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05 時計

「なかなか寝れなかったなあ」

 夢は午前七時きっかりに、その言葉とともにしゃきっと目を覚ました。

 ちなみにカイトとケイコは家の外に放置してあったが、窓の外を見てみれば勝手に目を覚まして帰っていったらしく、それらしきものは見当たらなかった。

 戎線家の襲撃がありそうなのであまり家を出たくないのだが、家を荒らされたらもっと困るので外に出ることにした。

「いいひざし!」

 ぐるぐると路上で回転すると、桃色の髪がふわふわと風に舞う。はたから見れば変人だ。

「そして現れましたのが……」

戎線(じゅうせん)セカイだ。……ではなくて!」

 夢が向き直ると、いつかのビジネスマンが変わらない格好で立っていた。たしかハロウの父親で、戎線家の新しい当主だったはずだ。

「そんな君がわざわざ手を下しにやってきたとはね。もう戦力がいなくなっちゃったの?」

「どんな私かは知らないが、戎線家を見くびるな。だが他の人間に任せるより、私が手を下した方が速いと判断した」

 セカイが右手をかざす。

「ひとつ教えておこう。私の玉術は『経世済民(フィナーレ)』。敵を消し去る玉術だ、せいぜい抗うといい!」

 一瞬で夢の元へ迫るセカイ。夢は突き出された右手をバックステップでかわすと、左手で小石を弾き飛ばす。

「貴様の能力も把握している。『コーラル・ディザイア』、人間には使えない時間巻き戻しの魔法だそうだな」

「そうだよ?」

「はは、弱体化したわけだ! 能力を使い果たしたか!?」

 滑稽だとばかりに狂気的な嘲笑を上げるセカイ。

 いっぽうの夢は、話の内容がさっぱり分からない。弱体化だの使い果たしただの、夢はこれまでずっと『コーラル・ディザイア』ひとつだったはずだが。

「何の話?」

「ふん……なるほどな。自身の記憶まで吹き飛ばしたわけか……いいだろう、教えてやる。貴様はこれまでに二千八百十七回、私に敗北している」

 夢はセカイを睨み、「は……?」と訝しげな声を出した。

「これまでの時間軸では、貴様の能力は『パフォーマンス』――世界の時間を巻き戻す能力だった。私に負けては時間を巻き戻し、また私に負ける。その繰り返しだったのだ」

「そんなバカな――」

「私はしっかりと記憶している」

 再び飛び込んでくるセカイ。夢は必死に交わすが、何度も何度も攻撃を凌ぐうちにだんだんと劣勢になっていく。

「だが貴様の命運も尽きた! やり直しはもうきかないのだからな! これで本当に私の世界がやって来たのだぁあああ! ふはははははははは!」

 知的な見てくれからは想像もつかないほどに不気味で、狂ったような笑いをする。

 どうやら『経世済民(フィナーレ)』は触れないと発動できないようで、夢は、強力な能力につきものな制限だね、と結論づけた。

 セカイの拳を避け、後ろに回って蹴りを放つ。

「何を食べたらそうなるのかな……?」

 人間を蹴った感触がしない。硬いアスファルトの地面みたいだ。

 ぐるりと体をひねって玉術を発動しようとしたので、慌てて後ろに跳んで躱す。

(こいつのトラウマ……あるのかな……?)

 あんまりトラウマがなさそうだなあ、と夢の勘が言う。

「『コーラル・ディザイア』!」

 セカイの足元がぐにゃりと歪み、液状化する。

「そんな小細工が私に効くとでも思ったか!?」

「あんま思ってないね!」

 液状化していない部分を蹴って少し距離を取る。案の定一瞬で回避されてしまった。

 それならばと世界の周囲をすべて液体に変えるが、

「無駄だ!」

「っわ!?」

 風を切るような音と共に夢のそばへやってくるセカイ。イーズの言っていた通り、正真正銘の化け物だ。狂った性格も含め。

「くっそぉ……」

 物理攻撃も効かない、魔法は攻撃用ではない。詰みか、と夢が諦めかけるが、迫りくる拳を反射的に回避してやはり死ぬのは怖いと再認識する。

(なんで私の魔法は人間に使えないんだ……私のトラウマ……!)


 * * *


 それは、夢が小学生の時だった。

 帰宅中。仲のいい友達が上級生に喧嘩を売ってしまったようで、数人にまとまってぼこぼこにされているところを偶然見かけた。

「やめなよ!」

 夢は考えるよりも先に、友達をかばうように躍り出る。

 だが上級生たちはそれすらも面白がった。

「っあ!」

 その結果として、夢まで殴られ、蹴られた。それでも友達を守ろうと立ちはだかる。何が自分をそんなに突き動かしたのか、今となっては全く思い出せない。

 血と泥でぐしゃぐしゃになって、意識も朦朧としていたからだろう。歯止めがきかず、夢は――

「『コーラル・ディザイア』ァァ!」

 魔法を発動させた。

 上級生たちに向けて。

 そして、彼らは『生まれる前』まで巻き戻され、この世から消え去ったのだった。


 * * *


(そうだ。だから私は人を殺すのが怖い)

 イーズの予想はぴったりと当たっていたわけだ。

 トラウマを克服すれば、人に向かっても放てるだろう。しかしどうしても、怖いものは怖い。

「っ!」

 反射だけで回避していたところ、自分が液体のアスファルトに足を踏み入れてしまった。

「ははははは! 滑稽だなぁ!」

 ここぞとばかりに、わざと魔法を発動させず夢をアスファルトへ押し込む。

「私に……! 何の恨みがあって……」

「恨みぃ? そんなものはない! だが貴様が遺産相続を辞退しなかったからだ――自業自得なんだよ! この状況は!!」

 ふざけやがって……夢は口元までアスファルトに浸かり、呼吸ができなくなる。液体がまとわりついて体を動かすのも難しく、脱出はできなさそうだ。

「――――――――!!!」

 全力で魔法を発動させた次の瞬間。

 夢が突っ立っていたのは、しっかりと固められたアスファルトの上だった。

「ばかな!?」

 無傷の夢の姿を見て、セカイが狼狽える。

「分かったよ、私の魔法が弱体化した理由」先ほどとは打って変わり、今度は夢が余裕を見せる番だ。「これまで――『さなぎ』だったんだよ、私の魔法はね」

 アスファルトは全て固まっていた。つまり、彼らが戦う前と等しい。

「名付けて……そうだね、『風の針(ブリーズ・クロック)』とでもしとこうかな」

「何を、言っている……!?」

「君が言った『パフォーマンス』。それが弱体化した『コーラル・ディザイア』……幼虫、さなぎって移り変わっていったんだ。そして今、羽を広げた」

「ぐはぁっ!?」

 圧倒的な速度と力の前に、セカイは防御する暇もなく吹き飛ばされる。

「今私は時を止めた」

 気が付くと後ろには夢が立っていた。

「もう私の能力は時を巻き戻すだけじゃない。操る能力になったんだ!」

 訳の分からぬままに地面にたたきつけられるセカイ。アスファルトに小さなクレーターができ、骨が折れる音がする。

 それでも夢は攻撃の手を止めない。

「さんざんやられた仕返しだ! せいっ! せやっ!」

 セカイの意識は、すぐに吹き飛んでいった。

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