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打ち上げと、告白

 フレイヤ王妃の処罰、それから今後の終戦処理について話し合っていたら、あっという間に夜になった。


 クロドメール国王に晩餐に誘われたが、時間をかけて上品に食べたい気分でもなかったので私たちは断った。シウたちと白竜アイギスに乗り、ゼイーダ国へと飛ぶ。


「今日は長い1日だったな」

「ほんと、そうだね」


 魔王ディミウスを倒し、重傷のクロドメール国王を救い、フレイヤ王妃の救いようのない醜さまで知った。それでもフレイヤ王妃は、死刑を免れ罪人としてだが鉱山で第二の人生を生きるのだ。いつか、何らかの変化があることを願いたい。


 クロドメール国王があんな茶番をシウに頼んだだけあって、私なりに反省するところもあった。


 物思いにふけるうち、アイギスの超速飛行により、いつもの古城があるモノラティの港町へと到着した。もう寝ているときに魔王兵に襲われる心配もなくなったのだから、古城に寝泊まりする必要はない。でも、ここは、安心できる巣のようなものだ。ついつい帰ってきてしまう。


 もう夜遅くなりすぎて、お気に入りのデニーロのレストランは閉まっていた。明日の予約を頼む手紙を投げ入れ、私とシウは適当なパブに入った。多くの人が行き交う港町だから、夜でもやってる飲食店がちゃんとある。ビールと料理をこれまた適当に頼むと、すぐにビールだけがテーブルに運ばれてきた。銅製のゴブレットから白く泡立った部分がこぼれている。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 ガチッとゴブレットを合わせ、私とシウはささやかな祝勝会の乾杯をした。何はともあれ、大きな戦いは終わったのだ。


「ふう」

「はあ……」


 喉を通り抜けた勝利の美酒はほろ苦く、複雑な味がした。シウは一息で、もう飲み干していた。


「またお酒が飲める状況になって、嬉しいな」

「うん、おいしいね。でも本当に王宮の晩餐じゃなくて、ここで良かったの?」

「いいに決まってる、王宮は面倒だから」


 だって晩餐会は時間がかかるのもあるけど、クロドメール国王を治したことで、王宮中の人たちから妙にキラキラした眼差しを向けられているような気がした。そんな視線の集中放火を浴びながら食べたら胃もたれしそうだから、避けたのだ。


 ビールを空けながら話をしているうちに、注文していたポテトや白身魚の揚げたもの、ピクルスなども出て来て、テーブルはいっぱいになった。


 手の込んだ料理とは言えないが、疲れて複雑なことが考えられないときには、意外とこういう感じが丁度よかった。シウはいい感じの量を私の皿に取り分け、あとは不思議なくらいの早さで、パクパクと料理を片付けてくれた。


 ある程度食べてから、シウはフォークをテーブルに置く。


「サミア、改めて言うけど今日はありがとう。父上を怪我から救ってくれたのもあるけど、何だか精神的にも救ってくれたから。あんなにきれいな瞳の父上を見たのは初めてだったよ」

「それはシウの働きによるものだろ。私こそ、ありがとう。ディミウスとの戦いでは苦労をかけた」

「ううん、サミアの功績に比べたら、僕なんて……」


 空っぽの胃にビールを流しすぎて変な方向の酔い方をしたのか、シウは自己嫌悪に陥りそうだった。私はその口にポテトを何本か突っ込んだ。


「んん?」

「いいから早く食べて、帰って寝よう」

「う、うん」


 シウの口は、秀麗な見た目からは想像できないほどの収納力を持つ。ポテトをさっさと収めて、何度も頷いた。


 短時間で大量に飲食し、長居しないで私たちは店を出た。我ながらいい客だ。明日からは、クロドメール国の兵士たちの撤退を手伝うから、早く寝る必要がある。


 古城にいくつもある浴室で各自、入浴を済ませた。古城と言い慣わしているけど、最近は日中にメイドや大工が入ってくれて、清掃や修繕をしてくれている。だから最初の頃よりずっと清潔で、快適になっていた。


 そして相変わらず、添い寝状態で同じベッドに並んで目を閉じる。まだ少し酔いが残ってるから、すぐに眠れそうだった。


「ねえ、サミア」

「え?」


 目を閉じて5秒で眠りに落ちそうだったのに、妨げられて体がびくっとなる。シウが私側に横向きに態勢を変えるので、窓からの仄かな月光に端正な白い頬が照らされた。


「ごめんね、サミアに頼ってばかりで」

「何のこと?」


 こんなにいい夜なのに、シウには悩みがあるようだった。私は眠いのを我慢して聞き返した。とりあえず簡単な相槌だけ打っとけば、満足してくれるかもしれない。そう期待していた。


(あるじ)のこと。神様は、僕と結婚して、サミアが妊娠して産まなきゃいけないとおっしゃったんだよね?」


 シウの白かった頬と耳が、ぼんやり赤くなった。またセシオンの話だったのかと私は少し面倒に感じてしまう。


「ああ、そのこと。当然、色々と落ち着いてからだけど」


 もういいかな、寝ちゃおうかなと目を閉じた。


「ごめんね。それはサミアの意思じゃないんでしょ?」


 何を言ってるんだ、と私は重いまぶたに力を込めて開き、シウを見る。


「人が人を産むのは、すごく大変なことだよ。そんなことをサミアにさせるのが申し訳なくて。サミアは汚れなき天使で、本当なら今も天国で遊んで暮らしてるはずだったのに」


 私は黙ってごろんと寝返りを打ち、シウに背を向けた。


「もう眠かったよね、ごめん」

「謝らなくていい。正直言うと、私だって好き勝手やってるだけ。それで、これからもシウと一緒にいたいだけ」

「えっ?」


 顔を見ては言えないことを私は、シーツの皺をいじりながら、ぼそぼそと話す。


「言っただろう、私はシウが好きだから。セシオンのことは、ある意味言い訳にして私の居場所を作ろうとしてるのかもしれない。でも、何も理由がなくても、私はシウの傍にいたい」


 思った以上にまだ酔っているようだ。私はどうしてこんなに恥ずかしいセリフを言ってるんだ。シウがもっと酔っていて、朝には忘れてくれることを願うしかなかった。


「僕もサミアが好き、好きすぎて苦しいくらい」


 背中から抱きしめられて、シウの熱い体温が伝わってくる。でも、私の肩の辺りにあるシウの逞しい腕は重さをかけないように少し浮かせていた。


「サミアといるといつも冷静じゃいられなくなって、困らせてばかりでごめんね。僕、千年以上の記憶があるし、本当はもっと上手く立ち回れるはずなんだ。でもサミア相手にはいつも感情が抑えられない」


 シウの言ってることは、私にも当てはまる。私なんて千年以上の記憶があるのに、こんなにも無駄に恥ずかしがって、大事なことを言わないからシウを困らせている。


「サミアは、僕の心を一番揺さぶる人だよ」

「私もそう。シウが特別」


 返事のつもりなのか、シウが私の首の後ろに、チュッと軽いキスをした。その部分と、耳が燃えるように熱くなる。


「大好き」


 聞き慣れたシウの声が、そっと囁いてくれる。私は黙ったまま、シウの呼吸と自分の呼吸のペースを合わせていた。穏やかで満たされた気持ちだ。私はいつまでも未熟なところだらけなのに、シウが好きだと言ってくれるのが嬉しい。


 シウと親しくなったのは、セシオンの意思でもあるし、神の意思もいくらかは介在している。でも結局、好きになったのは私で、この気持ちを育てたのも私だった。私だけの宝物が、胸の内側からシウへ鼓動を送っている。


 平和になった世界で、静寂な夜が更けていった。

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