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龍は花姫の愛を乞う  作者: 諏訪ぺこ
第一章

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12/28

12.蓮 2

 宮中はとてつもなく広い。

 広くてとてもじゃないが覚えきれない。


 宮中の重要な役職や、部署、その他作法を突貫で叩き込まれる。

 そして私は性別を男と偽り出仕することになった。


「大臣たちはアクの強い顔してるからみんな覚えやすいよ。まずはうちの部署にいる人たちの顔を覚えてもらう必要があるけど」


 まずは帝に挨拶だね~と、私を帝の元へ連れて行く。蘇芳様は帝の子供。つまり蘇芳様が縁者を宮中で働かせるなら挨拶に行くのは当たり前なのだ。


 だけど、でも……()で見た、人。

 私を哀れみ、父のように接してくれた人。

 家族の愛情を、見返りなく教えてくれた人。


 そして私を見取ってくれた――――人。


 心臓が早鐘のように鳴る。

 あの先は、もう訪れない。私は南雲家から名が消えたから。


 この方の元へ嫁ぐことは最早起こりえぬ未来。


「帝に、ご挨拶を申し上げます」


 蘇芳様の後ろで、蘇芳様に習い額付く。

 御簾の向こうから、覚えのある声が聞こえた。私は蘇芳様にいわれたとおりの挨拶をのべる。


「藤の宮様のお声がけで、本日から宮中に上がることになりました。(ゆかり)です。よろしくお願いいたします」

「うん、よく励みなさい。それと藤の宮、いくら可愛くても仕事は真面目にね」

「イヤですねぇ。僕はいつだって真面目に仕事をしていますよ?」

「そうだといいのだけどね。銀桂妃(ぎんけいひ)が心配しているからね」

「母上は心配性なだけです」

「そういうことにしておくよ」


 二人のやり取りを聞いていると、ずいぶんと気安い関係なのだなと感じた。

 もう少し距離があるのかと思っていたからだ。でもそうか、私に対しても愛情深く接してくれたものな。


「さ、紫。行こうか」

「承知しました」


 挨拶もそこそこに、私は蘇芳様が務めている蔵人所(くろうどどころ)へ一緒に向かう。

 そこはなんというか、回れ右して帰りたいくらいに忙しそうだった。


「いいかい、紫。この蔵人所というのは主上――――つまり帝様の秘書を務める場所なんだ」

「秘書、ですか?」

「そう。宮中の事務や、機密文書の管理。そして行事の運営が主な仕事だね」

「なるほど」

「うん。だからね……すごく、すっっごく忙しい」

「い、忙しい……」

「一応、蔵人所は二人の偉い人がいて、その一人が頭中将……藤の宮様。もう一人が頭弁(とうのべん)と呼ばれてる、北雲出身の北雲 藍然様だよ」


 私にそう教えてくれたのは、六位蔵人の一人。初馬 胤次様だ。

 人好きのする笑みを浮かべつつも、その目の下には薄く隈がある。


「おや、初馬。その子は?」

「ああ、頭弁様。このお子は、藤の宮様の縁者で本日から殿上童をしに宮中に上がったのです」

「藤の宮様の、縁者……?」


 頭弁、北雲藍然様は眉間にしわを寄せた。ハッキリいって怖い。目の下の隈が初馬様より濃いのもあるが、目を細めジッと見られているとソワソワしてしまう。


 何か問題があるのだろうか? それとも女だとバレたのか。

 宮中で女性が働くには教養が必要だ。それに働く場所も限られてくる。そもそも殿上童なんてできるはずもない。


 やはりこの作戦は無理があったのでは……? 斎宮の資格なし、とはねられたりしないだろうか? いや、虚偽の申告で捕らえられる可能性も??


「あ、の……?」

「そうか……藤の宮様の、縁者。いや、それはどうでもいい。この部署はもの凄く忙しい」

「は、はい」

「だから猫の手も借りたい」

「え、あ、あの……?」

「ちなみに心身共に健康と思っても?」

「それは、はい。ここ数年は山の中腹にある叔母の家で過ごしてましたので」

「それは重畳!! 健康なのは良いことだ!!」


 頭弁様はバシバシと初馬様の背中を叩いている。

 な、なんだろう? 健康なことと、仕事が何か関わりがあるのだろうか?


 残念ながら、蘇芳様は私を蔵人所に連れてきたあと帝の元へ戻っていった。

 あちらでやる仕事があるのだとか。だから私の疑問に答えてくれる人はいない。


「さあ、紫といったな。君の仕事は、各部署にこの草案を突き返してくることだ。最初に藤の宮様の縁者であることを伝えると円滑にすむ」

「は、はあ……」

「とはいえ、最初は宮中も広いからな。迷うだろう。初馬と一緒に案内して貰いながら行ってくると良い」

「わかりました」

「そして草案を突っ返されて、文句を言ってくる輩には「使えん草案を寄越すな。予算削るぞ」とでもいっておいてくれ」


 それは本当にいって大丈夫な発言なのか!? 思わず初馬様の顔を見上げると、初馬様は苦笑いを浮かべている。


 絶対ダメなヤツでは!?


 私は初馬様に背中を押され、頭弁様に見送られながら蔵人所をあとにした。


 ***


 やることが……やることが多すぎる!!


 出仕し始めてから十日ほど。その間に休みは一日あったけど、知識不足から一日中勉強をしていた。


 猩猩がどうのとかいってる暇なんてない。

 朝早く出仕し、職場を整え、私よりも遅くまで仕事をしていた蔵人所の方々が片付けた案件を各部署に配りに行く。


 毎日のように宮中を走り回っている。


 必要な書類をかき集め、行事を取り仕切る部署には草案を返す。もちろん問題なければ、そのまま通るのだけど……やたらと派手な行事にしたがる部署は往々にしてあるのだ。


 税金は、民から集めたもの。

 意味なく消費して良いわけではない。


「クッソ……あのボンボンの集まりめぇ!! いい加減まともな案を出しやがれ!!」


 頭弁様がガシガシと頭を掻きながら、草案に赤をいれていく。

 きっと今日も夜中まで頑張るのだろう。四家の一つ、北雲の分家頭の出身だそうだが非常に能力が高くそれを買われて頭弁をしているそうだ。


 それが幸せかと問われると、私には判断しづらい。

 午前様まで仕事をして、目の下には濃い隈。そのうち体を壊すのではないかと、ハラハラしてしまう。


 私は書類の整理が終わると、蔵人所で働く人たちにお茶と茶菓子を配って回った。

 定期的に配って回らないと皆仕事に集中するあまり、食事そのものが疎かになるからだ。


「悪いな……紫」

「いえ。このぐらいしかできませんし」

「いや、だいぶ助かってる。猫の手ぐらいになれば……なんて最初にいったが、猫の手よりも全っ然役に立ってる」

「それは、その……なによりです」


 頭弁様は茶菓子を一口で食べるとお茶で流し込む。私はカラになった湯飲みにもう一度、お茶を注いだ。


「はあ……本当に、藤の宮様の縁者と聞いて身構えたが……本当に……」

「えっとそれはその……」

「あの方も優秀な方だ。主上のお側で、色々とお支えしている。あそこもとても忙しいからな」

「そうですね」

「だが、ほら……藤の宮様は色々噂がおありだろ?」

「……そうですね」


 その噂は私も聞いている。なんせ直接私に確認しにきた人たちもいた。

 曰く「藤の宮様は、稚児趣味がおありで?」と……


 私はそれを全否定して、「蘇芳様はお仕事に邁進されていてそんなお暇はありません」と伝えるに留めた。


 どんな人が好みなのか? なんて聞かれても答えられないしね。

 どんな噂があろうとも親王という立場である以上、みんな虎視眈々と狙っているのだな。宮家の妻の座を。


「ま、とりあえず……紫は本当に頑張っている。本格的に出仕することがあったら、ぜひとも蔵人見習いとしてうちにきてくれ。推薦する」

「ははははは……ありがとうございます」


 女だと全く思われてない。微塵も、だ。

 それはそれで助かるが、本格的に出仕する日はこないだろう。仕事としては、まあ忙しくもやりがいはあるけれどね。


「じゃ、またこれ頼む」

「承知いたしました」


 私は頭弁様から書類を預かり、担当部署へと向かう。

 これが終わったらお昼休憩だ。またみんなにお茶を入れた方が良いだろう。


 そんなことを考えながら、歩いていると急に腕を引かれる。


「え?」

「お前……燕、か?」


 そこには驚愕の表情を浮かべる幼馴染みがいた。

ちょっと時間が過ぎたので、今日は三本upです…

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