早起き
足の絵を頼まれてから10日。完成した絵を渡そうと早めに学校へ向かった。早朝は新しい光、風、雲がキラキラとまるで昼の銀河の様に輝いている。真新しくなった世界。そして雑音のない静寂。コンビニでオレンジジュースとメロンパンを買い学校へ向かう。いつもと違う朝にテンションが上がる。
「今日はオレンジ色だな。毎日この時間に出ようかな」
つい声が出てしまう。誰も歩いてないから気にする必要がない。
教室に入っても誰も居ない。それはそうだ。だってみんなが今さっき起きているような時間だ。僕は誰もいない学校の静寂を噛み締めていた。こんなに学校の表情があると思わなかった。不意にスケッチブックを出し、教室内をスケッチした。こんなところに傷があったんだとか、こいつ弁当箱持って帰るの忘れているやんとか教室は面白いことで溢れていた。小島芽衣の机に目が付く。机の奥に何かある。誰もいない。しかし良心が邪魔をする。
「駄目だよな。気になるけど駄目だよな。いや誰もいないよな。」
ブツブツ独り言を言っているとガラガラと扉が開く。僕は心臓を握られたように感じる。
「あれ?桐谷君じゃん!おはよう!今日は早いね」
芽衣だった。まさかこんな時間に学生が来るとは思ってもいなかった。また教室に太陽光が入った。そしていつも通りの黄色いオーラを芽衣は出していた。なぜこんなにも色が変わらないのだろう。
「おはよう。君も早いね。」
「いつもこの時間なんだ。なんか静かな学校良くない?別世界みたいで」
共感だ。まさか芽衣と共感できることがあるとは思いもしなかった。
「あ、前頼まれていた足の絵、完成したから早めに来たんだ」
そういいながら、カバンからスケッチブックを取り出す。自分でいうのもなんだけど手慣れた感じで画用紙を切り取る。机に絵を広げると芽衣は目をキラキラさせ嬉しそうに見ている。
「すごい!まさかこんなにも感動するとは思いもしなかった!」
すごく嬉しかった。いや嬉しいという言葉では言い表せない。これまでに味わったことない感情だった。
「よかった。喜んでもらえて」
「なんで周り黄色に塗ってあるの?」
よくぞ聞いてくれたと思った。笑いそうになるのを堪えながら
「君は僕の中では黄色の人だから」
「なにそれ!」
芽衣はふふっと笑った。不意に僕も口角が上がってしまった。
「桐谷君って笑うんだ!初めて見た気がする!」
やってしまった。またいじられる要素を作ってしまった。
「いや、これは、その」
言葉が詰まる。
「良いね良いね!笑ってる方が良いよ!生きているなら人生楽しく生きていかないと!」
流石芽衣だ。ポジティブの塊だ。
「これ大切にするね!次はどこ描いてもらおうかな」
また描かせるつもりらしい。でも不思議なことに嫌な気がしなかった。
「いつでも言って。描くの楽しかったし。」
まさか自分がこんなこと言うなんて自分が一番驚いている。
「ありがとう!」
芽衣ははにかみながら言った。
「授業開始まであと45分あるけどどうする?」
「じゃあ私に付いてきて!」
芽衣に言われるがまま僕は芽衣の後姿を追いかける。ポニーテールの髪が左右に揺れている。片手に食パン?を持ちながらウキウキして校庭に出た。
「私毎日鯉たちにご飯をあげているんだ!」
はい!と食パン一切れ渡される。千切りながら平等に与える。口をパクパクさせながらすごい勢いで求めてくる。正直かわいいなと思った。すると芽衣が
「この子たちって生涯この池で生きていかないといけないの可哀想だよね。世界はこんなにも広いのに出られないのは苦しく思えちゃう」
確かにそうだ。餌をもらうためには口を開けてアピールしなければならない。この池から出てしまえば干からびてしまう。まるで自信のない自分のようだ。
「———死ぬんだよ」
ん?芽衣が何か言った。死ぬ?何を言っているんだ。また色が黒く見える。少し怖く感じながらも芽衣に聞く。
「大丈夫?なんか今死って・・・」
「あ!ううん、大丈夫!何にもないよ!教室戻ろうか」
また遮った。明らかに何か抱えている。しかし聞こうと思えない。いつも通りの芽衣に戻ったから。
涼しかった朝がだんだん暑くなっているのが分かる。今日も一日が始まる。嬉しさと謎の入り混じった一日が。