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ディミウスの過去 2(ディミウス視点)

 勇気のない神とベルギエルの代わりに、私は胸のうちで大きな決断を下した。神の現し身(うつしみ)として作られた私は、限りなく神に近い。肉体の限界があるので、神の力の全ては受け止め切れないが、何割かを奪うだけで、目的を果たすには十分と思われた。


 ベルギエルが眠っている夜、私は悩みがあると神に話しかけた。神は動きの鈍重な老人の姿をして現れ、隙だらけだった。誰にも脅かされたことのない神は、警戒することを知らなかったのだ。


「悩みとは?」

「あなたと、ベルギエルの苦しみこそ、私の悩みだ」


 長く生きた私は、もう神に心境を悟られることはなかった。速やかに神の力を盗み出すことに成功した。


 老人の肉体に入っていただけの神の力を奪うと、世界に広がる神の意識が急激に拡散し、乱雑に散らかった。均衡が崩れ、神は深い眠りに落ちたのだ。私はベルギエルも眠らせた。


 神の力は、一部でも絶大なものだった。私は星全体に暗雲を広げ、生命の出来損ないをばら蒔いた。力が足りず完全な生命を作り出すには至らないが、醜い巨人のようなものは命令せずとも動き、他の生命を奪ってくれた。


 それでも星全体を壊滅させるのに数年はかかりそうだったが、理想の世界にするために無駄な努力を重ねた月日よりは、短く済みそうだった。


 そうなるはずだったが、勇者と崇められる人間セシオンと、千年生きた白竜に目的を阻まれた。


 神の最高傑作である私が、偶然、組み合わせの妙で生まれただけの人間と相討ちになりかけたのだ。何とか魂の崩壊だけは免れ、憎きセシオンの肉体を手に入れた。


 あれだけの傑物はもう生まれるはずもなく、勝ったはずだった。だというのに、眠っているはずの神の介入を感じた。崩壊の流れの中から、セシオンと白竜の魂を救い上げ、新しい肉体を与えようとしていた。


 私ではなく、そちらを救うのかと自分がしていることを正しいとしていた私は、神を憎悪した。憤怒と、怨恨と、嫉妬という、かつてない感情が私に新たな力を与えた。


 私は自分を回復させつつ、彼らの生まれ変わりを探した。神の力は未だに私のもとにあり、造作もないことだった。


 すぐに見つけた白竜の生まれ変わりは、地脈を乱し、周囲の人間の感情を揺さぶるだけで勝手に苦しんでくれた。脅威が去ったとまた戦争を始める人間たちに巻き込まれ、いずれ自滅すると思われた。


 だが消滅しかかっていたセシオンの魂はなかなか見つからなかった。7年の年月を経て、ようやく探し当てたものは、最も悲しく、痛ましいものだった。


「ベルギエル、どうして、お前が」


 地中深くに眠っていた赤子には、セシオンの魂とベルギエルの魂が入っていた。奇しくも私が初めてベルギエルをこの胸に抱いたときかのように、弱々しく小さい。その上彼女の魂は、セシオンに生命力を明け渡し、融合して今にも消えそうになっていた。


「私は、何のために」


 森に響く獣のような声が自分の慟哭だと知るまで、私は喉を枯らしていた。


「神よ、何ということを」


 憎くて仕方がないのに、私にはベルギエルは殺せない。彼女との記憶が、鎖のように絡みつき動くことすらできなかった。


 どれくらいそうしていたのだろう。


 私は持てる力の全てを持って、ベルギエルとセシオンの融合を断ち切った。そうして彼らの記憶も奪い、セシオンの魂は、体の奥底で眠らせた。これで暫くは、無垢なベルギエルとして生きられる。


 力を失い、肉体がざらざらと砂のように崩れるので、私はベルギエルを抱いていられなくなった。地面に下ろして、誰か人が来るように光を放つ。


「いつか、私を殺してくれ」


 神に見放され、ベルギエルでさえ私を裏切った。私は救いようない孤独に堕ちていた。あらゆることが虚しいのに、どうしてか、辛うじて息をするだけの欲望が燃え残っている。その欲望が、ベルギエルも同様に堕ちてくれと叫んでいた。




 ◆



 その願いは結局のところ叶わなかった。あらゆる運命と欲望を超え、新しい絆を作り、神の助力も無しに、ベルギエルは私に勝った。堕ちることもなく、純粋なままだ。


「お前は立派に育ったよ」


 広い王宮の庭を踏破する勢いで、ベルギエルは歩き続けている。私は彼女の腕に抱えられ、ぼんやり噴水を眺めた。赤い楓の葉が水盤の中で踊っていた。


「うん、ありがとう」

「なぜ礼を言うんだ?お前は勝手に育った」

「そんなことない、私を育ててくれたのはほとんどディミウスだから」


 見上げなくとも、声の調子で彼女が照れているのがわかった。


「記憶って不思議だな。こうしてると、生まれたばかりの頃を思い出してくる。あの頃は、わがままで困らせただろう」

「本当にな。今でも私の言うことなどちっとも聞かない」

「それはディミウスが聞けないようなことばかり言うから」


 どのくらい思い出したかなど、詳しく聞くまでもなかった。彼女が私を抱く腕は、歩き回る仕草は、私がやっていたことと同じなのだ。


 私はベルギエルを苦しめた自分を許せないでいる。だから不幸になりたいと願い、人の姿を捨て、セシオンへの罪滅ぼしができるまで遠くから彼女を眺めるつもりで降りて来た。


 なのに、ベルギエルの眷属の馬に捕まり、ベルギエルに捕まった。私は彼女がいる限り、決して不幸にはなれそうもなかった。

兄というより、父のようになってしまいました

次話はサミア視点に戻ります。

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