03 高額
何度も何度も乗り換えをして、ようやく夢の住むぼろ一軒家の最寄り駅に来たときは、もう空は真っ黒に塗り潰されていた。
(……これだよこれ、このシチュエーション。絶対背後から誰か攻撃してくるやつだ……)
そんな一抹の不安を抱えながら、静まり返った町を、わずかな街頭の明かりを頼りに進む。
「懐中電灯持ってくればよかったなあ……」
今度から持ち歩くようにしよう、と夢はメモ帳とボールペンを取り出し、買い物リストに『懐中電灯』を書き加えた。
(明かりをつける魔法とか、使えたらいいのに……日常であったら便利な魔法が)
ない物ねだりをしても仕方ないな、と頭を振る。
そこから十分ほど歩いたところで、後ろから足音が聞こえた。
「へっ……バレちまったかぁ」
振り向くと、そこには中年の男がたたずんでいた。
つやのある黒髪は丁寧にカットされていて、一見雑だが全く違和感のない様に計算されている。服装は白と青の縦縞の、ラフなシャツを着ている。黒いサングラスをかけてたばこを二本同時に加え、シャツの胸ポケットからはたばこの箱とライターが見えていた。ひとつひとつはかなり金も手間もかかっていそうだが、総合的に見るとかなりダサい。年齢を抜きにしても夢は付き合いたい相手じゃないなと思う。
「戎線なんとかでしょ?」
「そ。戎線イーズ」イーズはたばこを右手の指で挟み、煙を吐き、夢が露骨に嫌な顔をした。「経営者で、戎線家で二番目の金持ち。ああ、ばあさんが死んだから一番か」
その口調は、戎線ミチエの死を悲しんでいる風にはとても思えない。ただの金づるとでも思っていたのだろう。彼らに遺産を渡したくない気持ちが夢に察せた気がした。
「君の玉術は?」
「食らってからのお楽しみさ」
恐ろしい速度で迫る拳を横によけ、お返しに蹴りを叩き込む――が、ひらりとかわされた。
イーズは先ほど戦ったアリアとは違い、戦闘能力自体もよく鍛えられていた。
「お前すげえ鍛えられてるな。おれの一発目避けれたのは兄貴ぐらいだったのにな」
「兄貴ってのは?」
「お前がさっき会ったビジネスマンさ」
連絡がもう行っているらしい。なんとしてでも部外者に遺産を渡すまいという決意が垣間見える。
夢は握っていたボールペンを投げる。しかし、
「ただのヘビースモーカーじゃねえよ俺は」
くわえていたたばこを指ではじき、ボールペンの軌道を変える。
思いもよらない手に驚いた夢へイーズが迫り、顔面へ全力で拳を打ち付けた。
「ぐっ――!?」
あまりにも重すぎる一撃だった。地面をばたんばたんと転がり、起き上がる。次の殴打は何とかかわして距離を取った。
「身体強化かな……?」
「ご明察。おれの玉術は『象箸玉杯』――おれの通帳に記載されてる金額が多いほど、おれの力が強くなるのさ」
ひらひらと青色の通帳を見せびらかすイーズ。遠かったのでよく見えなかったが、高い攻撃力があったということはそれだけの金額がかかれているわけだ。
「さあ、どうする? 玉術も使えねえやつが俺に勝てるかな?」
「忠告をひとつ」夢は額から流れる血をポケットティッシュで拭った。「油断大敵だよ」
夢も真正面から殴りかかり、イーズの頬を殴打する。イーズも同時に拳を突き出して、夢は肩に小さくないダメージを受けた。
「油断? だってお前弱いもんな」
「まあね」
小石を蹴り飛ばす。イーズは斜め前に飛び出して躱し、その勢いのまま殴りかかる。
夢は腕を交差させて受け止めた。膝を狙って蹴るが避けられ、続いた頭突きは見事にヒットした。
「っ……」
「どうだ、石頭だろ?」
しかし攻撃した側の夢が逆に大きなダメージを受けてしまい、ふらりとよろめく。
イーズは隙を見逃さずに飛びかかって何度も夢を殴る。
「うぁっ!」
ぼろ雑巾のように地面に倒れ伏す夢。大きな外傷はないが、脳震盪が起きたのか視界がぐらぐらする。
「すげえよ、お前。おれの攻撃受けて骨折れないんだからな……誇っていいぜ。でもまあ、すぐ死ぬんだけどな」
今度こそ夢の頭を完全に潰そうと腕に力を込めるイーズ。
「うぉおおおお――」
「『コーラル・ディザイア』っ!」
イーズの雄たけびを遮って夢が叫ぶ。驚いたイーズは腕を止め、信じられないといった様子で目を見開いた。
「お前――」
「私の魔法は『コーラル・ディザイア』」イーズの腕を掴んで引っ張り、自分と位置を反転させる。「物の時を巻き戻す……油断大敵ってのは、そういうことだよ」
ばかな、と言おうとしたイーズだったが、すぐに現実に直面して言葉を失う。
「君の通帳の時を巻き戻してまっさらな状態にした! 君の攻撃力は今、倍率ゼロの一般人と同じ――!」
「ま、待て――」
「よくもさっきまでボコボコにしてくれたね! 仕返しだっ、おりゃあああああ!」
夜の住宅街に、イーズのかわいそうな悲鳴が響きわたった。
あとがきにある、キャラ紹介コーナーには各々の『トラウマ』を書くつもりだったんですが、イーズにありそうなトラウマが全然思いつかず……
戎線イーズ
凄腕の企業経営者。二十七のときに便利グッズを製造する企業を立ち上げてから、数人の仲間たちと共に一代で大企業へと成長させた。ちなみにイーズたちが優秀過ぎるので社員はいまだ初期メンバーの数人だけ。
グッズのデザインは天才的な反面自身の服装は絶望的にダサいので彼女は高校生の時からずっといない。
ハロウやアリアの叔父。
名前の由来は『Ease』(簡単さ、手軽さ)。