王妃の勘
現在の王妃は後添えであるが故に、まだ少女のように若い。しかし、彼女の垂れ目がちの黒い瞳は私を嘲笑するように下まぶたが持ち上がっていた。どうにも親愛の情は感じられない。
「ひとつ聞いてもよろしいかしら? どうして偉大なセシオン様が小国の片田舎の孤児、それも女性に生まれついたのでしょう? あなたはただセシオンの生まれ変わりと偽証している、魔力の強いだけの方に過ぎないのではないかしら?」
王妃はこちらの返答も待たず、私を小馬鹿にしたように問いかけた。はっきり言って大当たりだが、動揺するような私ではない。
「それは私が望んだからに他なりません。私は本来は生まれ変わったら静かな暮らしを望んでおりました。ただ、私の元相棒が置かれている境遇を聞いて気が変わったのです。私は世界の平和と安寧を望みますから、シウと共に貴国の今後について口添えしていく所存です」
私の生まれについてはセシオンの望み通りだった。だから私は胸を張る。ついでにシウと共にクロドメール国のやり方について口出ししていく、もう侵略戦争はさせないぞ、と遠回しに宣言をした。
「ほほ、大した嘘つきだこと。けれど私の女の勘は騙せないわ、あなたは偽物よ。アンブロシウスは長い放浪の旅の末に、悪い女に騙されたようね」
王妃はにんまりと目を細め、意味ありげな視線を王に送った。まあ確かに王妃の勘は優れているけど、どうやって私が偽物だと証明するのだろう。
王は王妃の意のままに、わざとらしい咳をした。どうやら何らかの企みがあったらしい。
謁見室の右側、置物のように身動ぎすらしなかった騎士たちがさっと移動する。その後ろから、白い法服を着た神官らしき人が現れる。私はさっきから壇上にいる王や王妃を見上げているので、全然気づかなかった。
真っ直ぐな金髪を肩下まで伸ばした神秘的な男性の神官が、射抜くように私を見つめていた。
「誰?」
みんなが押し黙ったままで誰も紹介してくれないので、私はとなりにいるシウに小声で聞く。あの神官が何かを判定するようだが、私は余裕だった。
「ミュラー教皇聖下だよ」
「へえ。まだ若そうなのに教皇?」
教皇といえば、宗教団体の一番偉い人だ。創造神を崇める宗教団体や教会は世界中にあるが、地域によって少し派閥が違う。クロドメールは大国なので創造神教はそれなりの規模と人数のはずだが、ミュラー教皇はまだ20代の、涼しげな顔をした青年だった。
「厳しい修行によって、とても貴重な能力を得られた方なんだよ」
彼は静かに、じりじりと私に近づいてくる。教皇は珍しい青紫の瞳をしていた。その瞳には、今にも溢れそうな涙が湛えられている。
「え……」
なんで泣きそうなのこの教皇、と私はシウの袖を引っ張る。王や王妃、騎士やらの注目を浴びる中、無言で泣き出しそうな教皇が近づいてきては対応に困る。
「だからその、教皇はその人の魂に刻まれた過去を読めるから。サミアの魂を読んで感動してるんじゃない?」
「は?」
ざあっと血の気が引くのが感じられた。聞いてない。
そんな魔王より私にとって危険人物がいるなんて、一切聞いてない。
「僕も教皇聖下に、ラーズの生まれ変わりだと判定してもらったんだ。誰も知らないはずの、僕の昔の出来事まで読まれてちょっと恥ずかしかったけど」
シウが穏やかに話す声が、遠くなったり近くなったりしてるようで、目眩がして倒れそうだった。シウは私がセシオンだって信じてるからそんな風でいられるのだろうけど、私は教皇を消してしまいたくなった。人を殺めるなんていけないけれど、瞬きすらせず私を見つめてくる青紫の瞳が恐ろしい。
ばれてしまう。
私が、セシオンじゃないって。
教皇は私まであと一歩、という所で足を止め、がばっと跪く。意味がわからなくて私は固まった。
私への同情か?
死刑宣告みたいなものだから?
教皇が息を吸う瞬間が、永遠のように長く私の心身を冷やした。
「――この方が言うことは、全て真実です。この方は、誰よりも清らかで崇高な魂を持っていらっしゃいます。皆、この方に従うべきです」
顔を床に向けているのに、謁見室に響き渡るくらい高らかに、教皇はそう唱えた。恐怖で幻聴でも聞いたのかと、私はシウの顔を見る。シウは誇らしげに微笑んでいた。
「えっと……」
教皇の魂の過去を読むとかいう能力が嘘だったのか。
それとも、全てお見通しで、私をかばって嘘をついているのか。あとで私を脅すつもりなのか。どれとも知れないが、とりあえず私は延命をした。
「嘘よ! 聖下、どうして嘘をつくの? 私の女の勘を甘く見ないでちょうだい!」
王妃が金切り声をあげる。この王妃の勘もちょっとした特殊能力の域だけど、教皇は床に敷かれた絨毯に、涙の染みを落としながら立ち上がる。嘘をついている良心の呵責で泣いているのか?
「王妃殿下、私を嘘つきなどと卑しめないで頂きたい。あなたの隠している諸行をこの場で申してもよろしいのですか?」
「ひっ……」
実際、教皇は何らかの特殊能力で他人の弱みを握り放題ではあるらしい。王妃は顔を引き攣らせ、ぶんぶん首を振る。存在感のない王は訝しげに王妃を見るばかりだ。
「サミア様」
「は、はい」
「今後、あなたの心を煩わす些末なものがございましたら私にご用命下さい。すぐに排除いたします。私はいつでも神殿におりますので。では」
にっこり笑いながら、神職とは思えない発言をしてミュラー教皇は謁見室を出て行った。私の味方になってくれたからか、急にかっこよく見えてしまった。今さら気づいたけど、あの教皇は信者が熱狂しそうなすごい美形だ。
「なんか、ちょっと妬けるな」
私の心を察知したのか、シウが私に軽く肩をぶつけてくる。後で教皇とはじっくり話し合う必要があるが、この日の王と王妃との謁見は終わった。王妃がヒステリーを起こして、会話にならなくなったからだ。
謁見室を出ると、そこにはカタリーナと侍女が待ちわびていた。カタリーナが栗色の巻き毛を揺らして小首をかしげる。
「王妃殿下の声がこちらまで聞こえてましたわ。お兄様とサミア様のお耳は大丈夫でした?」
軽口を叩くカタリーナに、私は安心の笑みをこぼした。
「心配してくれてありがとう、僕たちは大丈夫だよ」
シウも同じだったのか、ふふっと笑う。シウとカタリーナは、亡くなった先王妃の子どもだ。ほかの弟妹は現王妃、または愛人の子どもとなっている。複雑な環境だからなのか、この二人にはそれなりの連帯感があった。
「お疲れでしょうから、お茶と甘いものをいかがかしら?」
とても魅惑的な誘いに乗り、私たちはサロンへと足並みを揃えて移動する。




