06 閉幕
数日後、夢は都合をつけて遺産相続の手続きをしに戎線家を訪れていた。
「ごめんなさい!」
まっさきに飛び出してきて、何度も何度もぺこぺこと謝るのは戎線家の顧問弁護士、朱美だ。
今回は誰にも邪魔されることなく、応接間へと通された。ハロウが夢の後姿を見て固まっていたが、それを知る人はいない。
「面倒な手続きはこちらでしますので、サインをお願いします!」
渡された紙にボールペンで『星の夢』と書き込む。
「それにしても、変な――こほん、変わったお名前ですね」
「本名は別にあるんだけどね。うちの会社は入社したらコードネームをくれるようになってるんだけど、使い分けるの面倒だから戸籍の名前もこれに変えちゃって……ちょっと後悔してるんだよね」
朱美は、なるほど、と頷いた。
「それでは手続きは終わりです。えっと……なんで夢さんが指定されたか、話しましょうか。話は下手ですけど……」
「ん、知ってるんだ。お願い」
* * *
実は夢さんは数回、ミチエさんと会ったことがあるんです。まだ生まれたばかりだったようですが……ああ、まだこのころは私も顧問弁護士ではなかったので、実際に見た訳じゃないんです。
その時にミチエさんは……『希望』を見つけたって言ってて。
ミチエさんは、一族を毛嫌いしていました。早くに亡くなった夫も日記に財産目的だと記していたそうですし、子供たちや孫たちも財産が欲しかったようで……ハロウくんはまだ幼いので、そんなことは考えていなかったみたいですけど。
ですから、『希望』である夢さんに遺産を継がせるようにしました。こうすれば夢さんと戎線家は間違いなく戦闘になる……だから、夢さんが一族を始末してくれるってふんだんでしょうね。そこまで込みで予想して、あなたを利用してたわけです。
これまで隠してたこと、本当に申し訳なく思います。ごめんなさい。
* * *
「ふうん……ちなみに額は?」
朱美は小さく苦笑した。
「税金を差し引いても、だいたい十億です」
「じゅっ……!? 十億……そんなに……」
金額を聞いて固まってしまった夢の前に、朱美がそっとコーヒーカップを置く。
「これで、やっと私も旅に出られます」
夢がミルクと砂糖で甘くなった、もはやコーヒーではない何かをすすりながら鸚鵡返しする。
「旅?」
「ええ。私、もともと大学を出たら世界中を放浪する予定だったんです。でも弁護士資格を取ったあとすぐにミチエさんに引き抜かれちゃいまして。でも、旅の資金は十分たまったので、これからヨーロッパの方に渡ろうと思います」
へえ、と相槌を打って、コーヒーもどきを飲み終える。
すると応接間の扉が開いた。
「なあ、通帳元に戻してくれねえ?」
入ってきたのはヘビースモーカーの戎線イーズだ。その手には、金額のログはおろか誰の通帳かさえも書かれていない。
「あ。ちょっとやり過ぎちゃったかな……」
さっそく、『風の針』で通帳の時を進める。すると今まで通りに、山のような金額の記載が現れた。はっきり言って遺産相続する必要がないくらいだ。
「おー、サンキュー」
するとイーズは用は済んだとばかりにさっさと別の部屋へ行ってしまう。イーズが開けた部屋からするりと出てきたのは、先日懐柔した可愛い白猫、マクラだ。
「にゃー!」
「おっ、久しぶり! かわいいねー! んーよしよし!」
マクラを取り戻そうとイーズが戻ってくるが、夢になでられてご満悦のマクラに威嚇されて何とも言えない表情になる。
「ふふふ……」
まったく、一族全員これくらい和気あいあいとしてればいいのに……と朱美は苦笑いを浮かべた。
ありがとうございました。最後までお付き合いくださいまして誠に感謝の極みでございます。敬語大丈夫かな……。
というわけで『ドリームリワインド』完結です。はっはっは。