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契約の説明

 とりあえずシウを起こそうと、横たわる上半身を揺さぶった。そういえば、いつもシウが先に起きていたから私が起こすのは初めてだった。


「シウ、朝だ。起きて」

「ううん……」

「朝ごはんを食べたら作戦会議をしよう」


 まだ眠そうなシウは悩ましい吐息をもらし、掛け布団をはいだ。暑かったのか夜着の上がお腹までめくれていて、割れた腹筋が(あらわ)になった。


「えっ、すごい」

「なっなにが?!」


 シウが急に覚醒して、素早く起きながら激しい動きで掛け布団を集めて体を隠した。


「いや、腹筋すごいなと。かっこいいな」

「ああ、腹筋ね……ありがとう」


 シウと数ヶ月旅をしたけれど、人間として育ちの良いシウは、いつもきちんと服を着ていて裸などを見る機会は今までなかった。よほど昨日の出来事で疲れているのだなと私は同情をした。


「羨ましいな。まあ、とにかく朝食にしよう」

「サミア、元気になったね」

「寝て起きれば、大抵のことは少しましになる」

「真理だね」


 私とシウは微笑みあい、朝の身支度を済ませてから古城の厨房へと降り、朝食の用意を始める。といっても今朝は簡単に、卵とベーコンを焼くだけだ。


「僕、何か手伝うことある?」

「そうだな。そこのバゲットを切って、いい色に焼いてくれたら助かる。私は卵を見てるから」

「わかった」


 私は料理の心得がほとんどないシウのために、火の精霊を呼び出して協力を要請し、焼き台に金網を設置した。


「パンを焼くためだけに、精霊召喚をするなんて魔力の無駄遣いをする人はサミアだけだよ」


 シウがバゲットを切りながら苦笑した。そういうシウの持ってる包丁は、厨房にあった一番大きくて長いものだ。細いバゲットを切るのに私の肘から指先までありそうな長物で切らなくてもいいのだが、シウにとっては重くなさそうだし、ケチをつけることもないかと私は黙っておいた。


 いい色に焼けたバゲットと、目玉焼きとベーコンという朝食が完成してテーブルに並べると、牧歌的と言えるくらいのどかな朝の光景になった。やっぱり昨夜の出来事は夢だったんじゃないかと私とシウは言外に肩をすくめる。


「おいしい。僕さ、サミアの作る料理大好きなんだよね。目の前で作ってくれてるのを見て、出来てすぐ食べるって何でこんなおいしいんだろ」


 一口食べたシウがふにゃっと笑い、食卓に華を添えた。


「まあこれは焼いただけで、料理ってレベルじゃないけどな」

「僕には出来ないもん。料理に慣れてる人は卵焼くだけとか言うけど、僕には卵をきれいに割るのも難しい」

「ふーん……」


 シウは私の髪を編んだりする器用さはあるのに、不思議だなと思いつつ、私の口にはバゲットが入っているので、軽く相づちを打つだけに留めた。




「さて、食べ終わったことだしこれからの計画を話し合おう」


 紅茶を淹れて、私はテーブルの上で両手を組む。あんなことがなければ、今日もぼんやり海を眺め、町を散歩する穏やかな暮らしが出来たのに魔王は本当に迷惑なやつだ。


「僕はサミアの考えに従うよ」


 重大な決心をしたかのように声を詰まらせ、シウは紺碧の瞳で私を見つめる。昨日魔王ディミウスに言われたこと、あの場では嘘だと否定してたけどやはり気にしていたようだ。シウさえ傷つけば、他の生命を助けてやると魔王は嘯いていた。


 ――本当のセシオンなら、ひとりの犠牲で大勢が助かる場面で、迷いなくひとりを犠牲にする。勇者として、そういう教育を受けた人だ。だからセシオンは特定の誰かを愛さないようにしていた。自分の弱点を作らないように。でも、私は立派な勇者じゃない。


「大丈夫だから、シウ。シウには少しだけ譲歩してもらいたいが、決してシウをあんなやつには傷つけさせないよ」


 私の願いと、セシオンの願いで完全に共通していることがひとつある。シウを幸せにしたいということ。誰も愛さないように自身を戒めていたセシオンの葛藤を私は知っている。


「譲歩というと?」

「魔王ディミウスは、私と僅かに繋がっていると言っていた……セシオ……以前の私の体を使っているからだろう。だから、私が強くなれば向こうも強くなる」


 私の魂は正確にはセシオンではないが、何らかの繋がりが実在しているようだ。シウは過去の出来事を思い出したのか深く頷き、続きを促した。


「私はあまりに強くなりすぎた。以上のことを鑑み、私の魔力を分散させたい。具体的に言うと、白竜と契約をする」

「ええっ?!」

「最後まで聞いてくれ。契約は私と白竜だけじゃなく、シウとメリッサを加えた4者間のものとしたい。全員で等分されるから、魔王に行ってしまう分はかなり減るはずだ」

「そんなこと出来るの?」

「ああ、今の私は何でも出来る」


 ずっと嫌がっていた、白竜と魂を結び付ける契約の話になってシウは大げさに反応をした。ついでに、白馬のメリッサまで加えた4者間の契約ということに驚いている。


「いやでも、契約して分散しても、総量は変わらない。だからサミアを通して魔王に行く量が変わらない可能性もあるんじゃないの?」

「そこがわからないが、こちらの手数が増えれば戦力が上がることは確かで、損はない。昨夜見ただろ?今の魔王は風に吹かれただけで崩壊しかける体だから、口も聞かせずみんなで一気に叩けば必ず倒せる」


 シウは悲しそうに私をじっと見た。


「主の体を攻撃するなんて、僕には心理的抵抗がすごいけどそれも魔王の策略のひとつなのかな」

「そうかもしれないが、悪用されないように早く葬るのが一番だと私は思う」

「サミアがそう言うなら、最初に宣言した通り僕はその意見を呑むよ」



 話がまとまったところで外に出て、白竜を呼んだ。空中散歩をしていた白竜はすぐに降りてきて、機嫌良く尻尾を地面に打ち付ける。


「サミア様、私に何のご用でしょう?!」


 昨夜の出来事を知らずにご機嫌な白竜に、私は一から丁寧に説明をしてやった。もちろん、メリッサも呼んで同席してもらった。半分一角馬(ユニコーン)のメリッサがどこまで言葉を理解しているのか不明だが、わかってほしいという気持ちが大切だ。


「という訳で4者間契約をしたいんだが、いいか?」

「私としましては、以前から願っていたことが叶うわけですし、間違いなく強くなれますから、とても光栄です。ただ、契約前に伝えておかなければいけない私の寿命についての重要事項があります」

「ん?」


 改まって白竜は、長い首を伸ばした。


「もしも契約することで、サミア様とシウ様の寿命を伸ばすことを期待されているのなら、申し訳ありませんが御期待に添えません。私の寿命はあと80年くらいでしょうか」

「今求めてるのはそこじゃないし、それだけあれば別にいいが?」


 契約をすると、両方あるいは全員が同時に致命的なダメージを負わない限り、死なない体になる。だから長寿の竜と契約すると必然的に寿命も伸びるのだが、まだ200歳くらいのこの白竜の寿命がなぜあと80年なのか気になった。


「ああそうか、君は……」


 訳がわかったように、前世は千年生きた白竜のシウが深刻に眉を寄せた。


「はい。私はもう子どもを一度作っていますから、そんなに寿命がないのです。その分、思い残すことはありません」

「竜族は子どもを作ると寿命が縮むのか?」

「生命力を与えますし、いつまでも生きてると、子どもと縄張りの取り合いになるでしょう」

「考えたこともなかったが、確かに」


 シウは嫌そうに白竜を睨んでいた。こんなに険悪な雰囲気で契約の儀式を始めて大丈夫なんだろうか。

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