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新しい夢

「それで、卿は彼女の前に立ちふさがって、何をしているのかな?」


 魔法は使っていないはずだけど、シウの背後に冷たい風が渦巻いている錯覚を覚えた。しかもシウの紺碧の美しい瞳の奥で、瞳孔が狂気的に開いている。


「でん、殿下、私は彼女に何もしておりません! お礼を述べていただけであります! お許しを!」


 恐怖に駆られたのか、背の高い兵士は震えながらその場に跪いた。


「そう。体の大きな卿が、華奢な女性の行く手をふさぐのは良くないよ。以後気をつけるように」

「肝に銘じます!」


 威圧されたように、私を取り囲んでいたほかの兵士たちの輪まで、ざざっと外側に大きく広がった。


 そんな中、シウはエスコートするように私の手を取る。


「じゃあ行こうか。アイギスの背中まで、飛び上がっていい?」

「え、うん」


 呪文を唱えるのも面倒なので軽く頷くと、私は両足が浮くのを感じた。みんなが見てるというのに、するっと横抱きにされ、シウが地面を蹴る。これは見せつけてるなあ。


 だけど魔法とは違う心もとない浮遊感があるせいで、私はシウにしがみついた。間もなく、空を飛ぶアイギスの背中に何の衝撃もなく着地する。


「お帰りなさい。じゃあモノラティに行きますね」


 上空から全て見ていたアイギスは、面白そうに笑いながら翼を大きく動かした。雲海が広がり、夕陽が目に入らないところまで高度が上がり、世界は一気に静かになった。


「ねえサミア、大丈夫だった? サミアは優しいから何か手伝ってあげたんだろうけど、彼らに変なことされなかった?」


 広くて快適なアイギスの背中で、シウは私の前髪を直し、肩の辺りをはらったりと心配そうに点検を始める。


「当たり前だろ。でもちょっと変な雰囲気だった」

「そうなんだよ」

「何で? 一般兵士と魔導師との関係も良くないみたいだし」


 私の点検をやめ、シウは眉間を寄せた。色んなことを思い浮かべているようだ。


「長い説明になるけど。クロドメール軍は、ここ数年各地で戦っていたよね。そして魔導師と聖女は、兵士よりずっと数が少ない」

「うん」


 着火とか少量の水を出すくらいの魔法なら誰でもできるが、戦闘に使えるレベルの魔法や、人を治癒する魔法を使える者は希少だ。


「その結果、魔導師と聖女たちは驕り高ぶってしまったんだ」


 はあ、と私は笑いともため息ともつかない息を吐く。驕り高ぶってるだなんて、なかなかすごい表現だ。


「怪我を治していた聖女がまずおかしくなったんだ。戦場で何度も人を助けてお礼を言われて、ある種の万能感が芽生えてしまったのかな? 自分たちがいるからお前たちは生きていられる、自分たちが一番えらいんだ、みたいになってしまった」


「へえ」


「でも僕たちも聖女に逆らうと、死なない程度にしか怪我を治してもらえなくなるから、怖くて逆らえない。そのうち女性魔導師もその派閥に入って、男性魔導師も吸収された。クロドメール軍の内部で争っても仕方ないのに、体力自慢の兵士と、魔力自慢の魔導師、聖女で二分してしまったんだよ」


 あまり理解したくないが、事情は理解した。私はううん、と唸ってしまう。


「だからサミアみたいに、驕ることなく魔法で人を助ける、かわいくて優しい女性に餓えてるんだ」

「私はそんな感じじゃないだろ。愛想も良くないし」

「何言ってるの? サミアは世界最高にかわいいよ」


 シウの主観で言ってくれてるんだろう。下らないやり取りなので、私は反論をやめた。


「みんな、戦争のせいだな。クロドメール国に帰還して、しばらくゆっくりしたら心穏やかになるかな? 祈るしかないな」

「じゃあ僕も祈るよ」


 人の心の問題は神の及ばぬところだけど、とりあえずお祈りをした。そうやって心を静めてから、自分にできることを思索する。


 だって個人の能力の違いは、いがみあうためではなく、助けあうためにあると思うから。

 



 ◆◆◆




 そんな悩み事もあったが、予約していたダニーロのレストランに入ると、すぐに奥さんのシェリーの笑顔に癒された。


「いらっしゃい、何だか久しぶりよね」


 同性であっても、女性の柔らかな物腰はやっぱりいいものだ。シェリーは50代くらいだけど、私にもしも母がいたらこんな感じかと思ってしまう。


「色々片付いたんだ」


 片付いたと思ったらまた色んな問題が見えてくるけれど、ここでの祝杯を目標としていた。


「あらそうなの。良かったわ。それで、何を飲む?」

「それはもちろん」


 いつかのようにロゼのワイン樽を買い取った。そうして店内にいるみんなで乾杯をする。透明なピンク色の液体は、目にも鮮やかで喉にも優しい。


 ダニーロも忙しいだろうに、厨房から前菜を運んできてくれた。


「そろそろカキが美味しくなってきたからな」


 小ぶりの生カキが3つに、真っ赤なソースが載っていた。そういえば、すっかり日が落ちるのが早い季節となっていた。もう以前のように、汗を拭きながらレモネードを飲むほど暑くはない。


「そうか。季節が巡るのは早いな」

「まあ、サミアちゃんったら。まだ若いのに年寄りみたいなこと言わないで、早く食べてちょうだい」


 シェリーに笑われたが、私とシウは、密かに目を見合わせる。私とシウは、肉体こそ若いけど、魂はものすごく年寄りだ。それも千年、二千年単位である。だけど美食の経験には乏しい。


「……おいしい」


 赤いソースには、ほんのり辛味と酸味があり、カキ独特の潮の香りとミルキーなコクに合っていた。やっぱり、新鮮な海の幸は最高である。


「そしてこのレストランは最高だな。ダニーロとシェリー夫婦には長生きしてもらいたい」

「本当だね」


 シウも、目を閉じておいしい余韻に浸っていた。


 生カキ以外にも、アヒージョやシンプルなフライなどを食べ進め、酔いが回った頃。私はまだ途中の計画をシウに打ち明けた。


「これは気が早いと思うんだけど、もう少し時間に余裕ができたら」

「うん、どうしたいの?」

「私は移動魔法の研究をしたいんだ。私たちは白竜のアイギスに乗ってどこでもすぐに行けるけど、みんなはせいぜい馬か船だろ?あまりにも移動効率が悪い」


 移動に関する魔法は、過去にも研究をされてきた。だけど風魔法は安定させるのがあまりにも難しく、風に乗って長距離を移動することは夢物語とされている。


「セシオンが完成させた、虚無への穴を一時的に作り出す最強魔法を応用して、ある一点から一点への移動魔法とか」

「なるほど」


 シウはコトリとグラスを置き、笑いもせずに真面目に検討してくれてるようだ。理論だけは提唱されている、テレポート魔法というのがセシオンの記憶にもあるのだ。


「いいね。いきなり生き物で実験するのは危険だけど、物ならいいんじゃないかな。こういう新鮮な食べ物を、一瞬で別の地点に送れたらいいよね」

「うん。でもゆくゆくは人の移動も簡便にしたい。そうしたらクロドメール軍のみんなだって、すぐ帰還できただろうし、気分転換できて仲間割れもしなかったかも。あ、でも敵が使ったら危ないか……」


 話してみると、それはそれで別の問題が起きそうだとわかってくる。けれど、シウは妙に嬉しそうだった。


「サミアなら、きっとできるよ」

「本当に?」

「うん。何より、サミアが自分のやりたいことを見つけてくれたのが嬉しい」


 テーブルの上にあった私の手にシウが手のひらを重ねてきた。ワインのせいか、ぽかぽかに温かい。


「僕は全力で応援するよ。だってサミアの夢なんでしょ? 誰に助けを求められたのでもなく、自分で考え出したんだよね」

「何か照れくさいな。シウは? 王子の役割以外に、やりたいことってないのか?」


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