02 帰路
「はあ……なんでまたミチエさんとやらは私を指名したのかな」
巻き込まれて逆に迷惑だったよ、と夢はがらがらの電車の中でため息をついた。
戎線家の近くの弁当屋で購入した和風ステーキ弁当の蓋を開け、おいしそうなステーキを口へ運ぶ。
(魔法が使えるというのは本当みたいだ……襲われたら厄介な相手になりそうだね)
かといって遺産相続を辞退するつもりはない。お金はもちろん欲しいが、それよりもあの偉そうなビジネスマンに一泡吹かせてやりたい。
写真を撮ってSNSに投稿しておけばよかった気がした。
「おいしいね、これ」
「でしょ、アタシもそれ好きなんだ」
夢は後ろから声をかけられて飛び上がる。お弁当はしっかりバランスを取っていたのでこぼれなかった。
「驚かさないでよ……」
「ごめんごめん」
後ろに立っていたのは高校生くらいの女だった。
金髪を後ろで二又に分けて束ねている。目は海のような深い蒼色だ。服装は袖なしの黒いシャツ、とても短いズボンと、露出が多い。夢は、自分はこんな服装できないなあ、と思った。
「アタシは戎線アリア」
「戎線……って!」
お弁当箱を持ったまま飛び上がり、アリアの顔面に蹴りをぶち込む。かなりの手ごたえを感じたが、軽くのけ反るだけにとどまった。
追撃を加えようともう一度足を上げるが、
「無駄だよ」
靴をがしっと握られてしまう。全く動かない。
「アタシの玉術は『繫泊斡流』。触れた物を好きなように動かせるの」
「――っ!?」
夢の体が一直線に列車の壁へ叩きつけられる。不思議なことに弁当は米粒ひとつこぼれない。
「にゃあ」
新たにアリアの後ろから現れたのは、白猫だ。右腕だけ黒い。
「この子はマクラ。もちろん魔法が使えて……『膏火自煎』。一定時間領域内にいた生物を殺害できる」
「そうか……相性最高ってわけね……」
動きを操作するアリアと、とどまっていれば殺せるマクラ。両者の玉術はぴったりと噛み合わさって、確実に相手を殺せるコンビになっているのだった。
夢が立ち上がろうとするが、『繫泊斡流』によって固定されているようで立ち上がれない。腕や足はじたばたできるので、どうやら、正確には『体の中心点の位置』を固定・操作する魔法のようだ。
「マクラの魔法は、アンタが強ければ強いほど早く殺せるけど……ま、アンタ強そうじゃないし、さしずめ五分ってところ? 言い残すことは?」
「言い残すことかあ……それじゃ君にひとつアドバイスをあげようかな」夢は微かに笑みを浮かべた。「敵の強さを見抜けない時点で、君は弱い」
虚しい挑発だと受け取ったようで、アリアは「勝手に言ってな」と言い返した。
「にゃあー」
「おいでおいで」
夢が手招きすると、マクラはたたたっと近寄ってくる。意外にも夢は動物に好かれやすかった。それも、隣家の飼い犬に懐かれすぎて、泥棒呼ばわりされた挙句お隣さんと喧嘩になりかけたくらいだ。
(そういえば最近は泥棒呼ばわりが多いなあ……)
ちょっと傷つく夢だった。
「マクラも強いからアンタじゃ歯が立たないよ。無駄無駄」
どうやらマクラを倒そうとしていると勘違いされたようだが、夢は「いい子だねー」となでまわすのに夢中で聞こえていない。
「みゃーう」
「ね、魔法使うのやめてくれないかな?」
「にゃー!」
「ちょっ!?」
マクラが玉術を解除したのを感じて、アリアが驚きの声を上げる。
「私は猫ちゃんに好かれやすいからね。もしかしてだけどさ、マクラちゃんにひどいことしてない?」
そうじゃないならこんなに早く鞍替えする理由が分からないんだけど、と付け加える。
「ふん、ただの特訓だよ……アタシだけでもアンタくらい倒せる。『繫泊斡流』!」
「せやぁ!」
天井へ叩きつけられるが、応酬としてかばんに入っていたペンを投げつける。
的確に放たれた百均のボールペンはアリアの右腕に刺さり、赤い血が零れ落ちた。
「君の欠点は」玉術が中断されたようで、天井を蹴ってすたっと着地する。「基本的な戦闘能力を鍛えてないところ」
拳を構え、地を蹴ってアリアへ肉薄する。
「それと――パートナーを大事にしないところ」
「がはっ!?」
胸部を思いきり殴られ、今度はアリアが電車の壁にたたきつけられた。おそらく肋骨が折れただろう、前後ともに。
「にゃん」
「本気を使うまでもなかったね。魔法が使えるっていうから準備はしておいたけど」
がたんと電車が揺れ、すぐに止まる。
終点です、と静かなアナウンスが車内に響いた。
僕は猫さん大好きです。将来は豪邸に住んで、たくさんの猫と一緒に暮らしたい。ぐふふ。
戎線アリア
流行を追い続ける高校生女子。いつもさりげなくブランド物を五個くらい持ち歩いている。
勉強は苦手だが、剣道が大好き。ちょくちょく自分の努力のレベルを相手に押し付けてしまう。マクラにも行き過ぎた特訓が原因でそれほど好かれていないが、夢との戦闘を機にたっぷり可愛がってあげるようになった。
もともとは水泳も大好きだったが、テーマパークにて遊具の下に潜りこんでしまい窒息死寸前までいったため、水に潜るのが怖くなった。
ハロウのいとこ。
名前の由来は『Aria』(アリア)。