされたが、誰もどこの姫であるのかわからなかった。


 それは八葉宮に仕える侍女たちの口が堅かったのもあるが、帝直々に箝口令が敷かれたのもある。帝の勅命を破ることは、それ即ち後宮からの追放を意味していた。


 しかししばらくの後、帝は内々にある発表をする。

 斎宮の才を持つ姫を養育していると。そしてその姫が斎宮の任を降りた暁には、藤の宮が妻に迎えたいと望んでいることを。


「まさか()()! 藤の宮様が主上にお願いして後見人に立って頂くなんて」

「そうよね。()()藤の宮様が……つまりどちらでも良いのかしら?」

「それよりもだいぶいとけない方という噂よ?」

「つまり……妙齢の女性より、若い子の方が……?」


 きゃらりと話す侍女たちの声。


「でも意外ね。斎宮になりたいだなんて」

「今じゃほとんど名ばかりの役でしょう?」

「名ばかりの役目でも、斎宮になることが重要なんじゃない?」

「あー主上が後見人になるくらいだものね。両親の身分が低いか、すでにいないか……ってところなのかしら?」

「それに宮様の妻になるなら、それなりの教養も求められるもの」

「斎宮教育といいながら、妃教育なのかもね」


 侍女たちは好き放題話しながら、そのまま各々の宮へと戻っていった。

 御簾の影で話を聞かれているとも知らずに。



 ***



「首尾は上々、といった感じかな」

「それはようございました」

「狐は化かすのが上手いというが、良い感じに噂が回れば妃たちもわざわざ手を出してこないだろう」


 パチン、と扇を閉じると帝様は私に視線をよこしている。たぶん。

 私はというと、動きづらい衣装に身を包みまるで団子のように床に丸まっていた。


 だって! なんていう噂が回っているのか!! 

 ただでさえ稚児趣味と噂されてる蘇芳様に、幼女趣味という不名誉まで加わっているのだ。穴があったら入りたい!!


「……()()、そんなに丸まるものではないよ。噂の真偽はさておき、蘇芳の素行が悪かったのだから仕方がない」

「そ、そんなこといわれましても……!」

「姫様、世の中には自業自得という言葉があるのですよ」


 帝様だけでなく、三葉にまでいわれてしまう。いや、そうかもしれないけど! 稚児趣味も幼女趣味も、両方とも噂の出所が「私」という存在であることなのが問題なのだ!!


 そう。私は今、八葉宮で雛菊という名を賜って暮らしている。

 本当なら蘇芳様の屋敷で生活を続ける予定だったが、旭が大反対したのだ。


「俺の花姫なんだから俺の宮で生活させる!」

「ダメだよ。今は僕の花姫でもあるんだから、東宮の宮に住まわせることはできない。そもそも君じゃあ、燕を守れないでしょう?」

「そんなこと!」

「あるよ。君じゃ無理だ。南雲千夏は、計算高い性格だ。君が睡蓮宮に訪れたことを逆手にとって噂だって流している」

「あんなもの……それに、本当なら燕が入内するはずだったのを奪ったんだぞ!」

「家名から燕の名前はとっくに消えてるんだよ? 君はそれに気がつかなかった。ただただのんきに燕が入内すると思っていただけで」


 蘇芳様の言葉に旭は口ごもる。結局のところ、旭は自分の望みが絶対に叶えられると信じていたのだ。そんな簡単にすんだら後宮内で諍いはおきていない。


 いずれ国の頂点に立つ者であれば、権謀術数を駆使しなければならない。たとえ本心と違うことであったとしても、国を護り栄えさせる役目があるのだから。


 でも今の旭にはそれがない。

 幼いが故の、傲慢。


「俺は――――燕が幸せになるのが第一だ。燕が斎宮になりたいなら、そりゃ才能があればの話にはなるけど、そうしてあげるべきだと思う」

「暁! お前まで……!!」

「どのみち今のお前は燕の花を咲かせられない。燕に興味すら持たれてないお前じゃ、燕を危険に晒すだけだ。俺はそれを容認できない」


 暁は努めて冷静に旭にいう。


「俺は……」

「なあ旭。お前は、燕を不幸にしたいのか?」

「そんなわけないだろ!」

「なら、燕の話しに耳を傾けろ。望まない婚姻をして、燕が幸せになれると思うのか? 結婚ってお前だけの話じゃないんだぞ?」

「まあ……僕らの場合、僕ら側だけで話を進められたりもするんだけどね」

「茶々を入れないでください。藤の宮様。俺は貴方の行動も許してませんからね」


 ジロリと暁に睨まれ、蘇芳様は首を竦める。

 その様子を尻目に、帝様は私の手を取った。


「さて、あっちの白熱した議論は放っておいて……燕は斎宮になりたい。それは変わらないかい?」

「はい」

「藤の宮にかけられた結界を見るに、斎宮になるには十分な素養がある。だが、僕がこの国に対して思っていることも理解してほしい」

「……母を、追放した件ですか?」

「帝といってもね、全てが思うとおりにいくわけじゃない。青羽の君を追放したのは悪手だと今も思っている。そして彼女の名誉を回復したいともね」

「母は、きっと……名誉なんてほしいと思っていないと思います」

「そうだろうなあ。彼女はとても無欲な人だったから」


 だからといって、軽んじられていいわけでもない。そう帝様はいう。国を護る結界を張った人が正しい評価をされないのは間違っていると。


 きっとそれだけで母は喜んだに違いない。

 記憶の中の母はいつも優しく微笑んでいたから。


「さて、蘇芳のところで斎宮の勉強をしているといっていたね」

「はい。西郷の家から斎宮候補を出される、という話で……その方が学んでいることを私にもお教え頂いてます」

「なるほど。それならある程度の基礎はできている?」

「どう、でしょうか? 誰かと比べたことがないので……」

「それもそうだな。ふむ。ならば、僕の方でも元斎宮を探して手配しよう。青羽の君を教えた者がまだ存命のはずだ」

「そうなんですね」

「うん。だから彼女をここに招けば、あの馬鹿みたいな言い争いは終わりだな」

「?」


 私の側に立つ暁、自分の側に置きたい旭と蘇芳様。

 それぞれの言い分があり、それぞれ言いたい放題なのだ。馬鹿みたいな言い争い、といいたくなるのもわかる。


 帝様はパンッと手を叩いた。

 それだけで三人の言い争いが止まる。


「お前さんたちが無駄に言い争っても意味がない」

「主上、それはどうかと……」

「そもそもそこに燕の意見はないだろ?」


 三人共がお互いの顔を見合い、そして私に視線を向けた。六つの目が私を見ている居心地の悪さに、自然と眉間にしわが寄る。


「燕、提案なのだが……僕の宮で暮らさないか?」

「え?」

「蘇芳のところで生活するのは、東宮が怒る。東宮のところで生活するのは蘇芳が怒る。ならば間を取って、僕のところで生活すれば問題解決だ」

「え?」

「解決だろ? よし、決まったな」


 あっさりと帝様が決めてしまう。

 一瞬反応が遅れた旭は、すぐに食ってかかった。


「主上! それは、認められません!!」

「お前さんたちが認める必要はない」

「それは、まあそうですね」

「そうだろう?」

「では百歩譲って、紫は諦めてくださいね」

「それは仕方ないな」


 帝様と蘇芳様はお互いにニヤリと笑い、暁は頭を抱えた。そして旭は一人だけわからず、怪訝な表情を浮かべている。


「燕、期限は一年だ。一年のうちに全てを片付けよう」

「……わかりました」

「もしも誰も好かんというのなら、その後のことは僕が責任を持って対処する」


 帝様の言葉に、ホッとしたのはいうまでもない。

 だがこれが騒乱の幕開けだとは、このときの私は知るよしもなかった。






あけましておめでとうございます。

本年も龍花をよろしくお願いします。


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