10.間話 2
「暁、燕はどこにいる?」
薄紫の瞳が俺を見た。その目には苛立ちと、焦りが浮かんでいる。
側仕えとして、旭に仕えるようになって一年ちょっと。
本当は武官になりたかったが、命を狙われることの多い旭を守ってやりたいと思ったのも事実。だが、どうしたってこの件に関しては味方してやれない。
旭の自室に呼び出された俺は、小さくため息を吐く。
「どこ、といってもなあ……燕に直接手紙が届くように呪符を使ってるから」
「燕から返事だって来るだろ!」
「そりゃ来るよ? お前だって書けばよかったんだよ。忙しいって言い分けしないで」
「それは、そうだけど……お前がいったんだろ? 勝手に花姫にしてって……」
「そりゃいうさ。花姫が龍にとってどんな意味を持つか、忘れたわけじゃないだろ?」
旭は、俺の従兄弟殿は苦虫をかみつぶしたような表情をした。
手紙ぐらい、俺に頼めば一緒に送ってやったのに。それなのに、コイツはそうしなかった。花姫がすでにいると知られれば、燕に危険が及ぶかもしれないといって。
確かにそうかもしれない。
それに南雲の家はあの側室が取り仕切っていて、どう足掻いても燕にとって良い環境とはいえなかった。
そのくせ手放そうとしない、あのクソ親父め……!
内心で悪態をつくと、俺は旭にチラリと視線を向けてわざとらしくため息を吐く。
調べりゃわかるんだよ。調べりゃ。今、燕が何処にいるかも、家でどんな扱いを受けていたかも。全部わかる。現に俺は、全部知っているのだから。
花姫と龍の結びつきだけに頼るからこんなことになっているのだ。
過信は慢心の元、とはよくいったものだ。
「……花姫は、花が咲かなきゃ花姫たり得ない」
「それは知ってる」
「つまり、今お前が燕の居場所がわからないのであれば……花は咲いていない」
「そ、れは……」
「ふつーに考えてみろよ。迎えに来るとか調子の良いとこといった相手が、全くの音信不通なんだぞ?」
「お、音信不通にしたかったわけでは……」
「燕にはお前の状況がわからないんだから一緒だろ?」
俺にだって旭が忙しい理由はわかる。次代の帝として、厳しい教育を受けなければならない。淡紫の瞳を持って生まれたがために。
この国は淡い紫の瞳を最上とし、国を治める者としている。
旭が生まれる前、次代の立場にいたのは西郷の花姫が産んだ藤の宮様。
そうなると四家の中で発言権が上がるのが、西郷。だが旭が生まれたことによって、そのバランスが東郷に寄った。現在の後宮は東郷と西郷とで派閥ができている状態なのだ。
そしてその中だと北雲、南雲は後れを取っているともいえる。
いや、南雲だけが後れを取っている、か……
当代の帝様は北雲の花姫がお産みになった方。現状で一番発言権があるのは、北雲といえるだろう。とはいえ、当代の帝様はあまり四家の発言権が強くなるのをよしとしていない。
一部の家に権力が偏るのは争いの元だからだ。
そうはいっても、後宮に入った妃たちに分け隔てなく手を出すのは違う気がする。
子だくさんといえば聞こえは良いが、その実、後宮内では派閥や自らの家門を強化すべく常にギスギスとした空気が漂っていた。
本来はそこを正室がまとめ上げるのだろうが、今だ正室が決まっていない。
三妃の中で一番近いのは、旭を産んだ東郷の花姫だろうけど。
南雲がここにはいらないのは、南雲出身の妃が儚くなったから。
ちょうど良い年齢の姫がおらず、花姫として入内するには実家の力が弱かった。少し前なら、宗家で引き取って花姫として送り出すこもとできたのだが……
現在は法で禁止されている。
ちなみにその法を作ったのは、先代の帝様だ。もっとも、先代の帝様に働きかけたのは当代の帝様だが。本来の花姫とは変わってしまったのだから、家のために無理やり嫁がされることのないように、と。
四家の姫を花姫と位置付け、それ以外の姫は花姫を名乗ることはない。
だからこそ花姫行列なんて仰々しいものが生まれたのだが。
アレは四家の力を示すことにならないだろうか? 個人的にはそう思うのだが、アレもまた承認欲求を満たすためにさせているとか……
「花姫なんて制度、なくなっちまえばいいのに……」
「本来の花姫の制度とはまるで違うからな」
「だから! 俺は燕に……!!」
「でも本人に説明もせず、勝手に花姫にするのは違う」
「そう、だけど……でも花姫にすれば、南雲は燕を丁重に扱うかもって思ったんだよ」
「無理だな。花が咲いてるならまだしも、花の咲いてない花姫は殺した方が楽だし」
「楽とかいうな!」
「でも事実だろ? だからこそ、花姫の命は狙われる。それを分散するために西郷、東郷、北雲、南雲の宗家から姫を娶るんだし」
開国からある四家は、国の重鎮。どの家も湟国を盛り立てるために頑張っている。
あの南雲の当主ですら、家庭内に問題はあっても領地はあるていどまともに納めているのだ。
とはいえ、四家の中で一番低い立場というのはそうだが。
他の三家と違って、やはり一歩及ばない。先代の当主はかなりのやり手だったが。先代が生きていたなら、燕の人生はもっと変わったものになっていただろう。
きちんとした教育を受けさせられ、教養や品格をそなえた姫になったはずだ。
……桃花鳥様のところだと、難しいと思うんだよな。教育面は問題ないだろうけど、山の中腹にある尼寺で燕が大人しくしているわけがない。
元々燕は庭を元気よく走り回っていたし。
「燕は……俺の妻になることを望んでいないのだろうか?」
「花が咲かないならそうだろうな」
「暁、そこは実際に会えば気持ちが変わるとか! 慰めるもんだろ!!」
「無駄な期待はさせない主義でね」
「さいてー最低だよ暁……」
「俺はお前を甘やかさないって決めてんの」
仲の良い従兄弟同士であろうと、龍が決めた花姫という存在は本人も花姫も危険にさらす。
たった一人だけを愛する龍は、花姫を決めればその花姫としか子がなせない。そして子をなさずに花姫が儚くなれば、あとを追うように龍も――――
それでは一族は成り立たない。
湟国を守護する一族がいなくなれば、この国は妖に狙われてしまう。現にこの国の外では妖が人を狩っている。
奴らは狡猾で、人の言葉を操り人を唆す。
暗闇の中、舌なめずりをしながら人がその結界の中から出てくるのを待っているのだ。
「……燕に会いたい。俺の花姫に」
「花姫なら、後宮にいるだろ。会いに行ってやれよ。姉上は馬鹿笑いしてたけど、他の家はピリピリしてんぞ」
「行けるわけないだろ。アレは俺の花姫じゃない」
「お前の花姫になるために入内してるんだわ」
初日に睡蓮宮――――南雲の花姫が入内した宮に行って以降、旭はどの宮も尋ねていない。南雲家からすれば、自分たちの花姫の元に真っ先に訪れたと喜び勇んでいるだろうが。
だがその理由が南雲千夏ではなく、南雲燕に会うためだと知れば……あの側室はどう出るだろうか? さすがに東郷が支援する尼寺に刺客を送ることはないと思いたい。
馬鹿な父親は、自分が金の卵を産むニワトリを手放したと後悔するかもしれないが。
そう考えると、南雲家の内部がゴタつくだけにも思える。
そんなことを考えていると、旭は行儀悪く大の字に寝転ぶ。
「俺は……ただ、燕と一緒にいられればそれで良いのに」
「俺だって燕が安全で幸せに暮らしてくれればそれで良いよ」
「だったら協力ぐらいしてくれても良いだろ?」
「俺ですら調べられることをお前が調べられないわけないだろ?」
「……立場ってもんがあるし。いいのか俺が調べろって、周りに依頼して花姫がすでにいるって周知されても」
「動かす相手を間違えなきゃ良いんじゃないか? ただし、燕に何かあったらお前を許さないからな」
人見知り発揮して、俺以外の側仕えにいい顔してるからそうなるんだ。
それを考えると、当代の帝様はその辺が上手い。
あの方なら、もしかしたら……燕の印を消せるのではなかろうか?
合意の上で付けられた印ではないのだ。それさえできれば、燕はきっと安全に暮らしていける。そう思わずにはいられなかった。




