わがまま
雨音の中1時間ほど井田書店で絵を描いた。大体構図もできてきたしスケッチブックを閉じた。香耶さんが出してくれた茶団子を平らげ、緑茶を一気に飲み干した。帰ろうと思う。
「光喜、僕帰るけどどうする?」
「いや、俺はもう少しいるよ」
じゃあと手を振り、香耶と茂三に少し頭を下げる。
「お邪魔しました」
すると香耶が
「絵見せてよ!」
少し戸惑った。
「前から君がどんな絵を描いてるのか気になってたんだよね」
断りにくく少しだけ見せる。
「うわっ、めっちゃ上手じゃん。ね、お父さん!」
茂三は少しじっと見て
「いい絵だ。君らしい」
僕らしいとは何だろうか。まあ褒めているように感じたので良しとしよう。
「なんで膝下?これは君の膝下じゃないよね?」
そりゃ気になるよな。自分も気になっているし理由もわからない。
「クラスメイトの変わった女の子にこれを描いてほしいって。理由も教えてくれないですけど」
「多分、その子にとっては、大事なんだろう」
茂三が重い口を動かして言う。
確かにそのように感じる。色がころころ変わる子だもの。何か秘めていて、なぜか助けを求めているように感じる。
「また絵を描きに来なさい。あの子もその絵の子も連れて」
なぜか歓迎されてしまった。悪い気はしない。でも謎だ。
「そうよそうよ!いつでも来て!」
香耶も言う。
「ありがとうございます。また来ます」
そう言って店を出た。
雨が止んでいる。じめじめとしていてたまに冷たい風が肌を擦る。
「また行こう。あそこ」
独り言を話していた。雲が割れてきた。隙間から青と橙の入り混じった空が見えてきた。こんな瞬間がずっと続くのだろうかとふと思った。理由はない。不意にふと思った。
僕はグレー色だから人と関わることは控えている。色を潰してしまうから。
でもあの書店に行きたいと思う。
僕はわがままだ。
そんなこと思っていると家に着く。いつも通り扉を開けて言う。
「ただいま」と。




