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決戦準備

 翌日になって、私とシウはゼイーダ国王に会おうと王宮を訪ねた。ゼイーダ国は小国なので王宮はこじんまりとしているが、彼の人柄がにじみ出るような雰囲気の良い場所だ。温暖な気候もあり、随所に花が咲いて、小鳥が麗らかに囀ずっている。


 既に顔見知りの警備兵たちも、笑顔で白竜のアイギスに乗った私たちを迎えてくれた。その上、ゼイーダ国王に会いたいと行ったらすぐに丁重に一番広い応接の間に通され、お茶やお菓子が出てきた。


「やあサミア、アンブロシウス王子。来てくれて嬉しいよ。今日はどんな用かな?」


 焦げ茶色の髪に、鷹のような金色の瞳をしたゼイーダ国王は、私がある程度お菓子を楽しんだ後に、そろっと登場する。真のおもてなしの心を感じた。メイドとかがタイミングを報告してるんだろう。


 そのままで、とゼイーダ国王に言われたので私とシウは立ち上がっての挨拶すらしなかった。


 着席したゼイーダ国王は気軽にテーブルにあったクッキーをつまみ、それを口に放り込んだ。余裕綽々なところ申し訳ないが、私は重い口を開いた。


「こんなに良くしてもらって悪いんだが、陛下に避難指示を出してもらいたい」

「避難指示? 国内のどこかが危ないのかな?」

「今は危なくはないけど、この国に潜伏してる魔王と戦うから」

「うむ……」


 咀嚼中のまま、彼は低く唸った。クッキーがまずかった訳ではないだろう。私も同じものを食べたけれど、それはシンプルにおいしかった。そうではなくて、ごく当たり前の国王の感覚として、自国内で魔王と戦うのはやめて欲しいに決まっていた。以前セシオンと魔王が戦ったところは、すっぽり大地が消えて海になってしまっている。


 私は安心させようと、無意味に両手を広げてみた。


「例の呪文を使って国土を消失させたりはしない。でも、魔王は私の生まれたカルブ村に潜伏してるんだ。今は恐らく眠っているけど、起こしたら魔王が暴れる可能性がある」

「なるほど」


 私の説明に真剣に頷き、ゼイーダ国王は数秒天井を見つめた。


「わかった。折角サミアが進言してくれてるんだ、言う通りにしよう。人的被害は防ぎたい。でもそれは、あなたたちにも言えることだよ。今度は絶対に生きて帰ってきてくれ」


 金色の眼差しを私に戻し、ゼイーダ国王は即決を下してくれた。ゼイーダ国王は本当に話が早く、人間が出来ている。話せば話すほど、好感度が増してしまう。


「ありがとう」

「ありがとうございます、陛下」


 私とシウは心からの感謝を述べた。シウも間違いなく、ゼイーダ国王の一挙一動に感心しているようだった。


「私の父が、あなたのような方ならと思ってしまいますね」


 我慢しきれなかったのか、シウが苦笑いをしながら愚痴をこぼした。シウは昨日、かなり遅くまでクロドメールの終戦に向けての提案書を作成していた。それを父王に提出しても、返事がもらえるのは何日後かはわからないそうだ。


「いずれ、あなたの義理の父にはなる。何でも相談してくれたまえ。特に夫婦間のことでは先達しているつもりだ」


 いたずらっぽくゼイーダ国王は笑い、片目まで瞑って見せた。



 ゼイーダ国を後にして、私たちはアイギスに乗って再びクロドメール国へと移動する。魔王ディミウスの問題もあるが、クロドメールでの諸問題もある。


「この戦いが終わったら、ダニーロのレストランでおいしいものを食べながらロゼワインを飲むんだ……」


 私の呟きに、シウは頬をかいた。


「そういうセリフって、縁起が良くないんじゃなかったけ?」

「大丈夫、ディミウスは私にとって兄みたいなものだから。兄に勝てない妹がいると思うか?」


 冗談めかし、私は胸を張った。


「ああうん、いないね」


 間違いなくカタリーナのことを思い浮かべたシウは半目になった。昨日の誤解があって以来、シウはカタリーナにめちゃくちゃ冷たくされている。



 ◆



 クロドメール国についてから、私とシウは別行動となった。シウは将軍らと会議をして、色々と策を練るらしい。


 私は再び神殿にいるマルクス教皇を訪ね、昨日と同じ小部屋に移動した。


「連日邪魔をしてすまないな」

「構いませんよ。私は教皇としての仕事以外では人に避けられていますから、暇なのです」

「そんな」


 私はマルクスの涼しげな、整った容貌を見つめた。初対面の印象では、かっこいいから暇をもて余したマダムに大人気と思っていたが、違うんだろうか。


「世の中の皆様はサミア様と違って後ろめたい過去があるので、私に見られたくないようです。まあ私も、もし私と同じ能力の方がいたら、絶対に会いたくありませんね」


 過去の事象を見通す不思議な紫の瞳を細め、マルクスは自嘲めいた冗談を言った。


「いや、私も決して立派な行動ばかりじゃないけどな」


 昨日、シウの胸にすがって泣いたところまでマルクスに見えているのだろうかと、私は照れくさくなって髪をいじった。


「サミア様の過去は、どこを見てもかわいらしいですよ」

「そ、そういう言われ方は苦手だから……」

「失礼しました。それから、昨日の私の失言もお許し下さい」

「それは発破をかけてくれただけだろう、気にしてない」


 マルクスは申し訳なさそうに長い睫毛を伏せる。彼なりに恥じているのかもしれない。昨日は、シウを捨てて自分の手を取れなどと大胆な申し込みをされたのだった。


「……サミア様は全て思い出されたようなので、もう私がお力添えできることはありません。神のご加護をお祈りしております」

「世話になったな、マルクス。どうにかお礼をしたいのだが、何かないか?何でもいい」


 垂らした真っ直ぐな金髪で顔を少し隠すマルクスが寂しそうで、私は親しみを込めて提案をした。過去を見透かすマルクスは、その能力故に孤独であるようだった。


「では時々でいいので、このようにお話してくださると光栄です」


 ぱっと顔を上げたマルクスは、青紫の瞳を期待に潤ませていた。


「そのくらいでいいのなら……」

「はい、私はサミア様が側にいてくれるだけで私は幸せです。これからよろしくお願いいたします」


 マルクスは手を差し出してきた。それは握手の申し込みだったので、私は彼の温かい手を軽く握って笑った。


 ――記憶を全部思い出したので、私は20代中頃のマルクスさえも、かわいらしい仔犬や弟のように感じていた。


 なぜなら、私は千年生きたシウの魂より更に大昔に生まれた魂だ。天界でごろごろしてばかりだったから、精神年齢は育たなかったけど。私の長い長い過去を知っているマルクスの前では、立派な存在でいたいのだった。




 数日後、ゼイーダ国王が発令してくれた避難命令によってカルブ村の周辺住民は安全な場所へと移動した。そうして、戦いの準備が整ったのだった。

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