フレイヤ王妃にかける罠
王妃が悪人なのでちょっと胸くそかもしれません。
フレイヤ王妃が軟禁されている部屋の隣室に、私たちは移動した。私の横にはクロドメール国王と大臣が座っている。
「この覗き穴と伝声管から向こうを覗ける」
並んで壁に空いた小さな穴と、長い金管楽器のようなものをクロドメール国王自らに説明され、私は戸惑った。とても原始的な仕組みだ。何で魔法を使わないんだろう。
「魔法を使うと察知されることがある。これが意外といけるんだ」
「な、なるほど」
国王は私の心を読んだかのように、一瞬笑んだ。貴族とか王族は魔力察知に長けた者が多い。フレイヤ王妃も元は侯爵の娘であり、盗聴に敏感だそうだ。
「始まるぞ」
レンズの入った覗き穴からは、沈んだ様子でぼんやりベッドに横たわるフレイヤ王妃が窺えた。予定通り、シウが鳴らすノックの音にがばりと起き上がる。
「いかがお過ごしですか?フレイヤ王妃」
思った以上に芝居が上手いシウが、沈んだ様子で入室した。
「まあ、アンブロシウス王子。おひとりで私を訪ねるなどどうされたのですか?」
慌てて手で髪の毛や服の皺を直しながら、フレイヤ王妃は媚びた声を出した。
「実は……父上が亡くなりました」
「そんな」
フレイヤ王妃は片手で口を押さえる。そういえば、以前謁見室で会ったとき、彼女は高そうな羽根飾りの付いた扇子を愛用していた。
当然今は持っていないので、その手は自身の唇をむにむにと触っていた。とても悲しみの感情があるようには見えない。
「教えてください、父上はバルコニーから落ちたと聞いていますが本当ですか?」
「もちろんですわ、足を滑らせて……」
「でも、手すりは胸下ほどの高さです。打ったのは後頭部ですし、足を滑らせて落ちたなんて考えられません。あなたが突き落としたのではありませんか?」
刺激して赤くなったフレイヤ王妃の唇が、にいっと笑った。私の背筋に悪寒が走る。後添えであるフレイヤ王妃はまだ若い。軟禁中のため化粧をしていなかったが、唇の血行を良くするだけで美しかった。でも私は、彼女にそこはかとない嫌な雰囲気を感じている。
「そんなの、どちらでも良いことではございません?」
すっとフレイヤが近付き、シウの手を握った。
「国王陛下が亡くなって忙しいはずですのに、こうしておひとりで私を訪ねて下さったのは、どうしてかしら? あなたも陛下が憎かったのでしょう?あなたのお母様、無実のセレーナ妃殿下を浮気者だと責め立て、寿命を縮めた陛下が憎かったのでしょう?」
キスでもしそうなくらいにフレイヤが迫っていた。フレイヤの今の気持ちを聞き出すための演技とはいえ、抵抗しないシウの姿に少し苦しくなってしまう。
シウの外見はとてつもなく美しく優れているから、当然女性にもてる。でも旅の間、こんな光景は見たことがなかった。意外とシウは、危なそうな女性とは上手に距離を保っていたんだろう。
「ええ、僕は父を憎んでいました。でも殺そうとまでは……」
「事故ということにして下されば良いのです。これからはあなたが新王、あなたこそが法ですわ」
その一言でフレイヤに殺意があったこと、反省する気持ちが全くないと知るには十分だった。
「大臣たちは私を悪者に仕立て上げようとしています。その方が収まりが良いから。でも、あなたは哀れな私を許して下さるのよね?」
「そのつもりです」
シウの返事に気を良くしたのか、フレイヤは更に罪深い行動を続ける。信じられないけど、つま先立ちになりキスをしようとしていた。
なんとか微妙にシウが顔を背けるので、身長差もあってフレイヤの唇はシウに届かなかった。フレイヤは代わりに下品ないやらしさを漂わせ、シウの首筋に指を滑らせた。
「逃げなくてもいいのに」
「……僕が王となってよろしいのですか? 王妃はご自分の息子を王にしたかったのでは?」
「こうなってしまっては無理でしょう。あの子はまだ9歳です。順当に、第一王子のあなたが王位に就くことになると私でもわかりますわ」
それはわかってもシウの気持ちはわからないのかと私は叫びたかった。シウは目立った拒否こそしないものの、顔色が悪くなってきている。フレイヤは好き勝手にシウの顔のあちこちを触った。
「かわいそうに。こんなにも美しいばかりに、実の父に疎まれ、幼い頃から戦場にばかり行かされて。女の温もりなんて知らないのでしょう?」
「僕には婚約者がいますから」
シウの目線が、ちらっと覗き穴のあるこちらを向く。断るのはいいけど、バレるからこっちを見るなと心の中で注意した。
「ああ、あの子? セシオンの生まれ変わりだから執着してるだけでしょう? 利用価値はあっても、やはり魂が男のままですもの。口調や仕草が荒っぽくて色気のかけらもないし、きっとまともな夫婦関係なんて築けませんわ」
なぜか私までこき下ろされて、腸が煮えくり返るってこういう気持ちかと初めて知った。さっきから、初めて知る嫉妬心に頭がどうにかなりそうだった。ふと横を見れば、クロドメール国王も唇を噛み締めすぎて血が滲んでいる。しかし自罰趣味でもあるのか、全く目を離さない。
「ねえ、もっとお父様に復讐したいのではなくて?」
「もう亡くなっているのに、どういう意味ですか?」
「とぼけないで、アンブロシウス」
馴れ馴れしく名前で呼び、フレイヤは豊かな胸を押しつけるように抱きついた。フレイヤはそれが彼女の思う色気というものなのか、上目遣いでシウを見つめる。
「私にあの人を忘れさせて。あんな年寄りなんかより、もっともっと良くしてよ」
ぞわっと全身の血が逆流するようで、吐くかと私は覚悟した。フレイヤに対しての同情心がひとかけらもなく消え失せる。信じられない、全く救えない人だ。もうこんな茶番はやめさせようと立ち上がりかけたが――
「やめてください」
きっぱりと、シウが冷淡に断った。フレイヤの両肩を押し下げ、激しい拒否を見せる。




