14.蓮 4
私が、蘇芳様に連れられて挨拶に来たときはとても驚いたといわれた。
「僕の可愛い娘が、もしや息子に産まれていたのか!? とね」
「そんなに、違和感ないでしょうか?」
「あのときのお前さんは、線も細くて今にも消えてしまいそうだったからね」
「あのときよりはちゃんとご飯食べてますし……」
「そうだな。たくさん食べるのは良いことだ」
ポンポンと頭を撫でられ、くすぐったいような嬉しいよな不思議な気持ちになる。
父から愛情を得られたことはない。あの人は、母にも私にも対して興味を示さなかったから。
「僕は、お前さんが元気にしてくれていればそれで良い。ここでも、ここに印はあるのだろ?」
「……はい。でも、私は花姫にはなりません」
「どうしても?」
「はい。私は……母と同じ斎宮になりたいのです」
「斎宮か、青羽の君は歴代の斎宮の中でも群を抜いて才能があった。だからこそ、形骸化してしまったともいえる」
「どうしてですか?」
「優秀すぎて、結界を張り直す必要がなくなってしまったんだよ」
「確か……斎宮は代替わりする度に結界を張り直す決まりがありましたよね?」
「そうだ。だが、あまりにも立派な結界なもんだから後任が尻込みしてね。今のまま維持し続けた方が良いのでは? と」
「それは……」
「うん。そのうちガタが来る。現に今、徐々に結界に綻びができてるからね」
その言葉に私は驚いた。だって結界が綻びているということは妖の侵入を許すということ。
「……だから、猩猩が現れた?」
「そうだな」
「そうだなって……!」
「結界を張り直すだけの力を持った斎宮は、今のところいない。お前さんの力がどの程度かは計ってみないとなんともだ」
「他の斎宮候補は計っているんですか?」
「ああ。その中で一番才があったのは西郷の娘だ。だがそれでも足りない」
「もし、もしも……私にその才があれば、私は斎宮になれますか?」
「そうだな……」
「私、頑張ります。藤の宮様にお願いして、斎宮についてもっと学びます」
帝様は静かに頷いた。そしてこれ以上引き留めると頭弁様に怒られるからと、私に蔵人所に戻るように告げる。
「その、また……会えますか?」
「会えるよ。お前さんは僕の可愛い娘だからね」
後ろ髪引かれる思いで別れ、私は蔵人所に戻った。
蔵人所には珍しく蘇芳様が戻っていて、私を見て「おかえり」という。蘇芳様は帝様からなにか聞いているのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。
でも、蘇芳様が私のことを考えているのは確かなのだ。
「ただいま、戻りました」
「おつかれ。そろそろお昼にしなさい」
「はい。藤の宮様も召し上がられますか?」
「お願いして良いかな。今日はこっちで食べられそうだからね」
「はい!」
蘇芳様が蔵人所にいるみんなに声をかけ、休むように促す。頭弁様は両腕を上に伸ばしていたが、肩からバキ、パキと変な音が聞こえた。
ギョッとして見ていると、体が固まると出るといわれる。
「それは……運動不足もあるのでは?」
「まあずっと座ってるからね。多少体を動かしたいと思っても、仕事が詰まってるからなあ」
「いっそのこと、年間行事をある程度絞っては? それってダメなんですか? 無限に行事を増やす意味はあるのでしょうか??」
「あー……確かにね。これでも新規の行事は却下してるんだ。何かにつけて行事を増やそうとするから」
「昔からの物も似た行事は統合してしまうとか……」
「統合……統合かあ……」
統合するにも、それなりのお話し合い。と、いうのが必要。それでも無闇矢鱈に増やす方が税金の無駄だ。
ある程度強権的にできたりしないのだろうか? 人を増やすにも限度があるし。
そもそもこの部署は人が居着かない。だから増やすのもままならないけど。
「絶対にしなければ行けない、建国から続くような行事はそのままに。それ以外のここ十数年で増えた物を整理していけば……とか、無理ですかね?」
「もしくは各部署の行事は幾つまで。といって決めちゃうとかね」
蘇芳様が握り飯を頬張りながら提案する。
「必要な行事は、確かに把握してるからな。これ以外で各部署これだけ。似た行事は統合するように、と草案を出させれば……多少は楽になるかな?」
「そうなってほしいけど、山を抜けるまでは今より忙しくなりそうだね」
「嫌がらせじみたことしてくる部署もあるでしょうねぇ」
苦情とか苦情とか苦情とか……それで手が止まるのは、とみんながため息を吐く。
私が思いつきでいったことをみんなが真摯に話し合ってくれている。逆に仕事を増やす結果になったのであれば、申し訳ないことをしてしまった。
「ひとまず、主上に相談かな」
「そうですね。藤の宮様お願いします。こう、大臣たちも巻き込んで主上に頷いてもらえるように頑張ってください」
「いやいや、頭弁様も手伝ってくださいね」
二人は顔を見合わせ、どちらが帝様に話を持って行くかで舌戦が始まる。
やっぱり余計なことをいわなければよかった。オロオロとみていると、初馬様がポンポンと私の肩を叩いてくる。
「大丈夫。いつものことだから」
「えっと……本当に?」
「平気平気。そのうち二人で草案を作り出すから」
「はあ」
初馬様にいわれ、大人しく見守っていると本当に二人で草案を作り始めた。
そして周りの人たちも昼食を食べながら、あれやこれやと口を挟みだす。
「仕事が円滑に進む。それが一番大事だからね。今まで考えないようにしてたけど、人が居着かない原因を根本から直さないと」
「そ、うですね」
「そう。じゃないと将来、紫がこの部署に来たとき大変だしね」
「ははははは……」
私が蔵人所に来ることが、蔵人所のみんなの中では決まってるらしい。
残念ながら難しいのだけど。でもちょっとだけ、ほんの少しだけ……斎宮になれなかったら、ここで働くのも良いなと思ってしまった。
男だったら……一も二もなく、お願いするのだけど。
みんなの白熱する議論を横に、私は昼食を終えると部屋の中を整えていく。
午後も色々な部署への届け物があるからだ。
そしてみんなのお茶を入れ直し、私はまた届け物をしに他の部署に向かった。
届け物をするついでに、蔵人所への荷物を預かる。大体の人は、私が蘇芳様の縁者と知っているので何かされることはない。
時たま嫌みをいう人や、蘇芳様のご機嫌伺い的なことをする人、あとは――――文を託してくる人もいる。
私を愛人と勘違いして、自分も相手をしてもらえるのでは? と考える人もいるようだ。
返事までは面倒を見ないと伝えつつ、たまに女官からも手紙を預かるので他部署の人がいっていたように蘇芳様は人気が高いのだろう。
「さて、ここで最後……」
神祇官のある建物の前に立つ。他の部署と違って静かな場所だ。
人も、あまりいない。外から声をかけると、少し間を置いてから中から返事が聞こえた。
「失礼します。蔵人所です」
「ああ、ありがとうね」
「いえ。こちらは問題ないとのことなので、よろしくお願いいたしますと頭弁様が」
「それはよかった」
壮年の男性はとても腰が低く、殿上童である私にも丁寧に頭を下げてくる。
私もそれに習って深く頭を下げた。
「……あの、気になっていたのですが……」
「はい。なんでしょう?」
「ここは、お一人で運営されているのですか?」
「いえいえまさか! あと三人居ります。ですが、ここは……今暇でしょう?」
「お暇なようには見えませんが……」
彼の手元には書類が積まれている。暇ではない。絶対に。あと三人いるのであれば、みんなでやれば書類は積まれることなく片付くはずだ。
「一人で十分、そう考える人が多いのです。二十年ほど前から徐々に、という感じなんで今さらですかね」
「二十年ほど前から……? どうして……」
「神祇官は、斎宮様の対応を任されています。しかし現在は斎宮様のお仕事が形骸化してしまっている」
「それは……」
「問題があることは君にも理解できるでしょう?」
「はい。斎宮様は帝様と共にこの湟国を守る要のはずです。私はそう習いました」
「私もです。ですが……二十年ほど前に斎宮職に就かれた姫君がたいそう力の強いお方だったそうでね。今もそのお方の結界がこの国を守っているんです」
母の結界が、今も守っている。それ自体は嬉しい。だが――――
この国は今、危機に瀕しているのだ。




