捜索はじめ
「疑うようで悪いが、あなたがセシオンの生まれ変わりか確かめるために、少しだけ質問をさせてくれ」
ゼイーダ国王の眼差しはどんな真実をも見抜きそうに鋭い。しかし私は広い会議室にゼイーダ国王と二人きりであっても、間近で見つめられても、さして緊張していなかった。
少し笑って、質問を待ち構えた。ゼイーダ国王は頭に浮かんだ質問を選びかねているのか、迷いながら引き締めていた口を開く。
「私とあなたが、2回目に会って私の部屋で一緒に飲んだお酒は?」
「引っかけか。陛下はあの頃は飲酒をしなかった。陛下はまだ少年だったし、多忙の身だったからな」
「では私の一番大切な親友は?」
「想像上の存在のピーターだろう」
余裕綽々で答える私に、ゼイーダ国王は目を見開く。
「疑ってすまなかった」
ゼイーダ国王は照れ屋だった昔を思い出したのか、こちらが恥ずかしくなるくらいに赤面した。さっきは猛禽類のように鋭かった金色の瞳は、奥ゆかしく伏せられた。
「あなたは間違いなくセシオンだ。心から尊敬するあなたを、国益のために利用する形になって申し訳ない。自分が恥ずかしい……」
「気にするな。立派な王になったと誇らしく見ていた。ゼイーダ国王が私の後見人になってくれるなら、十分私にうまみがある話だし、利害が一致してる」
私が全く気にしていないことを、ゼイーダ国王は恥じていた。私はなるべく彼の気持ちが軽くなるように肩をすくめて見せる。
「あの……あなたを抱きしめても?」
消え入りそうな小声でゼイーダ国王は囁いた。
「問題はない」
フン、と鼻で笑って私は軽く腕を広げる。ゼイーダ国王は私より長身で逞しいにも関わらず、どこか小さな少年のように私を抱きしめた。ゼイーダ国王の温かみが私を包む。
「セシオン……会いたかった。ごめん、今まであなたを見つけられなくて」
「記憶を取り戻したのは最近だし、シウは特殊能力で私を見つけただけだ」
「でも、私は魔王を倒したらこの国に住んで欲しいとあなたに何度も頼んでいた。それで生まれ変わったあなたはこの国にいてくれたのでは? 申し訳なくて……」
うぐっと喉を詰まらせて、ゼイーダ国王は泣きそうなのを我慢しているようだった。
「ただの偶然だよ。だけどいい国に生まれて良かったと思う。私の生まれ落ちた村は平和で、孤児院は貧しいけれど人々の心は清らかだった。領主は豊作や富を領民に還元して、祭りで配布するくらいだ。陛下の統治が良いからこそだ」
私は背中を2回、あやすように叩いてやる。これもセシオンがやっていたやり方だ。ゼイーダ国王はもっと感情を昂らせてしまうけれど。
「あ、あなたには、今度こそ幸せになって欲しい。アンブロシウス王子はあなたを愛しているだろうけど、たまに喧嘩でもしたらいつでも私の所へ来てくれ。実家と思ってくれたら嬉しい。今度こそ一緒に酒を酌み交わそう」
「その前に、魔王を倒さないと」
「魔王を?」
体を離すと、ゼイーダ国王の目元は涙に濡れていた。魔王を探しに出かけるところだったので、丁度ポケットに入っていたハンカチをゼイーダ国王に渡す。やはり魔王討伐にも国王と面会するときにも、ハンカチは必要なものだ。
「ああ、この古城に何度も魔王の手の内の巨大な兵が現れていることは知ってるだろう。前回は、倒しきれていなかったんだ。更に最悪なことに、私の前の体を盗んでいる」
「そんな……」
「だからもしも陛下の前に、17年前と変わらない姿の私が現れたら、偽物だから耳を貸さないで欲しい」
「わかった。国民にも周知徹底させる。それ以外に私に出来ることは?」
残念ながら何も無いので、私は首を振る。
「心配はいらない。死にかけの魔王だ。間違いなく倒せるから……結婚式には来てくれ」
ただし魔王を見つけることが困難というか、方法がわからないことは私は黙っておいた。
それから私とゼイーダ国王は、7日後の王都での再会を約束をした。その頃には私との養子縁組を証明する書簡が完成するそうだ。ゼイーダ国王は今度は3日くらいかけて王都に戻り、王印を押すというから国王も大変だなと思った。
「さあ、少し遅くなったが行こうか」
時刻は昼過ぎとなっているが、白竜アイギスの背に乗って私とシウ、白馬のメリッサは上空へと飛び上がった。古城が小さく霞み、モノラティの港町がおもちゃのように小さくなった。
「どこへ行きましょう? 皆さんを乗せて移動出来るのって、何だかいいですね!背中が温かい!」
アイギスは出発を喜び、元気いっぱいに空中を旋回した。魂を結ぶ契約をしているので、アイギスがどれだけ速度を上げたり体を傾けても、アイギスに私たちを『乗せる』という意識がある限り落ちることはない。アイギスの魔力のドームに覆われて暑さも寒さも感じず、ほんのり温かい最高の居心地となっている。
「とりあえず魔王城の跡地に頼む。ほかに手がかりがない」
「了解です!」
魔王ディミウスからは私の場所がわかるようだが、私はどれだけがんばってもヤツの気配だとか、居場所は探知出来ない。かつて世界を滅ぼそうとしていた頃に、魔王が一夜にして建造した魔王城くらいしか思いつく場所はなかった。
「まさか人間に生まれ変わって、白竜の背に乗るとは思いもしなかったなあ。こんな感じなんだ」
シウが膝を曲げて座ったまま、感慨深くアイギスの背中を撫でた。私は広いので寝そべってゴロゴロしながら、シウのどのような角度からも完璧な顔を見上げる。
「そう、快適なんだよ。前世ではいつも乗せてくれてありがとう」
「本当に信じられないくらい快適だね。なのに僕が嫌がるからって、アイギスとの契約を断ってくれていたサミアの深い愛情を感じちゃうよ」
「あ、うん……」
メリッサを見上げると、特に怖がることもなく立ったまま目を閉じてうとうとしていた。安全だとわかっているのだろう。
「着きましたよ」
すぐにアイギスが到着を教えてくれた魔王城の跡地は――ただの海だった。見渡す限りの青い大海原だ。アイギスは低空飛行をして海面すれすれを飛んでくれるが、波間には海藻やクラゲしか見えない。
「ここ?」
「そうですね。前世のサミア様とシウ様が、魔王をあの何でも呑み込むすごい魔法で倒しましたから、城も陸地もなくなって海と繋がりました」
「へえ……」
思わず他人事のようになってしまう。まあ実際これをやったのはセシオンだ。
「何にも感じないな。シウは?」
「うーん、僕もよくわかんない。でも主の体を使ってる魔王は、こんな海では生きられないんじゃないかな?」
「それもそうだな。人の体はエラ呼吸が出来ない」
アイギスは周辺をぐるぐる回って、それから高度を上げた。青い海が遠ざかり、波は小さな鱗のように一面に模様を描いている。だけどそれだけだ。
「じゃあ次は陸地の上を適当に飛ぶので、何か感じたら教えて下さい」
「うん、ありがとう」
アイギスは速度を上げて、陸地を目指した。この星には、5つの大陸がある。あとは数え切れない大小の島だが、どこに魔王が潜伏してるのかは想像もつかなかった。行き先不明、次の一手がない。詰んでるって状態だ。
「サミアが行きたいとこにいるかも。ねえ、どこか行きたいところは?」
「そんなの、世界各地のおいしいものがあるところだ」
「いいね、行こうか」
シウは悪魔が誘惑するように、美しく微笑んだ。




