熱狂!ライブ中継
工事業者の稲川真一は、ドラッグストアからクレームを受け呼び出される。
そこで待っていた出来事とは──?
5分で読めるコメディー小説です。
軽ワゴンは徐行しながら駐車場に入ってきた。
平日の朝とあってかなり空きが目立つ。それでも来客が優先だろう。そう思い稲川真一は駐車場の奥に車を停めた。
どうも稲川電設と銘打った営業車を、入り口付近に置くのは気が引けた。共用の無料駐車場は商店街の規模からしてそう広くはない。昼近くにもなると寿司詰め状態で満車となる。
稲川は首をストレッチしながら車から降りた。夜通し設計の図面を引いていてろくに寝ていない。だから午前中は半休しようと思っていたのに突然の呼び出しだ。思いがけないイレギュラーな仕事に、稲川は口をへの字に曲げワゴン車のバックドアを開けた。
そうして、「さて……」と言ったまま、目の前の工具類としばらく睨めっこを続けた。
今から数時間前、帰宅した稲川と入れ替わりに妻の弘子は出勤して行った。その弘子の電話で寝入ったところを稲川は起こされた。
「社員はもう皆現場に行って、手の空きはあなたしかいないのよ。なんだか先方は凄く怒ってるし、悪いけど直ぐに行ってくれない」
「なんだ? ……機械のトラブルか?」
「そんなこと、あたしにわかるわけないでしょ!」
そう怒鳴られ、稲川は眠気を覚ました。弘子の機械オンチにはほとほと愛想を尽かしている。乾電池の入れ方すらおぼつかない有り様だ。お前は経理以外やるな、と釘を刺したのは他でもない社長の稲川であった。
稲川が代表を務める稲川電設は、先週、防犯カメラの設置を請け負った。聞けば、商品の万引きが後を絶たず、中々その犯行の実態もつかめないと言う。
店内施工の配線工事は容易なもので、信頼する社員の腕も確かだ。瑕疵があったとは思えない。現に工事代金もすでに振り込まれている。
稲川は、弘子が受けたクレームが、いったいどういったものか皆目見当もつかなかった。
──取り敢えず、工具箱一つ持って行ってみるか。
稲川は首をかしげ依頼先のドラッグストアへと向かった。
「はじめまして、社長の稲川です」
そう言って店長と名刺交換を済ますと、店長の吉野は、痩身な体を折り曲げ深く頭を下げた。年齢は五十過ぎの稲川とあまり変わらないようにも見えたが、臆した様子でなんだか落ち着きがない。
「突然お呼び立てして申し訳ありません。昨日からチーフマネージャーが視察に来ておりまして、スタッフ一同、皆緊張しております。じつはこうして来て頂いたのもチーフの一存なのです」
吉野は恐縮気味にいった。
「わかりました。では私が責任を持って対応させていただきます」
「はい、お願いします。こちらへどうぞ」
稲川は、後について店の中を進んだ。
このドラッグストアは景気がいいと聞いている。稲川はまずやってきて客足の多さに驚いた。店内は学生やOLにサラリーマン、そして高齢者の姿で繁盛している。近くには病院や学校にオフィス街があり、数ある薬局の中でも二十四時間営業というのが強みで、人々の信頼を勝ち取り贔屓にされているのだろう。
「活気のある店舗ですね。じつはうちの妻も常連なんです」
稲川はバックヤードの事務所へと向かう途中、店長の吉野に愛嬌を振り撒いた。
「電気設備の方も最近は省エネ仕様のいいモノがたくさん出ています。政府の補助金制度もありますから、ぐっとお安く交換できますよ」
こうして出向いたのもいい機会かもしれない。この本店を拠点に、街の郊外にも姉妹店が三軒ある。これを足がかりにさらなる工事の用命はないものかと、稲川は商売人の顔を覗かせていた。
「見積もりは無料です。今度資料をお持ちしましょう」
「はあ、そう言われましても、その辺りの実権はチーフマネージャーが握っておりますので……」
セールストークを試みたものの、吉野は言葉を濁した。
事務所に入ると、でっぷりと太った男が腕を組み、モニターの前を陣取っていた。
壁に据え付けられた五十インチの画面は六分割され店内の様子を克明に映し出している。映像は順次切り替わり、全方位カメラに死角はない。
稲川が見る限りシステムは良好そのものだ。
店長の吉野が声をかけた。
「花岡チーフ、お連れしました。施工業者の稲川さんです」
「おいっ、あれを見ろ」
稲川には目もくれず、花岡は画面を指差した。映像は中年の女性が身を屈め商品を手に取ろうとしているところだ。
「盗るぞ、盗るぞ、盗るぞ、あの女はきっと盗る」
花岡は自分に言い聞かせるように呟いた。画面の女性は商品をカゴに入れた。それを見て、うーんと花岡は低い声で唸った。
「あっ、こっちの若い男」
カメラがまた別の客をフォーカスし、花岡は機敏に猪首を動かした。
「やるぞ、やるぞ、やるぞ……」
若い男はレジに並んだ。人感センサーを備えた最新鋭の防犯機種だけあって、どのカメラも見事客の行動をとらえている。稲川は胸のつかえが下りた。
「安心しました。動作は正常のようですね」
「なに? 正常だって──?!」
花岡は稲川を睨みつけた。その目がギンギンに血走っていて、稲川は思わずゾッとし身を固くした。
「冗談じゃない! 君は今のを見て悔しくないのかね。せっかく防犯カメラを付けたんだ。盗みが起きなくてどうする!」
稲川は言ってる意味がよくわからなかった。
「さあ、君も万引きによく目を凝らすのだ。吉野君、この人にも椅子を用意しなさい」
頭の整理のつかないまま、稲川は相手の勢いに飲まれなすがままだった。二人の間に挟まれ、立ち去る訳にもいかず、何か物を言える空気でもなく、なぜか一緒にモニターを見張る羽目になってしまった。
呼び出されたものの自分はいったい何を求められているのか、苦情の中身すら分からず悩ましい状況は続いた。そうして何時間経っただろうか、欠伸を噛み殺し、時折襲ってくる激しい睡魔とも戦っている。
「私はね、一晩中ずっとこうして見張っているが、客は誰一人盗もうとしない。こんな馬鹿な話があってたまるか。これでは工事を頼んで、防犯カメラを取り付けた意味がないじゃないか」
花岡は清々と言った。
突然、吉野が大声を出した。
「あっ、チーフ! ほらあそこ!」
ハンチング帽を被った男性が、サプリメントを手に取りキョロキョロと周囲を気にしている。
「おおっ! 見るからに怪しい。これは期待が持てそうだ」
そう言って花岡は身を乗りだした。食い入るように画面を見つめ、「よおーし、いけっ、やれっ、盗れっ!」と興奮気味に掛け声をかけた。
稲川は、万引きに声援を送る姿に唖然とした。またそうかと思えば、店長の吉野の方は手を合わせ拝み倒している。
やがて男性は、こっそり上着のポケットにサプリを入れた。その瞬間、花岡は歓声を上げガッツポーズをきめた。
「よおーし! やったあー! やったぞおーー!」
「お、おめでとうございます。チーフ」
吉野は感激のあまり声が震えている。
「ああ、ありがとう。だが喜ぶのはまだ早い、店の外に出るまで安心はできないぞ」
二人は固唾を飲んで男性のゆくえを見守った。そうして平然と男が出て行くのを見届けると、揃って立ち上がり、バンザーイ、バンザーイと連呼した。呆れる稲川をよそに抱き合って喜びを分かち合った。
「ではチーフ、私が行って男性を連れて参ります」
「うむ、宜しく頼む。だが映像で捉えた記念すべき万引き犯だ。くれぐれも失礼のないようにな。後それから、なにか贈答品のようなものを用意してくれ」
「はい、かしこまりました。私にお任せください」
吉野はにこりと笑って、軽快に部屋を飛び出していった。
稲川はあんぐりと口を開け、二人のやり取りを眺めていた。そんな稲川に花岡はスッと手を差し伸べ握手を求めた。
「この瞬間に立ち会えたことに感謝する。本当にありがとう。君のお陰だよ」
稲川はその手を取り、「いいえ、どういたしまして」と、もはやつられて言う他なかった。
とはいえ、もう商談はやめだ。取り引きするのはよそうと心に誓っていた。
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