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父子

 クロドメール国王が運び込まれた部屋は、元々は応接室だったのだろう。今はベッドまで搬入され、聖女や侍医やら、手当てする大勢の人々に囲まれていた。


「アンブロシウス王子殿下が到着されました、そこを空けなさい」


 室内は騒がしかったが、大臣の一声でさっと頭付近の人垣が割れる。後頭部を負傷したらしく、横向きに寝かされているクロドメール国王の姿がそこにあった。自発呼吸はあるようだが、ただ眠っている人とは違いどこか危うげで、生気が感じられない。


「父上、聞こえますか?」


 シウはクロドメール国王の耳元に呼び掛ける。やはり反応はなかった。


「申し訳ございません、ずっと治癒の光は当てているのですが……」


 傍らに付き添っていた、白い神官服を着た歳若い聖女が掠れた声でシウに詫びた。聖女は憔悴しきって、目が血走り、唇は干からびている。シウは親切そうに微笑んだ。


「あなたが謝ることはない、ここまで治療してくれてありがとう」

「で、でも私では力が及ばず……」


 聖女とは、回復魔法を使える大変希少な存在である。なぜかほとんどが女性なので、一般に聖女と呼ばれている。しかしここにいる彼女は治癒力が弱いようで、クロドメール国王の負傷している頭部の傷は未だに血が滲んでいる。


「あとは私が代わろう」


 聖女は声を発した私に気付き、すぐに口元を両手で覆った。


「は、はい! サミア様のお話は聞き及んでおります。どうか、よろしくお願いいたします!」


 聖女は国王の生命を救う責任から逃れられた安堵が隠しきれていなかった。若い子だから仕方ない。私は彼女の肩を軽く叩いた。


「ああ。あなたが治癒をしてくれたから間に合いそうだ。休んでくれ」


 私はセシオンの生まれ変わりという触れ込みで、シウの婚約者となっている。セシオンは、男ではあったがどんな聖女より治癒力が高かった。そして神の申し子である私はもっと治癒力が高い。


「秘術を用いる。みんなに出てもらいたい」

「うん、後はサミアがやってくれるから。集中させてあげたいからみんな、退室してくれるかな?」


 第一王子のシウの命令に従い、みんな、そそくさと部屋を出ていく。国王が意識不明で、王妃は国王に傷害を負わせた容疑で監禁中である。クロドメール国において、現在はシウが最高権力者であった。


 私は、全員が扉の向こうに行ったのを確認してから、素朴な疑問をシウにぶつける。


「クロドメール国は聖女不足なのか?」

「いや、人口に応じてちゃんといるよ。ただ、治癒力の高い聖女は戦地に行ってしまってて、国にいる人は経験不足というか……」

「なるほど」


 クロドメール国王の采配とはいえ、皮肉な話だった。


「父上は助かりそう?」

「多分大丈夫だろう」


 私がそう告げると、シウもほっとしたように息を吐く。


「良かった」

「シウは、この父親を許してるのか?」


 クロドメール国王は、シウの美しすぎる容貌が自分に全く似ていないと亡くなった先王妃の浮気を疑い、つらく当たったそうだ。先王妃が亡くなったのは病によるものだが、愛しているのなら信じるべきだったと思う。


 それに、幼い頃から強靭な肉体と力を持っていたシウを、危険な戦地に送り、一度は死にかける原因を作った人物だ。今は現王妃にそそのかされて領土拡大を求めて周辺国に戦争を仕掛け、シウの終戦の請願に応じない。かなりどうしようもない人だと、私は密かに思っている。


 だけど、シウは意外そうに目をしばたたかせた。


「そもそも恨んではいないよ。だって、信じられないくらい素敵な母上と、弟と妹たちに出会わせてくれた人なんだから。それに戦地に行っていなかったら、前世の記憶を思い出すのが遅れたかもしれないし」

「シウ、何でも前向きに考えすぎじゃないか?」


 また雨のち晴れ理論かと、私は手術準備にその辺にあった白いガウンを着ながら呆れた。


「別に無理に好きになろうとはしてないよ。でも僕、前世で竜だったときは父親なんて知らなかったから。初めて父と呼べる存在がいて、嬉しいことだと思ってる。心のどこかで頼ってるのかもしれない」


 シウは慈愛を込めて、クロドメール国王の頬に触れた。不思議な光景だった。


「それにサミアがさっき言ってたけど、親が元気だと助かるよね。僕は、まだ王になりたくない。父上には、国王としてまだまだ働いてもらうよ」

「……そうだな」


 私は侍医が室内に残していった手術道具の小刀を拝借して、魔力で切れ味を大幅に強化する。国王には痛覚を麻痺させる魔法をかけた。そして、さくっと四角く頭蓋骨を切り取った。血が勢い良く噴き出てくる。


「うわっ」


 シウが控えめに悲鳴をあげた。あの聖女だと治癒にかかった時間が長すぎたため、頭蓋骨内に血が溜まって危険な状態だったようで、予想通りに少し腫れもあった。


「えーと、その治療法も主の記憶のうちなの? 僕てっきり、サミアが神様にお祈りして治してくれるのかと思ってた」

「自分でできることは自分でやるよ、大丈夫」

「うわあ……」


 シウは患部を見るのが怖いのか、目を逸らしてしまった。私は順調に出血部位を確認し、治癒を施す。


「セシオンの治療の記憶は大事な知見だから、いずれ人々に伝えないといけないな。私やセシオンのように何でもできる人はそういないが、いつか魔導師と聖女が手を組んで治療するようになるかもしれない」


 私は外した骨を戻し、仕上げに治癒をかけ、失われた生命力を補った。すると国王の呼吸はずっと穏やかになった。


「もう目を覚ましてもいいんだけど、ほかに怪我があるのかな。シウ、国王を仰向けにして」


 王城の3階バルコニーから転落したとのことなので、体にほかに怪我があるかもしれない。既に応急処置はしたのか薄い白シャツ一枚にされているが、私は面倒なので小刀でシャツを切りはじめる。と、シウが私の手を止めた。


「待って! サミアは見ちゃだめ」


 さっきまで目を逸らして怖がってたくせに、と私は少しむっとする。


「ちょっと、誤解しないでもらえるか? 別に国王の裸が見たくてやってる訳じゃない。医療行為だ」

「でも、まず僕だけで見るから」


 ごちゃごちゃ騒いでいると、国王が呻いた。


「……何を、してる?」


 目を覚ましたクロドメール国王が、横になった状態のまま私とシウにギョロギョロと青い瞳を動かす。少し舌がもつれていた。


「父上! どこか痛いところは?!」

「ぜ、全身が痺れて感覚がない。私は……頭を打ったせいでこのような体になった、のか?」

「あっ」


 私は慌てて、さっき痛覚を麻痺させるためにかけた魔法を解除した。


「これで、大丈夫なはず。痛いところは?」


 クロドメール国王はシウに支えられ、上体を起こした。


「……ない。問題ない」


 恐怖体験をさせてしまったが、手を握ったり閉じたりして、国王は自分の体を確認して安心したようだ。質疑応答がスムーズで意識もはっきりしてるし、治療は上手くいった。


「サミアが治療してくれたんだよ。サミアじゃないと助けられなかった」


 シウが私の功労を褒め称えろと国王に主張するのが、少しおかしかった。


「そうか。礼を言う。ありがとう」

「どういたしまして」


 クロドメール国王は、意外と素直に、感じ良く私に礼を言ってくれた。何だか人格が変わってしまったみたいで、私は自分の治療に疑問を持ってしまう。大丈夫じゃないかも。


「頭にかかっていた霧が晴れたような気分だ……アンブロシウス、お前にも迷惑をかけたな」


 ずいぶん穏やかなクロドメール国王を前に、私とシウは目を見合わせる。国王はしばらく黙ったまま喉仏を上下させた。やがて、ゴホンと咳払いをする。


「実は、目を覚ます少し前からお前たちの会話が聞こえていた」


 どこからだろう、と私は少し恥ずかしくなる。シウも同じように微妙な顔をした。


「アンブロシウス、お前はやっぱり私の息子だな。愚かなほど嫉妬深い」


 私はクロドメール国王が笑うのを初めて見た。顔つきは全く似ていないのに、笑い方がシウに少し似ていると思えた。

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