カタリーナとのお泊まり会
ここからサミア視点に戻ります。
色づいた紅葉が木々の枝から落ち、常緑樹に白い雪が積もり出した頃。クロドメール王国の兵士たちは無事に故郷に戻り、冬支度を急いでいた。
終戦交渉はほとんどが決着している。既に併合して長いところはそのまま、交戦中だった2ヵ国には多額の賠償金を支払うはめになった。
それを、国王は自身の財産を放出して負担した。おかげで諸外国から略奪までして貯めた国王の宝物庫はすっからかんになったが、愛人関係を整理したクロドメール国王は、もうどうでもいいらしい。
いずれ引き継ぐはずだったシウも未練はないらしかった。「まともに国益を上げて、サミアには新しい宝石を贈るから」などと息巻いていた。
そう、シウは正式に次期王位継承者に冊立され、王太子になった。
そのことにより、突然の終戦決定などで多くの貴族から不満の声があがっていたクロドメール国王の支持基盤も強化された。シウが王太子として王の隣に立てば、誰もが逆らえない。
なぜならシウの国民人気はとてつもなく高いからだ。千年生きた竜の生まれ変わりで、その気になれば個人で百人単位を吹っ飛ばせる武力を持っていて、類い稀な美貌、知性まである。それに、武力については公に婚約を発表した私もいる。
私は偽物だが、表向きには勇者セシオンの生まれ変わりとしてあちこちに認定された。それにはマルクス・ミュラー教皇の助力もあった。彼は世界中に支部を持つ宗教のトップだ。
マルクスの執り行う宣誓式で、私とシウは「世界平和のために力を尽くす」という誓約書に署名をし、謄本を各国に送ってもらった。この誓約書は、セシオンも署名していたものだ。だから勇者だと皆に知られていた。
これで世界中を白竜のアイギスに乗って自由に動けるし、新しい魔法の実験をして山を吹き飛ばしても、危険人物だと捕まらない。マルクスのお墨付きをもらったのだ。
マルクスにはお世話になりっぱなしで、どうお返しをしたらいいのやらと悩んでいた。
マルクスは「少しの時間を共にしてくれるだけでありがたいです」と微笑むばかりだけど、根本的な孤独を癒す誰かがいてくれたら、と思っていた。彼は過去を見通す目を持っているせいで、人々に避けられている、孤独な教皇だった。
そんな折、私は初めてクロドメールの王宮に泊まることとなった。未だに夜は遠く離れたモノラティの港町の古城で寝泊まりをしていたのだが、将軍や兵士を集めて慰労パーティーが開かれたのだ。
国として、彼らの苦労に感謝し、今後の防衛への英気を養う――みたいな主旨らしい。
晩餐会などはわかるのだけど、そのあとは男同士で朝まで飲むのが伝統というのはわからなかった。
「じゃあ、私は今夜はカタリーナと過ごすから、シウは皆様方とごゆっくり」
「う、うん。ごめんね」
晩餐会が終わり、シウはクロドメール国の大将軍、シュローダー卿にがっちり肩を抱かれていた。ほかにも軍部の偉い人たちがシウを取り囲んでいる。
みんな、あの戦地から無事に帰還して、本国でゆっくりと過ごした。ずいぶんと穏やかな顔つきになっているが、共に戦った連帯感みたいなのがあるらしく、眠気と戦いながら限界まで語り合いたいのだそうだ。シュローダー卿からシウに、慰労パーティーの日は寝かさないぞ、朝まで男同士で語り合うぞなどと、何度も熱いお手紙が来ていた。
でも私は、私よりシュローダー卿を取るのか、寂しくて眠れないかもと軽いケンカをしていた。そこをカタリーナが仲裁して共寝に誘ってくれたのだ。
「さあ、サミア様、参りましょう」
カタリーナがそっと私の手を取る。
「ああ、じゃあシウ、おやすみ」
「……おやすみ」
シウと出会って以来、別々に寝るのは初めてだし、更に私は生まれてこのかたひとり寝をしたことがない。孤児院時代だって、大部屋だった。カタリーナがいい子で、誘ってくれて本当に良かった。それに、カタリーナはシウの妹だから、いずれ私の義理の妹になる。とてつもなく長く生きてきて、初めての妹と思うとかわいらしさが増すのだった。
「うん?カタリーナ、何かたくらんでる顔してない?サミアに変なことしないでよ!」
シウが根拠のない言いがかりで騒ぎ始めると、カタリーナは楽しそうにクスクス笑いだした。
「うふふ、そんなことありませんわ」
「そうだぞシウ。妹を疑うものじゃない」
私たちはドレスの裾を翻して、手に手を取り合ってパーティー会場を後にする。シウが背後で何か叫んでるけど、今夜はもう知らない。
「サミア様とのお泊まり会、とっても楽しみですけどまずはこの窮屈なドレスを脱いで、湯浴みしてからですわね」
「そうだな」
「もうすっかり用意はしておりますの。あなたたち、サミア様をよろしくね」
優しそうなメイドが二人、揃ってかしこまりましたと返事をした。フレイヤ元王妃が鉱山に追放されてからというもの、王女カタリーナが王宮を取り仕切る立場になっていた。最早クロドメール国王ですら、カタリーナに文句を言えなくなっている。
メイド二人に付き添われ、近頃、私に宛がわれている部屋に向かった。ここに寝泊まりしたことはないが、結婚までは使うように言われている。
「ではこちらへ」
浴室前に連れていかれた私は、彼女たちの手技に陶然となり、気づけば頭のてっぺんから爪先までぴかぴかにされた。
「すごく……気持ち良かった」
今まで頑として古城に泊まり、自分の体は自分で洗って来たのが馬鹿みたいだ。こんなに気持ちいいものがあったなんて。
上がったら上がったで、冷たいハーブティーのようなものが用意されていた。それを飲んでいる間にメイドたちは二人がかりで魔法の温風を操り、素早くきれいに髪を乾かしてくれた。
「こんなにしてくれて、ありがとう」
「おほほ、サミア様は素直な方でやりがいがありますわ」
「ええ、またお世話させて下さいませ。明日からもこちらにお泊まりなれば良いのですわ。アンブロシウス王子殿下と結婚されるまで待ちきれませんもの」
「うん……ああ」
シウとの結婚式の日取りは、来年の夏に決定していた。迫り来るある種の区切りのことは置いといて、鏡越しにメイドたちと微笑みあう。鏡の中の私は、格好だけはお姫様みたいだった。
カタリーナは、私にかなりドレッシーな寝衣を用意してくれていた。寝るのにこんなに必要か?というくらいのフリル、レースがたっぷりと袖口にまで付いている。
髪を整え終わり、最後にガウンを羽織ったらやっと完成形らしかった。
「どうだ?ディミウス」
部屋の隅っこには、ディミウス用の小さなクッションベッドが置いてある。私が手作りしたもので、ディミウスは大変気に入ってくれた。
たっぷり綿が詰められた寝心地の良いベッドで、お腹を出してぐっすり寝ていたディミウスが寝ぼけまなこを僅かに開けた。だけどすぐに白目を剥き、眠りに落ちてしまう。
「ああ眠いのか。ごめんごめん」
子犬の睡眠時間は一日の八割くらいだと言うから仕方ない。私は軽くディミウスの頭を撫でて、目蓋をそっと閉じさせた。近頃は良く食べ、良く眠り、いい感じに堕落している。
「じゃあ一緒にカタリーナのところに行こうな」
持ち運びやすいように取っ手を付けてあるベッドごと持ち上げ、私はカタリーナの部屋へと向かった。
ノックしたとき、なんかこれって初夜みたいだなと変な考えが頭を過った。
カタリーナの返事があったので扉を開けると、私と似てるけど、もっと露出度の高い寝衣を着たカタリーナが照れ笑いを浮かべて立っていた。
「カタリーナ、すてきな衣裳だな」
とりあえず室内に体を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉めるけれど、妙に胸がドキドキした。カタリーナの寝衣は胸の開きが大きく、豊かな胸の膨らみの半分くらいが見えている。前から身長も胸も大きく、発育が良くていいなとは思っていたけど、やっぱりすごい。
「ありがとうございます。サミア様こそ、その寝衣がお似合いでとてもかわいらしいですわ」
「カタリーナこそ大人っぽくて、本当にきれいだ」
私たちは、互いに誉めあってから忍び笑いをした。こういう趣向の遊びなのかもしれない。ディミウスのベッドは、部屋の片隅に置かせてもらった。
「サミア様、もっと、こちらにいらして?」
照明を落としてある室内で、カタリーナが数歩移動すると、薄い寝衣からカタリーナの肌が透けた。彼女のすぐ後ろに、強く光る魔導ランプが置いてあったらしく、私は息を呑んでしまう。
「えっと、これは?」
カタリーナが後光を背負って、芸術的に美しい体のほとんどを見せてくれてる。カタリーナはさっきの私みたいに、誰かに体を洗ってもらうのが当然だから羞恥心がおかしいのかもしれない。
ある意味、裸を見せるっていうのは信頼の証なのか。
あるいはシウと結婚した初夜にこれをやれと教えてくれてるのか私は戸惑った。
「サミア様、私をもっとしっかり見て」
「どうして」
「だって……そうしたらマルクス様に見て頂けますもの」
突然出てきたマルクスの名前に、私はハッとした。
「ど、どうしよう見てしまった!明日もマルクスに会うのに!」
もう遅いのに、私は顔を覆った。このままでは私はカタリーナの裸を伝書鳩よろしくマルクスに伝えてしまうかもしれない。マルクスがそんなに一挙一動私の行動を覗いているか知らないけど!
「ごめんなさい、サミア様に変なものをお見せしてしまいました」
カタリーナが魔導ランプを消して、私に歩み寄る。
「変じゃなくて、きれいだけど」
ただ私が見るだけなら、そんな感じなんだ、いいね、くらいで何も問題はない。
だけど王女の裸に近いものを、一応若い男のマルクスに見せてはいけないと思う。でも、そもそも魂に刻まれた過去を覗き放題のマルクスなら、そんなものも見放題なのか?
今まで深く考えもしなかったが、入浴してる過去くらい誰でもあるから、見ようと思えば人の裸すらいつでも見れる男なのだった。とはいえまず確認したい事項があった。
「カタリーナはマルクスが好きだったのか?」
「……ええ」
「こんなやり方じゃなくて、普通に思いを伝えればいいだろう」
マルクスは独身だし、特殊能力で人に避けられているから、いつも寂しそうなところがある。カタリーナみたいに明るくてかわいい魅力的な王女から好意を明かされたら、簡単にまとまりそうな話だった。カタリーナにだって、婚約者はいない。
「でもわたくし、日頃から恥ずかしい行為ばかりしてるので、マルクス様の前にはとても立てなくて、いつも避けてしまうのです」
栗色の髪をいじりながら、カタリーナはぼそぼそと言い訳めいたことを語りだした。はしたない本を読んだことがあるとか、誰もいないところで嫌いな人の悪口を言ったとか、そんなこと。全然大したことないと私が一蹴しかけるのを、カタリーナが遮る。
「それにわたくし、和平のためにボルディア国にお嫁に出されるかもしれないのです。ですから最後に、ほんの少しでもマルクス様に意識して頂きたかったのです」
「え?」




