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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第一章
2/2

2.桜 2

 ――――南雲 燕 


 南雲宗家の長女として生まれた私の名だ。

 その私の名前が南雲家の系譜から消えた。その意味するところは、私という存在は「南雲宗家」から無かった者とされたのだろう。


 個人的な感想を言うならばそれは別に構わない。叔母が庵主を務める尼寺に行くといった日、父は止めなかった。

 叔母のところで暮らして早五年。顔を見に来るどころか、一度も手紙は来ていない。


 母が亡くなってから、父は変わってしまった。いや、母が死ぬ前から変化は起きていたのだろう。

 病床の母を見舞うことなく、死の知らせを聞いて春裳の前と連れ立って現れたのだから。


 春裳の前は母の亡骸を前に父に何かを訴えていた。幼すぎて覚えていないが、それでも死者に手向の言葉をいうような人ではない。彼女にとってみれば、母は目の上のたんこぶ。邪魔な存在でしかないのだから。


 母が亡くなって喜びこそすれ、悲しむことはしない。

 そして父は亡くなった母にも、母の死に泣く私にも何の言葉もかけずに春裳の前を連れてどこかへ行ってしまった。


 葬儀は粛々と家令が準備をし、その準備中に春裳の前が口を挟み何度か衝突している姿を覚えている。

 それはそれは大きな声で言い争っていたのだもの。周りの目など気にせず二言目には「旦那様に言いつけるわよ!」とヒステリックに叫んでいた。


 ただそれでも、南雲宗家――――しかも正妻の葬儀である。その葬儀を簡素なものにするなんて、たとえ父の意向があったとしても実現はしなかっただろう。


 他家に対する面子というものがある。母は東郷家の出身であり斎宮を務めていたのだから。

 それでも寒々しい葬儀だったことは覚えている。


 東郷に始まり、西郷、北雲の当主から悔やみの言葉をかけられても父は一切表情を変えなかった。

 春裳の前はまるで自分が正妻であるかのように取り仕切り、東郷からは反感を買っていたけれど。


『――――…つばめは、ひとりになっちゃった』

『俺が、そばにいてやる』


 不意に、忘れていた声が聞こえた。そのことに無意識に舌打ちをすると、目の前にいた蘇芳様はキョトンとした表情を浮かべる。


「えっと、ごめん。なんか、その……」

「ああ、別に蘇芳様に舌打ちしたわけじゃありません。思い出して腹が立っただけです」

「え、そう?本当に??」

「本当です。それと、南雲宗家から私の名前が消えているのは別に不思議でも何でもないんで」


 結局のところ、春裳の前は私という存在をなかったことにしたいのだろう。

 南雲宗家には私の他にもう一人、春裳の前が産んだ千夏という姫がいる。花姫として後宮に自分の娘を入れるなら、私の存在は邪魔でしかない。


「後妻の娘がいます。彼女がいれば南雲家は新東宮に花姫を送り出せる」

「燕の方が先に生まれたのだろ?」

「ええ。だから私は名が消されたんでしょうね。流石に東郷が支援している尼寺を襲えば、東郷と争いになりますから」

「歳は変わらないの?」

「向こうが少し後に生まれただけです。葬儀の時は顔を出してませんし……他の家だって私の名前なんて知りませんよ」


 ちょうど良く、私は南雲の家にはいない。使用人だって入れ替えてしまえば、私という存在は最初から無かったことになる。

 そのことに父も反対しなかったのだろう。


 父と春裳の前。そして春裳の前が産んだ二人の子供。二の姫である千夏と後継の苳也。

 彼らは一つの家族となれるけど、私は前妻の子供であり父も私に一切興味がない。私だけが異質な存在なのだ。


 つまるところ、落ち着くところに落ち着いたというだけ。刺客とか送ってこないだけ良心的というものだ。


「でも、東郷は?東郷の人間なら知ってるんじゃない?」

「幼馴染はいますが……東郷だってわざわざこんなことに口を出してなんて来ませんよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「大体どの家も自分の家の姫を花姫にしたいんですよ?他家の姫なんか関わってられませんよ。蹴落とすなら別ですけどね」


 そう告げると、蘇芳様はなんだかしょんぼりした表情になる。大きな犬が耳と尾っぽを下げたような仕草に、私は困惑してしまった。

 気にしないでください、と言うべきかそれともこのまま流してしまうべきか。


「あのね、僕たちにとって花姫ってとても大事な存在なんだよ」

「そうですか」

「うん。とても大事なんだ。だから、どんなにたくさんの姫が目の前にいても意味がない」

「咲かない花は、もっと意味がないんですよ。……すごく近づかないとわからないでしょう?」

「そう、だね……」


 蘇芳様は私の胸元に視線を彷徨わせる。その意味に気がつき、小さくため息をついた。

 たとえ東宮になれずとも、この方も龍の血を少なからず引いているのだな、と。


 他の龍が印をつけた花姫でも、側にいると花の匂いがするそうだ。

 蕾のままでもわかるとは知らなかったが。


「蘇芳様、私は……花姫になるとわかっていたら、受け入れていませんでした。だからこそ花は開かない。ただそれだけのことです」

「君はあの子の花姫だ。名乗り出れば……」

「名乗り出て何になります?良くて暗殺の対象になるだけですよ。花は開いていない、ならば今のうちに殺さねば!とね」

「そ、れは……確かになくはないけど」

「ドロドロした愛憎劇が繰り広げられている場所なんでしょう?」

「それも否定しない」


 僕だって危ないからって西郷の家で育てられたしね、と蘇芳様は苦笑いを浮かべる。

 後宮とはただ一人の男の寵を競い合う場所。そして次期帝を授かれば家に富を運ぶ。東宮の候補となる者が多ければ、たくさんの思惑が駆け回ることだろう。


 生憎とそんな場所に好んで行きたいとは思わない。


「ならこのまま黙っていれば良いんです。どうせ居場所もわかってないんですし」

「悲しむと思うよ?」

()()()()()()()()()のでしょう?なら問題ありません。それに南雲家からは花姫が行っているわけですし」


 それが答えだ、といえば蘇芳様は「そう」と小さく呟いた。



『龍はただ一人の妻を求め、花の痣を乙女の胸に刻む。花がひらけばお互いが何処にいても感じ取れる』



 この逸話には続きがあり、花の字を刻んだ娘としか子を成せない。番とはそれほど強い繋がりになる。

 花の開いた番が子を残す前に死んでしまったとしても、新たな番を作ることはできないのだ。


 その話を聞いた時、私はなんてものを私に刻んだのだ!と憤慨した。

 知らなかったとはいえ、私の胸には花の痣が刻まれている。まだ花開くことない、蕾が。そしてこの蕾が花開かなければ、番とは認められない。居場所だって、わからないと教えられて心底ホッとした。


 逸話としては素敵な話かもしれないが、血を脈々と繋いでいる方にしてみるととんでもない話でもある。

 子供は生まれても全員が全員ちゃんと大人になれるとは限らない。


 病になることもあれば、血筋のせいで命を狙われることもあるだろう。それなのにただ一人の妻しか娶らない、となると非常に困る。それ故に花姫は形骸化したのだろう。


 だからこそ、東宮妃や皇后になれたといっても番になったわけではない。

 今代の帝が一通り手をつけて、子宝にたくさん恵まれたのは帝としては正しい対応なのだ。そのせいで多少の諍いが生まれたとしても、子供が多ければ何とかなる。


「燕は、これからどうするの?」

「どう、とは?」

「南雲の家からは消されてしまっただろ?」

「そうですね……私は、母がしていた斎宮になれるならなりたいです」

「斎宮かあ……あそこも今、微妙な感じなところなんだよねぇ」

「母が斎宮を辞めた後、後任が何人も変わってますものね」


 斎宮とは国の守りを担う者。湟国の結界を維持し、魔物が侵入しないように防いでいる……と言われているが、現在は斎宮位が不在だ。

 不在でも国の結界は維持され何とかなっている状態。そうなるとその立場が軽んじられる。いらなかったのでは?と。


「人員削減されてるって聞いてるんだよね」

「新しい東宮が立てば斎宮だって募集がかかるでしょう?」

「ここ数年いなくても問題ないから……わざわざ年頃の娘を斎宮に、なんてさせないでしょ?まあ、一応僕の親戚の子が候補には上がっているけど」

「ならその方と競うことになるんですかね。尼寺にいた実績は買ってもらえるのかな?」


 うーんと悩み出すと、蘇芳様は小さい笑いを浮かべながら次に会う時までに話を聞いてきてくれると言ってくれた。


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