廃屋にて・・・夏のホラー2024
今年は梅雨入りしてからすでにもう暑い。
雨で日課の散歩もままならない。
今年の春から一人息子が大学に入学し、自炊生活を始めたのを契機に、
スーパーでのパート勤めをはじめた公子だったが、夫婦二人での生活には張り合いもなく、
時間をもてあます毎日だった。
「ウォーキングでもはじめてみたら?」
「月に一度、一緒に散歩して体力づくりでもやりますか。」
同じように時間をもてあまし、空きの巣症候群になっているママ友たちと話がまとまり、
その日も、待ち合わせて3人でウォーキングする約束だった。
場所は、旧水道施設跡のある岡島町の小高い丘の上の公園にきまった。
「岡島町に、そんな場所があるなんて知らなかったな」
ママ友の康代は、いろんな穴場のウォーキングコースを走破していて、得意そうに教えてくれたのだ。
「うちの子が通っていた私立高校に幼稚園があってね、
数年前に人数不足で廃園になっちゃったんだけど、その隣に旧水道施設跡の公園があって、涼しいトンネルもあるから、行ってみようか。」
「いいね、ちょうど運動不足だったから行こう行こう!」
ママ友の礼奈も大いに乗り気になり、公園の駐車場で落ち合おうということになった。
朝10時、
「おはよう!」
「久しぶり!」
「朝から暑いよね」
「ほんと、しっかり水分補給して歩こうぜ!」
「オッケー!」
公園から旧水道施設跡は緩やかな斜面を登っていき、そこには戦前建てられた水道施設の
高さ2メートルほどのコンクリートのパイプが残っており、そのトンネルを見学できるようになっていた。
3人は、暑さをしのごうと、さっそくトンネル内部に入っていった。
「あ、少しましになったね」
「そうね、思ったほどひんやりしてないね。」
「風はあるけど、しめっぽいっていうか。」
暑いところを小高い丘の斜面をのぼったせいで、汗がわきでてくる。
それが、うす暗いトンネルでいっきにふきでてくるが、じめっとした空気で不快指数はMAXになってくる。
トンネルの中には、水道管の工事の様子が白黒写真で展示されていて、
古くなった蛍光灯がついたり消えたり、なんとなく気味の悪いふんいきを醸しだしている。
(こ、こわい)
3人は思わず顔をみあわせ、出口にいそいだ。
外は、かわらず青空と蒸し暑さの世界がひろがっていたが、それでもホッと安堵して笑顔がこぼれる。
「ふー、やっぱり出るとあついねー」
「ほんと、そーだよね。でもよかった。」
「出られたから?」
康代が、今ようやく思い出した、というような顔で、2人のほうを向いた。
「今、きゅうに昔きいたうわさを思い出したんだけど。」
「何?どうしたの?」
公子たちはこわごわ康代のようすを見守った。
「となりの、廃園になった幼稚園あるでしょう・・・。」
「昔、うわさで・・・そこに通っていた園児3人が、あのトンネルで遊んでいて、そのあと行方がわからなくなったって・・・。それが原因で廃園になったとか・・・。」
3人は、ぎょっとして無言で顔を見合わせた。
歩いて進んでいくと、進行方向に、問題の幼稚園が見えてきた。
自然と幼稚園にひきこまれるように、3人は廃屋の入り口にたっていた。
「ねえ、・・廃園のはずなのに、ゲートが開いてるね・・・」
3人は、金縛りにあったようにその場に立ち尽くし、首だけは、あたりをくまなく眺めまわして、危険を調べるかのように、視線をはりめぐらせた。
と、そのときだった。
「あー!見てあれっ。」
礼奈が大声を上げた先を、いそいで見ると、3階建てコンクリートの廃屋の幼稚園の、
3階の一番奥にある小窓が開いていて、その奥の暗がりに、白黒の写真のような張り付いた表情の
やせこけた男の顔が、こちらのほうをにらんでいるのが見えた。
(う、うわぁ!)
3人は背中が凍り付いて、足ががくがく震えだし、やっとの思いでその場からはなれたのだった。
遠い昔のうわさばなしは、うわさとはいえ、忘れないように気を付けようと、
3人は思ったのだった。