15.間話 3
燕を見つけた。まさかの、殿上童をしていたなんて!!
いや、なにしてくれてんだあの男!! 脳裏に浮かぶ、気障ったらしいあの姿。主上の性格をもっとも引き継いでいて、何をするかわからない。
桃花鳥様が庵主を務める尼寺で元気に暮らしていると思っていた。
多少不自由な場所ではあるが、それでも燕にとっては安全な場所。
東郷が支援する尼寺に南雲は手を出せない。
なにせそんなことをすれば南雲の名は地に落ちる。他の三家と違って、ここ数代は帝を輩出しているわけでもなければ、寵妃がいるわけでもない。
当代は中央の権力と最も遠い男と呼ばれているのだ。
四家の当主はみな、大臣職に就くというのに……! 要職に就いていてすら、そんなことをいわれる。凡庸な、凡庸すぎる男。
先代当主はそれを危惧して、わざわざ東郷に頭を下げて青羽の君を妻にと迎え入れたのだろう。孫娘を東宮の花姫とするために。
先代当主のもくろみはある意味で成功した。成功したが、実際に入内した花姫は側室の子供。花姫になれて、寵愛されればどちらでも良いかもしれないが。
だが東宮である旭が、わざわざ一の姫を、と申し伝えたにもかかわらずそれを無視した。
その意味をあの男は何も考えていないのだろう。
燕の名は側室が消してしまった。だが幸いにもうちにはもう一人娘がいる……!! なんてのんきに捉えていたに違いない。日和見の、クッソみたいな父親だ。
本当に、ろくでもないからとっとと燕を手放してほしかった。
そうすれば東郷で燕を引き取ったのに。そうすれば……きっと燕と一緒に過ごせた。姉上だって、きっと燕を気に入っただろう。
俺は湧き上がる怒りを押さえ、旭の元に戻る。
イライラしてはダメだ。旭に気づかれる。燕が近くにいるなんて、知られてはいけない。
本人に旭の元に嫁ぐ気がないのだから。
でもきっと旭は違う。燕を見つけたら、絶対に自分のものにしようとする。燕の意思なんて、考慮しない。それじゃダメなんだ。
俺は、燕に幸せになって貰いたい。その幸せの先に、自分がいたら良いなって思うけど……
そうじゃなかったとしても幸せに暮らしてほしいんだ。
東宮御所に戻り、御簾の前で深呼吸する。
落ち着け、俺。
このあと燕から事情も聞ける。だから今は、旭を欺くことだけに集中するんだ。
燕は、いない。ここにはいない。そう何度も繰り返す。
「――――戻りました」
声をかけて中に入る。中ではいつも通り、仏頂面した旭がいた。
ここのところずっとそうだ。南雲千夏の侍女たちが、千夏の元に旭が来たと噂を広げているから。
その後は誰の元にも訪れていない。
そもそも訪れたといっても、ほんの数分。南雲千夏だとわかってすぐに宮から去ったのに。自己顕示欲の塊のような女だから仕方ないのかもしれないが。
だがたかが噂、されど噂。
西郷と北雲からはいつくるのか? と定期的に文が来ている。もちろん両家とも、侍女たちの噂話を信じているわけではない。
行ったのは事実。だがそれだけ。
それ以降の渡りがないのが、それを裏付けている。そう感じているのだろう。
東郷は……俺の方に直接文が来ていた。
もちろん正直に事実のみを伝えたが。
「……遅かったな」
「まあな」
「俺はずーっとここに引きこもらされてるのに……」
「仕方ないだろ。東宮なんだから。大人しく仕事する」
「俺も外歩きたい」
「やめとけ。出仕してる大半の者が、お前の顔知ってるんだぞ? すぐに連れ戻されるのが落ちだ」
「東宮なんてなりたくてなってるわけじゃないのに。藤の宮がやればいいのに」
「あのクッソ忙しい蔵人所にそれいってみろよ。恨まれるだけじゃすまないぞ」
もしくは代わりに旭が蔵人所に入れられるかのどちらかだ。アレであの男、仕事できるしな。抜けられると困るのは……周知の事実。
他の親王様方も、臣籍降下して忙しく働いている。
どのみち皇族として生まれて、のほほんと暮らしていけるわけがないのだ。
「恨まれるだけならまあ……」
「恨まれたあげく、代わりに蔵人所に入れられるだけだな」
「それはヤダ」
「頭中将をやるのも、東宮をやるのも今はそんなかわんないよ」
とはいえ、東宮の方が責任は重いが。不用意な一言が、諍いを産むことだってある。
帝になればもっとだ。だから、だから……一番想う相手と一緒になってほしいと、思う。
相手が燕でなければ、全面的に協力したんだけどな。燕の心の内を知っているからこそ、協力ができない。燕は望んでいないから。
理由はきっと、「約束が守られなかったから」だけじゃないだろう。
そもそも燕が殿上童なんてしてる意味がわからん。
女の子なんだぞ! 似合ってたけど!!
うっかり思いだして怒りがこみ上げてくる。
「暁、眉間にしわ寄ってる」
「そうだな」
「もう少し機嫌よさげにしておけよ。お前だって婿に来てほしいって相手いくらでもいるだろ?」
「――――お前にいわれたくない」
「俺は燕がいる」
「花が咲かない花姫は、妻にはならない」
「そ、んなの……会ってみないとわからないだろ?」
「会う予定もないのにか?」
「……仕事がなければ、俺だって会いに行ってる」
唇をとがらせ、子供のような仕草をしてみせる。
仕事は確かに忙しい。だがそれだけじゃないことも知っている。
「会いに行って、それでも拒絶されたらどうするんだよ」
「そんなわけないだろ。俺の花姫だぞ!」
「お前は甘いんだよ。ゲロ甘だ。どうせ感動的な再会をすれば、花でも開くと思ってるんだろ? 世の中そんな甘くない」
「お前……俺への当たりが強すぎないか!?」
「俺は事実をいっている。燕だって幼子じゃない。自分の立場を考えれば、絶対に頷かないぞ」
「――――それは、南雲が問題なだけだろ?」
「お前が燕を花姫に望めば、南雲は絶対に口を挟んでくる。そして花開く前であれば、うちをのぞいた三家を筆頭に命を狙われるかもな」
起こりうる最悪の未来だ。
最善は燕を東郷に迎え入れ、姉上と花姫を交替する。旭が燕を花姫にした事実を伏せておけば、これは成功するだろう。
そして正式に妻とした後に、花姫にしたと公表すればもう手出しはできない。
東郷は二代続けて帝を輩出した家として、中央への発言力も増す。
頭の中ではそれが一番良い未来だ。そう考えられるのに、俺はどうしたって上手く動けない。旭の幸せと、燕の幸せが違うから。
同じであれば、俺は自分の気持ちを殺してでも祝福できた。いくらだって協力もした。
でも違う。少なくとも燕は、花姫になることを望んでいない。
「なあ、旭。俺はお前が燕に無理強いした時点で見限るからな」
「……そんなことは、しない」
「どうだかな。それよりも、手止まってるぞ」
俺の指摘に旭はわざとらしくため息を吐く。そしてブツブツと文句をいいながら仕事を再開した。
蔵人所ほどではないが、東宮が判断しなければいけない仕事は多い。
就業時間まで集中してくれればいうことなしだ。
俺は決済が早い順に仕事を並べ替える。
そして必要ならば資料をそろえ、旭の前に用意しておく。側仕えといっても雑用が多い。
あとは決済しなければならない事柄に対して、意見が必要であれば責任者を呼んだりもするが。
つつがなく仕事が終わり、交替の時間になった。
側仕えは交代制。俺以外の側仕えはみんな年上で、仕事が終わると勉強の時間になる。
「それでは、暁殿。申し送りはありますか?」
交替に来た相手に、申し送りをし俺は東宮御所を下がった。
次は燕だ。
蔵人所にいるといっていたが……俺が近づくことで、旭が興味を持っても困る。
仕事の終わりもわからないし、待ち合わせ場所を決めておくべきだった。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から見知った方がこちらに近づいてきた。
俺はすぐに端に避けて、頭を下げる。
「やあ、暁。仕事には慣れたか?」
「なんとかご迷惑にならぬよう励んでおります」
「そうか。それはよかった。あの子は思い込んだら一直線だからね。冷静なお前さんが側にいてくれて助かるよ」
「もったいないお言葉にございます」
「それはそうと、一つ頼まれてくれるか?」
「なんなりと」
顔を上げるようにいわれ、主上の尊顔を見上げた。
旭とも、藤の宮とも違う、ほんの少しだけ赤みがかった淡紫の瞳。その瞳が悪戯っぽく笑うのがわかった。
「これを蔵人所にいる殿上童に届けておくれ。藤の宮の縁者でね。とても可愛い子なんだ」
「藤の宮様の……?」
「そう。紫という。頼めるかい? 返事は藤の宮に渡すようにいっておいておくれ」
「承知いたしました」
そういってもう一度頭を下げる。主上は嫋やかな香りを残して、どこかへ行ってしまった。手の中には、小さく結ばれた文。
「――――あいつ、なにしたんだ?」
俺の問いに答えてくれる相手は誰もいなかった。




