ゼイーダ国王
「先触れもなく来てしまってすまないね。中に入って話せるかな?」
ゼイーダ国王、ファビアン・ニコラ・デ・ゼイーダは人の良さそうな笑顔を振りまく。
「それはまあ、この城はゴブラン卿のものだから入るのは別に……」
しかし同行しているゴブラン公爵はどっち付かずの苦笑いをするのみだ。国王はもちろん、私にも逆らえないようなのであまり水を向けても可哀想かもしれない。
「出かけようとしていたところだが、どうぞ中へ」
この2日間、私が寝ている間にシウは古城内を掃除してくれた。力が有り余っているらしい。長テーブルのある会議室が使えそうだったので、そちらに案内する。
私は護衛騎士たちを含めたみんなの分の紅茶を淹れてあげることにした。この古城には、大きくて美しいティーポットや揃いのティーカップが豊富にある。魔法でお湯を沸かし、茶葉を数分蒸らしてからカップに均等に注いだ。会議室内で一番奥の席にかけているゼイーダ国王の前にティーカップを置く。
「ありがとう。セシオンが復活したと聞いて、矢も盾もたまらず王都から何頭も馬を乗り継いで、とにかく急いで来たんだ。あなたは、報告にあった通りとてもすてきな令嬢になったんだね。まさか、あなたが手ずから淹れた紅茶を飲めるとは思いしなかった」
だけど私の中にセシオンの面影を探るように、彼の金色の瞳は注意深く動いていた。使者に伝えた婉曲的な表現だけではやはり不足で、私がセシオンの生まれ変わりか、まだ疑っていると思われる。私は精一杯セシオンらしく胸を張った。
「陛下はご壮健そうで何より。しかし長い乗馬でどこかお体を痛めたのであれば、私がかつてのように回復魔法をかけるが?」
「ふふっ……あはは、言うねえ。あなたみたいな美人に治療されるなんて、年甲斐もなく照れてしまうよ」
眦をゆるめたゼイーダ国王と私の間に、少しだけ親密な空気が生まれた。わかってくれたんだろうか。
「だけどあなたの婚約者の視線が突き刺さるようだな。私は婚約のお祝いを直接言いたかっただけなのに」
「陛下自らここにいらした理由は、本当にそれだけでしょうか?」
笑っているゼイーダ国王と、顔を強張らせているシウは対照的だった。というか、こんな廃墟の古城にゼイーダ国王、クロドメールの王子、ゴブラン公爵と身分の高い人が揃っているのは異様な光景だった。黙っている護衛騎士たちも絶対に高位の貴族だ。さっきから何となくマナーなどをチェックされている感じがして居心地が悪かった。
――マナーを全く知らない訳じゃないけど、私はセシオン風にわざと不調法にしなければいけないのに。
「そうだね。とてもおいしい紅茶で喉も潤ったことだし、本題に入ろう」
ティーカップを静かに置き、流石の貫禄でゼイーダ国王は場の空気を変える。彼の鮮やかな金色の瞳が全員を見渡した。立場が人を作るというが、この17年でゼイーダ国王は成長したんだなあと、勝手に親のような気持ちになった。
「セシオンよ。今はサミアという名前らしいが、あなたは本当に王子と婚約してクロドメールに行ってしまうのか?」
「そのつもりだ。船の心配ならいらない。前のように白竜に乗ってひとっ飛びだから」
その前に魔王を何とかしないといけないが、いつでもクロドメールに行ける状態ではある。
「なるほど。やはり出来る限り急いで来て良かった。私が言いたいのは、クロドメールに行く前に私の養女にならないかという提案だから」
「養女に?」
たった今、微笑ましくゼイーダ国王を眺めていたのに、私の養親になりたいと彼は言う。年齢差では不自然ではないが、唐突な申し出だった。
「折角ゼイーダ国民に生まれてくれたのに、私はあなたに何も出来なかった。せめて、向こうでの風当たりが良くなるよう、縁組をしてあなたをゼイーダの王女にしたいんだ。クロドメール王室を悪く言うつもりはないが、後ろ盾のない平民からの嫁入りは苦労する。あなたはセシオンの生まれ変わりであっても、女性として生きる覚悟で彼と婚約したのだろう?貴族女性のお付き合いは大変だよ。私の養女になってくれたら、私の国から持参金や、気の利いた侍女を付けられる。いい話だと思わないかい?」
「いい話というのは、ゼイーダとクロドメールの王室に繋がりが出来るからじゃないのか?」
私の補足にゼイーダ国王は明るく笑った。
「はは、ご明察だね。現在、両国間の王室にはほとんど親交がない。クロドメールは大国だから貿易ではお世話になってるが、いつ冷遇されて貿易を止められるか、あるいは刃を向けられるか私は恐れている。あなたが両国を結ぶ架け橋になってくれたら有難い。丁度、あなたが魔法で作り出したあの橋のように」
「なるほど、陛下の成長はめざましいな。機を逃さず駆けつけ、要求を穏やかに主張される」
「あなたが教えてくれたことだ。手遅れになる前に素早く対処しろと」
「それは体の治療についてだが」
「何でもそうだと、私は学んだよ」
多少のおかしみをこらえ、探りあいの視線を交えながら、私は別の可能性を考える。この提案に、今ゼイーダ国王が説明した以上の意味はあるだろうか?
「シウはどう思う」
沈黙して話を聞いているシウに私は問いかけた。私がゼイーダの王女になったら、シウにとっては面倒なことが増えるかもしれない。
「僕は、今さらサミアが何者であっても関係ないから好きな方を選んで。クロドメール国としては、どちらでも問題ないよ」
「そうか」
嬉しい言葉を得られ、私は口元をおさえる。私が何者あってもいいなんて、私の正体を知ってもそう言ってくれたらいいのに。
「あっ、でも平民のまま結婚しても絶対、サミアに嫌な思いなんてさせないつもりだったよ」
「さて、それはどうかな。海を渡った我が国にまで、クロドメールの現王妃と王子殿下の不仲は伝わっている。王子殿下が入れない場所で、女性同士の付き合いはあるものだ」
「それは……」
ゼイーダ国王に言い返せないらしく、シウは口を閉じる。ゼイーダ国王はなかなか頼りになるのだなと私は決断を下した。
「わかった。陛下の提案を受け入れよう。生国には恩返しをしないとな」
「ありがとう」
ゼイーダ国王は心から嬉しそうに笑顔を見せる。すっかり大人になり、口も達者な国王となっているが、養父として嫌な感じはしなかった。私はどうにも美形が好きなようだ。
「ちなみにもう少し時間をくれたら、養女ではなくて私の隠し子ということにも出来るがどうかな?」
「それは断る」
かなりの男前で理想の父親のようなゼイーダ国王だが、例え書類上でも実の父にはしたくなかった。
「では諦めよう。王妃にも私に隠し子がいるなんて不名誉を嫌がられているし、肝心の……サミアが嫌がっているのなら」
やっと私をまともにサミアと呼び、ゼイーダ国王は真っ直ぐに私を見た。
「最後に少しだけ、二人きりで話せないかな?」
「少しなら」
シウが動揺して、嫌そうに首を振っているが私は心配いらないと視線を送る。元々、ゼイーダ国王はセシオンをかなり慕っていた。何かを確かめたいのだろう。
護衛騎士たちも抵抗を見せたが、結局王命には逆らえない。護衛騎士、ゴブラン公爵、シウと順に会議室を出て残りは私とゼイーダ国王だけとなった。扉がきちんと閉まっていることを確認したゼイーダ国王は、立ち上がって私の間近に迫った。私も立ち上がってそれに応える。シウ程ではないが背が高く、成年を過ぎた体の厚みは包容力がありそうだった。
「私に何を聞きたいんだ?」




