責任の取り方
本日2話更新しております。
「何よ、怖がることはないわ。女が誘惑してるのに、男が断るなんて失礼よ」
「こんなことに女も男もありません、これ以上は無理です」
シウは汚らわしいとばかりに、顔や衣服を手で払った。
「父上は生きています。隣室から、全てご覧になっていましたよ」
「何ですって? 私を騙したの?!」
「あとのことは父上が判断するでしょう」
それだけ言うと、シウは目にも止まらぬ素早さで部屋を出て外から鍵をかける。私もこれ以上、怒りに我を忘れて叫び始めたフレイヤを覗いても仕方ないので監視室を出る。
「あ、サミア……」
廊下でぱっとシウと目が合うが、居たたまれないように、辱しめられた乙女のようにシウは顔を背けた。
「僕、全身洗って浄化魔法かけて身を清めてくるから」
そのままシウは、ものすごい速さで走ってどこかへ行ってしまった。別にシウは悪くないし、あんなことくらいで汚されたとは思ってないのに。
それどころか、今までごめん、と謝りたかった。私は本当に、ついさっきまで嫉妬心とは無縁で生きていた。私がほかの誰かと仲良くするとき、シウはこんな気持ちを味わっていたのかもしれない。
初めてまともに体験した嫉妬の感情は狂おしく、どうやってこの苦しみを消化したらいいのかわからなかった。神に連れられていったディミウスを思い出して、こんなに苦しかったのかと聞きたくなった。
ふと振り返ると、静かにクロドメール国王が私の背後に立っている。
「陛下?」
「サミア、あなたはどう思う。フレイヤをどう処罰するべきか。それから、いくら地脈が乱れていたとはいえ、このような下らぬ女の言いなりになっていた私の罪は?」
血が滲んだままの唇で、淡々とクロドメール国王は問いを重ねた。
「陛下がなぜ私に聞くんだ?」
「あなたは、神に近しい者だろう」
どうやら、クロドメール国王は流石の推察力で私の正体に何となく勘づいているようだった。怪我の治療中にシウとの会話を全て聞いていたせいだろう。かつては神の意思を人々に伝える天使だった私は、仕方なく姿勢を正す。
「では伝えよう。神は、私たちにありとあらゆる行為を許して下さっている。どれほど愚かで、神の意に反してもだ。なぜなら、考え方の違いでいちいち罰するのなら、初めから別の意思や考え方を持つ存在を作る必要がないからだ。神は寂しがりやで、多くの命の繁栄を望む。しかし、人には人の法があって然るべきだろう。そうでなければ、集合体として治安を維持できない。罪とわかってそれを犯したものには、法に則った処罰が良いだろう」
偉そうに語ったが、何てことのない内容だった。うむ、とクロドメール国王は無表情で頷く。
「つまり、神はあらゆる命を尊重せよと言っているのだな?」
「そうだ」
「確かに、フレイヤは殺すには惜しい貴重な労働力だ。私を突き落とせるほど腕力が強いことが判明したからな。では、私を殺そうとしたことは未遂に終わったことだし、刑を減免するとしよう。死刑ではなく、貴族の身分を剥奪し、罪人として鉱山で労働させる」
「鉱山? いくらなんでも、貴族女性がいきなり鉱山で働けるとは思えないが……」
鉱山の事情まではよく知らないが、重労働であると思われる。失くなったと思った同情心がわずかに湧いた。こういうのって、一般的に修道院送りかと思ってた。
「鉱山の責任者の男を誑かせば軽作業になるだろう。宿舎の掃除などもある。そうして、いくらでも若い男を誘惑して暮らせばいい」
乾いた、咳のような声でクロドメール国王は笑った。実の息子を誘惑されて怒ってるのか、年寄り扱いされて怒ってるのか、あるいはもっと複雑かもしれない。クロドメール国王はすぐに感情を引っ込め、重々しい息を吐いた。
「では、私の罪はどう贖うべきか?」
「国王陛下にしかできない責任の取り方があるだろう。戦争を終結させ、侵攻した国に賠償をして、復興支援することだな。大変そうだから退位してシウにやらせるのは個人的に認めない」
感じ入ったようにクロドメール国王は深く頷いた。
「なるほど。あなたは存外にしっかりしている。あなたがアンブロシウスと婚姻して、将来的に次の王妃になってくれるのならこの国は安泰だな」
これには、うまく答えられなかった。




