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和解

「アンブロシウス、お前はやっぱり私の息子だな。愚かなほど嫉妬深い」


 私はクロドメール国王が笑うのを初めて見た。確かに、顔つきは全く似ていないのに、笑い方がシウに少し似ていると思えた。


 私はおかしくなって、堪えきれずに変な息を漏らしてしまった。だって前から思ってたけど、シウの嫉妬深さは異常なくらいだ。私が白竜のアイギスに迫られたときとか、教皇のマルクスと少し近付いたときとか。


「そうかもしれませんね。父上の英才教育の賜物でしょう。ことあるごとに、幼い僕から母上を取り上げようとしていましたから」


 シウは少しつんとして言う。クロドメール国王が意識不明だったときは穏やかだったのに、なぜ直接話すとこうなってしまうのか。クロドメール国王は笑みを引っ込め、渋い顔になった。喧嘩になりそうで、私は二人の間にそっと立ってみる。


「すまなかったな。あの頃は、お前が私の息子とは思えなかった。お前は生まれた瞬間から、あまりに美しく、賢かった。セレーナがお前のように美しく、多才な男に誘惑されて出来た子かと思うと膓が煮えくり返って仕方なかったんだ」


 セレーナとは、亡くなったシウの母君の名だろう。でもクロドメール国王の呼び慣れた雰囲気は、未だに彼女が生きているかのようだった。よほど彼女を愛していたのだろうし、そんな人が生んだ子が髪の色も瞳の色も双方と全く違うなんて、心中を察するに余りあった。


 しかしシウが美しいのは、神が思う存分腕によりをかけたせいで、髪や瞳の色はなぜか白竜だった頃を引き継がせたせいだ。元は白竜だったシウは、生まれ変わりの際の望みに『折角なら美しい王子がいいかな』なんて、ふわっとした望みを伝えたという。全然悪いことじゃない。


 悪いのは、人の心の機微がわからないあの、うっかり屋の神だ。


「その点については、私から謝らせて欲しい。申し訳ない。完全に神の配慮不足だ。事前にお告げでもしておけば混乱を招くこともなかったんだ」


 責任を感じて私が謝ると、クロドメール国王は目を丸くした。


「あなたはやるべきことをやっただけで、何も悪くない」

「いや、私は少しばかり神に近しい存在だから」


 何せ神は私の直接の親だ。でも、そうとは知らずセシオンの生まれ変わりと信じているクロドメール国王は首を振る。


「……そうかもしれないが、やはり私自身の責任だった。アンブロシウスが伝説の白竜の生まれ変わりと判明した後も、今度は私より何もかも優れている息子の存在が疎ましかった。知識も力量も遥かに劣る私など、いらない存在なのだと見下されてるようで……」

「僕は見下してなんかない」

「ああ、そうだったな」


 シウが声を荒らげ、言い争いになりそうだったが、国王は余裕綽々でにやっとする。私はぴんと来て口を挟んだ。


「あの。もしかして、国王陛下は私とシウの会話のほとんどが聞こえてたのでは?」

「そうだ。反応出来なかったが、アンブロシウスが私の枕元に来て、呼びかけてくれたときはっきり聞こえた。それからは全部聞いていたぞ。実は私を父として頼っていたとは知らなかった」

「だって、シウ」

「……」


 シウは口元を手で押さえて白い肌を紅潮させた。何というか、シウの魂と記憶は間違いなく千年生きた白竜だけど、そうしてると17歳の青年だった。父親と面と向かった状態で、自分に素直に気持ちを話すのが難しい御年頃だ。


「もう遅いかもしれないが、少しは私の良いところに似てもらえるよう努力しなければいけないな」


 普通の父親らしい眼差しがどんなものか私は知らないけれど、多分こういうものなのだろう。クロドメール国王の青い瞳には、自身への戒めや、息子への愛情が複雑に浮かぶ。


 そこに小さく扉がノックされて、隙間からカタリーナが小動物のように顔を覗かせた。


「お父様の声が聞こえてたので……お目覚めになったの?」


 涙目のカタリーナが、しっかりと上半身をベッドに起こしているクロドメール国王の姿を捕らえる。


「ああ、カタリーナ。こちらへおいで」


 カタリーナはすぐにベッドに駆け寄って、クロドメール国王にすがって泣いた。流石に娘には甘いのか、国王は彼女の栗色の髪の毛を優しく撫でる。シウも妹に対しては素直に親愛の情を差し向けた。


「もう大丈夫だよ。カタリーナには今まで心労をかけたけど、僕と父上は、少し和解したから」

「そ、そうなのですか? 良かったですわ!」


 シウは少しとしか表現していないが、カタリーナはまるで全て解決したかのように喜んだ。


 よく考えたら、カタリーナは二人の確執に巻き込まれた被害者だった。本来ならのんきで優雅な王女生活を送れるはずだったのにと思うと、このままもうしばらく、3人に親子の語らいをさせてあげたいところだ。――なのに、空気の読めない大臣たちがぞろぞろ入室して、雰囲気をぶち壊した。


「陛下のご回復をお祝い申し上げます。必ずやお目覚めになられ、我らをお導きになると信じておりました。して、陛下の玉体に傷をつけた王妃殿下の処遇はいかが致しますか?現場を調査したところ、やはり故意の事故のようですが」


 一番年嵩の大臣が質問をしてきた。クロドメール国の最高権力者は、シウから国王陛下に戻ったのだ。


「うむ、その通りだ。口論になり、私が頭を冷やそうとバルコニーに出たところ、フレイヤ王妃が後ろから突き落としてきた」

「一体、何を話し合われていたのですか?」

「各国への侵攻をもうやめようという話だ」


 ため息をつき、クロドメール国王はシウを横目で見た。


「アンブロシウスの参戦なしでも戦果を挙げられるはずだと躍起になっていたが、我が軍の被害が大きすぎる。それに、仮に勝って占領下に置いてもそのあとの防衛維持にどれだけ人員と経費がかかるか、アンブロシウスが計算してくれたな。だがフレイヤは、侵攻中のボルディア王国の秘宝の首飾りが欲しいとか、リズニア王国のティアラが欲しいとか騒ぎたてた」


 各国の王家が持つ秘宝は、やはりお金では買えない希少な宝石だが、そんなものの為に戦争を起こしていてよい訳がなかった。厳しくクロドメール国王は眉をひそめた。


「騙されていた私にも責任はあるが、フレイヤは私や、他人の命より自分の欲望を優先する女だとはっきりわかったよ。今まで散々贅沢をさせてやったのに、私を殺そうとしたのだぞ? 王国法に照らし合わせれば極刑に値する」

「でもそれは、この国の、特に王宮周辺の地脈が澱んでいたからかもしれない。今は直ったから反省してるのでは?」


 フレイヤ王妃は感情的な人だけど、少し可哀想になって私は遠回しに減刑を頼んだ。フン、とクロドメール国王は鼻で笑う。


「ではアンブロシウス、一つ芝居を打ってくれるか?」

「え?」


 突然話を振られたシウは、肩を揺らした。

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