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兄と妹

「しかし、魂に刻まれた過去を読むなんていうすごい能力を持った教皇がいるなら、事前に教えて欲しかった」


 シウとカタリーナと共に広い王宮を歩いてサロンに移動する道すがら、私は文句をこぼす。聞いていたらクロドメールには来なかったかもしれないけど。


「ごめん、びっくりした? 僕にはサミアが本物だってわかってたから、そんな判定しなくてもいいと思ってたんだ。でも父上と王妃は、僕が突然捜索の旅に出たことを含めて、僕を狂人にでも仕立て上げたかったんだろうね」


 シウは私やカタリーナに歩調を合わせ、長い脚をもて余すように歩きながら笑う。でも色んな感情が渦巻いているのか、その目元は笑っていなかった。


「あ、その、教皇の能力が使えるのは生まれ変わりが本当かどうかの判定だけじゃない。これで10年前、私の身に何が起こったのか判明して、魔王への手がかりが見つかるかもしれないんだ」


 私の魂がこの体に宿った経緯や、本来ここに存在するべきはずだったセシオンに何をしたのか。私は教皇に聞きたいことがいっぱいだった。彼があの場で私を偽物だと糾弾しないでくれたことが、心からありがたかった。


「あっ、そっか。そうだね」

「のんきだな。私は明日にでも彼と話をしたい」

「わかった、使いを出しておくよ」


 シウが軽く手を掲げると、どこにいたのか若い侍従が駆けつける。壁に同化でもしてたのかっていうくらい、今まで存在感がなかった。シウはその侍従に色々と指示を出している隙に、カタリーナが私の腕の辺りにそっと触れる。眉を下げたカタリーナは、私の耳元に口を近づけた。


「教皇聖下のことで、あまりお兄様を責めないであげて下さいまし。お兄様は多分、聖下の存在を意識に上げるだけでもおつらいのですわ」

「どうして?」


 謁見室でのシウにそんな素振りはなかった。


「聖下がもっと早く、あの偉大なお力に目覚めていたらと思ってしまうのでしょう。お兄様は、お父様や亡くなったお母様と全く似ていません。ですから生まれた当初は、不義の子と疑われていたそうです」


 私は驚いて、カタリーナの緑の瞳と視線を交える。確かに、シウは妹のカタリーナや父の国王と全く似ていなかった。シウは白銀の髪に紺碧の瞳と、圧倒的なまでの美貌を持つ。国王は金髪碧眼で、面長で冷たそうな容貌を持ち、似ているとは言えなかった。


「私も幼かったので後から聞いた話ではございます。でもお母様はおつらい思いをされたまま、特に身の潔白を証明できることはなくお兄様が6歳、私が5歳のときに亡くなってしまいました。教皇聖下があの能力を公表なさったのは、つい最近です」

「なるほど……」


 シウが前世の記憶を取り戻したのも、つい最近だ。ずいぶん心労があったのだなと思わせる話だった。


 以前にシウが、亡くなった母君に迷惑をかけてしまったと言っていたのも、正確にはそういう意味だったのだろう。全く創造神は、配慮が足りないにも程がある。うっかり屋で全知全能じゃないとは知ってるけど、ここまでとは。


 侍従との話を終えたシウは、私たちが何を話しているのかと聞きたげに近寄ってきた。


「何の話?」

「シウは教皇が苦手なんだってな。明日教皇のところに行くときは、私ひとりで行くよ」

「えっ、僕も一緒に行くよ」

「いいからいいから」

「……わかったよ」


 シウへの配慮も含め、私はどさくさ紛れに教皇と二人きりで話をする機会を得た。悲しいけれど、シウがいては話せないことが多くある。




 到着した円形のサロンは、今日も高いガラス窓からの陽射しが眩しい。そこには色とりどりのケーキや、積み上げられた鮮やかなマカロンが用意されていた。ちょっとしたパーティーのようだ。


「すごい量なんだが?」


 子ども用の椅子やカトラリーが見当たらないので、今日は幼い弟妹たちは呼ばれていないようだ。3人でこの量を食べるつもりなのかと私はカタリーナに問いかけた。なお、お貴族様のようにに多かったら残せばいいじゃないという発想は私にはない。


「実は帰還されたお兄様とお話がしたいと、将軍閣下や部隊長やあちこちからお申し出がありましたので、勝手ながら場を用意させました」

「そうなんだ?」


 カタリーナの報告にシウは目を丸くする。私も補佐官のような彼女の態度に少し驚いた。いや、こういう場を取り仕切るのも淑女のたしなみなのか。よく見ると、男性を意識したのかガラス製のケーキスタンドに載せられているのはミートパイやサーモンのキッシュなど、甘くないセイボリー系が多い。テーブルにはワイングラスなども置かれていた。


「そうなのです。長く国を空けていらしたから、皆様お兄様とお話したいのでしょう。昨日は遠慮されたようですが」

「うーん、わかった。用意してくれてありがとう」


 軽く肩を回し、シウは顔を引き締めた。元々引き締まっているけど、責任ある第一王子の仮面を付けたような感じだ。


「アンブロシウス殿下!無事のご帰還お祝い申し上げます!」


 すぐにやって来た将軍らしき人や、隊長格のごつい人たちでサロン内はちょっと男くさくなった。実際にはくさくないけど、見た目の問題や聞こえてくる物騒な話題のせいもある。


「サミア様はこちらへ。私とお話しましょう」


 私とカタリーナは、予め用意されている、彼らから離れた席にかけた。侍女がケーキなどを取り分けて持ってきてくれる。


「カタリーナは苦労してるんだな」


 元気で明るい印象のカタリーナだったが、思ったより気遣いの人だと感心してしまった。しっかりものの長女という感じだ。


「そんな、私なんて世間から見たら大した苦労はしていませんわ。それに周囲の方はみんな優しくしてくれますもの」


 カタリーナはきれいに微笑む。造形は似ていなくても、その笑い方は少しシウに似ていた。やっぱり兄妹だ。


「でも、カタリーナが大好きな兄なのに、私が遠くにいたせいでしばらく不在にさせて悪かった」


 侍女たちは優しいかもしれないけど、権力はあまり持ってない。幼い弟妹はかわいいけど無邪気なだけだ。カタリーナが根本的に頼れる存在は、どう見てもシウしか見当たらない。だってあの国王や王妃は、カタリーナの味方になってくれそうもなかった。


 カタリーナは僅かに目元を赤くしてティーカップの取っ手をつまむ。数秒の沈黙に、カタリーナの心細さが滲んでいた。


「いいのです。お兄様はちゃんと帰って来てくれましたもの。それもサミア様という、素敵なお姉様を連れて」

「お、お姉様?」


 初めての呼ばれ方に私は体がくすぐったくなった。シウといつかちゃんと結婚したらカタリーナは義理の妹にはなるけど、その呼称は勘弁して欲しい。


「早く正式なお姉様になって欲しいですわ。私、ずっと姉が欲しかったのです。遠慮のない意見を言ってくれる人と一緒にドレスを選んだり、恋の話とか、ときには明け透けな話したり……」

「気が早いって」


 カタリーナの思考はどんどん先に進むのか、私と遠くの席にいるシウを交互に見て頬を染める。


「サミア様って、不思議なお方」

「カタリーナの方が不思議だ」

「あら、初めて言われましたわ」


 私とカタリーナは、うるさくならない程度にくすくす笑いあう。こんな風にお茶とケーキを囲んで女の子同士のお喋りを私が楽しめるとは思っていなかった。


 私にとって、秘密を守りたい理由がひとつ増えた。

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