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契約完了

 私は雰囲気を変えようと、おとなしくしている白馬のメリッサの額を撫でた。メリッサは一角馬(ユニコーン)と普通の馬のハーフなので、小さくてかわいい角が生えている。


「メリッサ、大変なことに付き合わせてすまないな。でも、実はメリッサを一番頼りにしているんだ。お前の脚は元々速いけれど、私たちと契約して魔力が上がったら、どんな一角馬(ユニコーン)より速く駆けられる。だから、もし私たちが戦闘で危なそうだったらすぐに走って逃げてくれ。メリッサさえ生き延びてくれたら、私たちは決して死なないから」


 メリッサはじっとして、私の話を真剣に聞いてくれた。やがて了承だと言うように、私に鼻を擦り付けてくる。


「メリッサはいい子だな。じゃあ、契約の儀式を始める」


 シウと白竜が頷いた。


 私はまず、最中に外部からの余計な干渉が入らぬよう、厳重に結界を張った。彼らの体を順応させるため、その中を私の魔力で満たしていく。球状の曇りガラスの内側にいるように、外の世界は朧気なものとなった。


「白竜よ」

「はい」


 白竜は喜色を滲ませ、赤い瞳を私に向ける。竜族は、肉体こそ確かに持っているが魂は精霊に近い存在だ。個と全の境界が曖昧だからこそ、このように魂を繋ぐ契約が可能になる。


「絶え間ない繋がりを、別れ得ぬ契りを約すると誓うか?」

「はい」

「些かの隔たり、微かな(あま)りなく、魂を捧げると誓うか?」

「はい」


 私の(ことば)を受け入れ、白竜の魂が私の物となった。本来は竜族との契約は名前を授けるだけでも完了なのだが、今回は続く契約があるので、先に呪をかけて儀式を構成する。


「では、お前に名を与えよう。アイギス」


 一方的に私のものとした魂に名を与え、私の力を分け与える。名前の意は邪悪や災厄を打ち払う神器から取った。


「す、すごい!! 何て力だ……!!」


 アイギスは普段の口調も忘れ、強化された感覚に巨体を打ち震わせた。まあ強さを追い求めるのが白竜の本能だから仕方ない。白く輝く鱗はますます艶が出て、神の後光を背負っているかのようだ。


「よし。次にメリッサ」


 白馬のメリッサはやる気満々で、自ら私に鼻を擦り付けてきたので、それで契約は完了した。メリッサは喋れないが、その意志を示してくれたのでこれでいい。私の魔力が大幅に減った感覚があったが、メリッサは幻獣のように神々しくなった。


「次に、シウ」

「はい」


 さっきから熱視線を感じていたのだが、シウは期待で瞳をキラッキラさせて全力で待機していた。待機に全力も何もないはずだが、とにかく待っていることが激しく伝わってくる。


「――ええと、私と共に在ることを誓うか?」

「はい!!」


 ごく簡単に、シウとも契約が完了した。本来だと人の魂は、壁が厚い。要は自意識がはっきりしてるので、いくつかの催眠呪文が必要かと思ってたが全然不要だった。シウが全面的に私を受け入れてくれたからだろう。シウは元々神がかって美しいので外見に変化はなかった。


「はい、終わり」


 私は儀式を打ち切って結界を消去した。背景が鮮明になり、波や風の音も戻ってくる。


「うっ……」


 虚脱感に両手を膝上につく。折角長い眠りにつき、全能に近い魔力を手に入れたのに、今の契約で私の力を皆に分け与え魔力が4分の1か5分の1くらいになってしまったのだ。高低差でとにかくだるくて眠かった。


「サミア大丈夫?」


 シウが力強く体を支えてくれるので、私は遠慮なく全体重で寄りかかる。今のシウには力が満ち溢れているはずなので、この身ひとつくらいは小石みたいなものだろう。


「……別に、だるいだけで問題はない。でもこれだけ私がだるいなら絶対に魔王だってだるくなってる」

「そうだといいよね」

「そう願いたい。とりあえず、私は寝るぞ。今日の仕事は終了だ」


 シウにまた横抱きで運んでもらって、古城の中へと入った。寝室のベッドに下ろしてもらい、私は一息つく。


「起きたら何か食べたいものある? 僕、町まで行って買ってくるよ」

「え、シウひとりで行って買ってきてくれるのか? いつも私から一定以上離れなかったのに」


 シウは出会って以来、正気とは思えないくらいべったり私にくっついて過ごしてきた。受け入れて来た私も私だが、もちろん風呂や着替えでは離れてたけど、それでも壁一枚くらいの距離だったので意外な提案に私は驚いた。


「うん。前まで、もしもはぐれたら見失っちゃいそうで怖かったけどもう大丈夫。僕とサミアは確かにここで繋がってる」


 シウは胸に片手を当て、蕩けるような微笑みを見せた。そういえば、私ったら婚約はいいけど結婚は嫌とか言ってたのに、もっともっと深い河を越えて魂を繋げちゃったのだった。メリッサとアイギスも含めての4者間契約だけど、こんなの結婚より重いかもしれない。


「僕本当に嬉しいよ。これで僕たち、死ぬまで一緒だもんね。いや、死ぬときも一緒だよ……」


 目元をほんのり赤く染め、シウは超絶に美しい顔で狂気的にも思える台詞を吐いた。シウをこんな風にしたのは誰。私か。


「あー、果物いっぱい入ったパイかタルトが食べたいなあ?!」


 空恐ろしくなった私は、思い付くままの欲望を口にする。


「わかった。買ってくるよ。サミアはゆっくり休んでて」


 熱い指先で私の頬を撫でたあと、シウは静かに扉を閉めて部屋を出た。ただその目線は最後まで私に向いていて、暗い廊下にシウの瞳がぼうっと浮かんでいた。


「全くもう……」


 私は枕の位置を調整して、ベッドの中でもぞもぞと寝やすい姿勢を探す。あるあるだが、眠かったのにベッドに入ると眠くなくなる現象だ。


 目を閉じて、何となくシウの気配を探った。姿が見えなくなっても、魂が繋がったことによりシウが元気良く移動しているのがわかる。メリッサ、アイギスも数倍に強くなった体を試すように走り回ったり飛び回ったりしている。安心感が胸いっぱいに膨らみ、私は口元が綻ぶのを感じた。親も兄弟もいない私だけど、もう寂しくない。


 それに万が一に私がセシオンじゃないと、シウに知られて嫌われ、離れてしまっても、今までよりはずっとましになった。


 契約は死ぬまで続くから、シウが元気に暮らしているかどうかは確認できるし、陰ながら支援もできる。この契約は魔王の弱体化と、私の心の平穏を保つ一石二鳥の策であった。


「私って策士」


 シウが遠くに離れているのがわかっているので、私はひとりごとを楽しんだ。



 2日間ほど体を休めている間、夜間の魔王兵の出現も魔王自体の接近もなかった。やはり魔王は、私からしか魔力を奪えない可能性が大だ。


「そろそろ体も慣れた。アイギスの背に乗って世界中を探そうかな?」


 契約したことにより、白竜アイギスの背に乗って超高速の移動も可能になった。もう船なんて乗る必要もない。だから心配の種を早く消したい――そう思って準備をしていると、住み慣れた我が古城に来客があった。何の用かなとシウと私は橋のたもとまで出迎えに行く。


 友好的に手を振り、徐々に近づくゴブラン公爵の騎士たちと、ゴブラン公爵の姿があった。それからゼイーダ国の旗章を掲げる騎士に挟まれた、一際立派な身なりをした人が目についた。濃い茶色の髪と、鷹のような鋭い金色の瞳に私は心当たりがある。


「ゼイーダ国王?」


 セシオンの記憶なのでそれよりは17年分歳を取っているが、彼は間違いなくゼイーダ国王だった。当時は恥ずかしがりの紅顔の美少年だったが、すっかり威厳ある国王という感じだ。


「やあ、あなたがセシオンの生まれ変わり? どうしても会いたくて来てしまったよ」


 近くまで来たゼイーダ国王は、厳しそうな表情から一転して照れくさそうにくしゃっと笑う。その笑顔は人を惹き付けるには十分だった。

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